第501話:奥様へのご奉公

「なんだ、今夜も泊まっていけばいいのに」

「……馬鹿野郎。オレは死にたくねえ」

「どういう意味だ?」

「そのまんまだよ! ……ちょっと来い!」


 リファルにヘッドロックされながら、玄関の外まで出る。ドアが閉まったことを確認して、リファルは俺に小さな声で怒鳴った。


「お前な、あの食卓を見て、オレに泊まっていけなんてよく言えるもんだよ!」

「……普通だろう?」

「あれのどこが普通だよッ!」


 リファルは大声を出して、そして口を手で塞いで玄関を見て、ドアがことりとも動いていないことを確認してため息をついた。


「……オレは、あんな食卓を見たことがねえ。アレで今夜泊まる勇気は、微塵もねえ」

「どういう意味か、さっぱり分からないんだが」

「分かれよッ!」


 もう一度ヘッドロックを掛けられる。


「あのな、なんで食卓にあんなものがゴロゴロ転がってて、でもってそいつをお前、平然と何個も平らげてるんだよ!」

「あんなもの?」

「クノーブに決まってんだろ! 丸ごと一個でもキツイってのに、お前はバケモノか⁉」

「なんだ、クノーブくらい。失礼な奴だな、普通の食材じゃないか」

「普通じゃねえよ! アレが何なのか、てめぇ知らねえのか!」


 言われて、はたと思い出す。


「……ああ、元気になれる・・・・・・野菜、だな?」

半分でも十分に効く・・・・・・・・・ブツだぞ! 一個食えばジジイでもおっつような代物だ! お前、何個食った⁉ 一晩で何発ヤるつもりだ‼」

「……いやあ、いつものことだし」


 正直に答えた俺に、リファルが、目を見開いて絶句した。


「……お前に敵わねえ理由が、やっと分かったぜ。だが、真似しようとは思わねえし、思いたくもねえ」


 リファルは肩を落とすと、暗闇に向かって歩き出した。


「昨夜は悪かったな。ムラタ、あれだけの超精力野菜クノーブを並べた奥さんたちの気持ち、分かってやれよ? 昨夜がなかった分、きっとすげぇソノ気だぞ? しっかりご奉公しろよ?」


 死んでも骨は拾ってやらねえぞ、とまで言われた。

 ……いや、だから、あれ、いつもの食卓なんだが。

 俺の前だけ山盛りなのも、いつもと変わらないし。


 頭をかきながら家に戻ると、リトリィとマイセルが目をキラッキラに輝かせて詰め寄ってきた。


「だんなさま、ちっちゃい子たちは、もう寝かしつけました!」

「ムラタさん、お客さんも帰りました。今夜はいいですよね!」


 言う間も惜しむように、俺の服に手を掛ける二人。

 そして彼女たちはエプロン以外、なにも身に着けていない。

 ……なるほど。リファル、お前の言う通りだったよ。



♥・―――――・♥・―――――・♥


リンク先…【閑話22:妊娠――「女」になってゆく体】


※妊娠による体の変化について、一部、性教育以上の詳細な表現があります。

※性的な描写あり。


以上に関心がある、楽しめるという方のみ、お進みください。

読まなくても展開におおよそ支障はありません。


https://kakuyomu.jp/works/16817139556498712352/episodes/16817139557532651024


♥・―――――・♥・―――――・♥




「だんなさま!」


 ラジオ体操、乾布摩擦、そして簡単な筋トレのあとの水浴び。

 モーニングルーティンのあと、髪から水を滴らせながら、リノが飛びついてきた。


「ボクも、だんなさまのほうについてっていい?」

「……だめだ」

「どうして? ボク、だんなさまの弟子だもん! だんなさまのお仕事のお手伝いがしたい!」

「……どうしてもだ」


 リノが「なんで? どうして?」とまとわりついてくるが、そもそも今の仕事は孤児院の修繕。もともと浮浪児だったリノには、あまり見せたくない。いろいろな意味で刺激が強いだろうから。


「ボク、だんなさまのお役に立つから! 立てるから! 立ってみせるから! ねえ、ボクがんばるから!」

「こ、こらリノ……」


 動き回られると、服も着せづらい。ただでさえ濡れていて肌に貼り付き着せづらいというのに、こうもくるくる動かれると不可能だ。特にしがみつかれると、どうしようもない。丸めて輪のようにしたワンピースをすっぽり被せるだけだというのに。


「リノ、言うことを聞かない子は連れて行けないぞ?」

「じゃあ、言うこと聞くから、ボクも連れてってね?」


 途端にピタリと大人しくなった。

 ……しまった。彼女には、俺は嘘をつかないって約束してるだけに――騙そうとして嘘をついたことは確かにないけど――こう言われてしまうと連れて行かざるを得なくなる……!


「……小悪魔め」

「んう?」


 くりくりした目で不思議そうに見上げるリノ。


「……ボク、悪い子?」

「ああ悪い子だよ」


 苦笑いしながら言うと、見る見るうちにリノの表情が歪んでゆく。


「だ、だんなさま……ボク、悪い子? き、嫌いに、なった……?」


 失言だった。リノがそんな計算高い子供ではない――素直な少女だということは、俺が一番分かってるはずなのに。

 慌ててしゃがんで視線を合わせると、頭を撫でてやりながら抱きしめてやった。


「俺がリノのことを嫌いになるわけないだろう? ……ただ、お手伝いしてもらうには、今の仕事場は――」

「孤児院でしょ? ボク、ちゃんと言うこと聞くから。孤児院の子とだって、ケンカしないようにする……ううん、絶対しない! だんなさまのじゃまになることなんて、絶対しない! ボク、約束するよ? だから……!」


 しゃくりあげながら一生懸命に訴えるリノに、俺はもう、何も言う気になどなれなかった。


「……分かった。ただ、けんかになったりしないように、言葉と行動には十分に気を付けるんだぞ? 何かあっても、絶対に自分から何かしかけたりせずに、まず俺を呼ぶんだぞ?」

「うんっ! 気をつける!」

「そうか……。じゃあ連れてってやるから、約束は必ず守るんだぞ?」

「やったあ! えへへ、ボクだんなさまのこと、だーいすきっ!」


 ぐえっ。

 急に首っ玉にかじりついてくるな!

 好きはわかった、うれしい、だからまず服を着てくれ、絡みつくな……!




「……で? 連れてくのか? 本気か?」


 呆れた顔のリファルに、なぜかリノがぺったんこの胸をぐっとそらしてみせる。


「ああ、本気だ」

「……その耳飾り、何なんだ? 今日から高所作業が入るんだぞ?」

「ただの耳飾りじゃないんだな、これが」


 俺が少しばかり得意げに言ってみせると、リノがさらに胸を張ってみせた。


「えへへ、大事な大事な耳飾りなんだよ! これのおかげで、ボクとだんなさまが心も体も一つに結ばれるんだよ!」


 おい、言い方。


「お前……小児趣味者だったのか?」


 おいそこぉ!

 おかしな誤解を抱えるな!

 薄気味悪そうな目で見るなリファル‼

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