第497話:嫁自慢

「人の信じる生き方を、愛を、貶めることでしか自分とこの神の愛を説けないようなひとに、愛を説いてもらおうとは思わない!」

「そこまでな?」


 リファルの声がしたと思った瞬間、強烈な衝撃が脳天を貫く!


「り、リファル! お前……!」


 いつの間に股間打撃悶絶から復活したのか。ふらつきながら彼を見ると、やたらめったら分厚い本を手にしていた。おそらく、そこらへんにあった聖典か何かなんだろう。


「まったくよぉ……。お前の嫁に対する愛情は分かったから、誰彼構わず噛み付くんじゃねえよ」


 リファルは手にしていた分厚い聖典を棚に戻すと、俺の頭を鷲掴みにした。


「ほら、頭下げろ。自分の信じるものと違うからって、坊さんに教義で噛み付くな」

「り、リファル! 俺は……! それにさっき、お前だって……!」

「だから言ったろ、坊さん相手に教義で噛み付くな。分をわきまえろ」


 そう言ってリファルは俺の頭を押し下げると、院長に向かってへらっと頭を下げてみせた。


「ああ、ダムハイト院長先生。さっきの十五歳の四人ですが、ぜひ明日からウチの現場に寄越してくださいよ。院長先生とオレたち職人とでは信じるものがちっとばかり違うでしょうが、連中の将来のためと考えれば悪くないっすよね?」




 リファルに引きずられるようにして孤児院を出た俺は、通りでぶん殴られた。


「てめぇな! よりにもよって坊さん相手に、神の愛をネタにケンカ吹っ掛けんじゃねえよ!」

「神の愛じゃない、リトリィの愛だ」

「だ・か・ら! 『神の愛より嫁さんの愛』だなんてわけのわからねえことをぬかすもんだから、向こうだって引っ込みがつかなくなっちまったんだろうが!」

「わけがわからない? どこがだ、神の愛だなんて都合よく出したり引っ込めたりするケチ臭いものと一緒にするな、リトリィの愛は無限なんだぞ!」

「ああああ! 話にならねえ、この嫁キチガイが!」




「だろ? やはりリトリィの愛は素晴らしい」

「あーもうわかった、それでいいから。だから何度も何度も何度も何度も、同じことを繰り返すんじゃねえ……」

「やっと分かってくれたか。リトリィは素晴らしい。俺は一生をリトリィに捧げる。もちろん、嫁はみんな大切にする。その前提でリトリィを生涯大事にするんだ」


 そう言って俺はテーブルのピッチャーを手に取ると、リファルのマグに麦酒を注ぎ込む。ところがリファルのマグからは、すぐに酒が溢れてきてしまった。


「なんだ、お前、全然……飲んでないじゃないか。ほら、今日はお前が、リトリィの良さを……やっと理解した記念の日だ……! 俺のおごりなんだから、飲め!」

「飲め、じゃねえよ……。オレは一杯おごれっつったんだ、誰がこんな、浴びるほど……なんて……」


 テーブルに突っ伏しているリファルに彼のマグを押し付けると、俺は自分のマグをあおった。


「いいんだよ……! リトリィの愛は、素晴らしい! いいか? リトリィはな、敵が家に、押し入ってきてもだな! 『自分の身は夫のものだ』と、こう、一喝してだな……!」

「もう聞いたっつってんだろ……。何回同じことを繰り返すんだ、てめぇは……!」

「いい話は、何度聞いても、いいもんだ……! それでだ、連中はすっかり、リトリィに心酔しちまってだな……!」

「だから……! 何度も同じこと、聞かされ続けるオレの身にもなれ、この嫁キチガイ……!」

「嫁キチガイ……? おうとも、リトリィは……素晴らしいっ! 今日はお前がそれを分かった記念だ、……さあ、飲めぇ……!」

「てめ……いい加減に……!」




「……あ? ここは……家?」


 なんで俺は家にいる? 俺はリファルと飲んでいるはずで――そう思って身を起こすと、確かに家だ。しかも、なぜか朝日が差し込んできている。

 さらに言うと、自宅は自宅なのだが、横になっていたのは寝室のベッドではなく、何故か俺の仕事部屋。その床で、毛布にくるまっていたようだ。


 首を傾げながら立ち上がろうとして床に手をつき――

 ふよんと、柔らかな感触。


「……ん?」


 つきたての餅のような、よくこねたパン生地のような触感の、

 さらにそのの、

 指先に当たる、

 この、


 そう、俺が愛してやまない、この感触――!


「ふぁう……?」


 淡い黄金こがね色の、癖のある長い髪ふわふわ柔らかな体毛ふかふかに身を包み、

 不思議な透き通るほしのひかりをやどす青紫の瞳をもつ、

 長毛種の獣人族ファーリィの女性――この世界に遣わされた、俺だけの天使。


「……あ、おはようございます、だんなさま」

「……あ、ああ……。おはよう、リトリィ」


 世界一愛する女性が、すぐ隣で眠っていた。


「おかげんは、いかがですか? 頭が痛いとか、胸がやけるとか、そんなことはございませんか?」


 さらに首をかしげる。

 頭が痛い? 胸やけ? ――いや、そんなことはない。

 そんなことより、俺は確かに、リファルと飲んでいたはずなんだが?

 そう言うと、リトリィは困ったような笑みを浮かべながら答えてくれた。


「お体にもさわりがないようで、よかったです。いただいたお薬が、よく効いたんですね」


 リトリィはそう言ってにっこり笑うと、身を起こしてそっと唇を重ねてきた。

 お腹側の体毛は白く、そして胸はほんの産毛程度しかないつるりとした白い肌で、その揺れるふくよかな山脈の尖端は、淡い桜色。見慣れた、けれど見飽きない、俺が毎日、帰るべきところ。


「覚えていらっしゃいませんか? きのうの夜、だんなさまが酔いつぶれてしまわれたから迎えに来てほしいって、お店のおつかいさんがうちに来たんですよ?」

「……そう、だっけ?」

「それでわたしがお迎えにあがったんですけど、あなたったら、リファルさんを家にお呼びするんだって聞かなくて……」


 そんな醜態を晒したのか。

 ……全然覚えていないぞ?


「家にお連れするの、大変だったんですよ?」

「……悪かった」


 悪かったと言いつつ、彼女を抱き寄せる。

 ふかふかのあらわな乳房を見たら、その感触を堪能したくなったのだ。

 うん、全裸で俺の前にいるリトリィが悪い。


「え、あ、あの……?」


 珍しく抵抗してみせる彼女だが、俺よりよほど腕力のある彼女なのに、腕に力がまるで入っていない。


「だ、だめ、です……あなた、いまは……」


 口ではだめだと言いながら、実質抵抗らしい抵抗がない。

 そういうプレイかと納得し、彼女を組み敷いて彼女の胸に顔を埋めたところで、背後から声を掛けられた。


「あーもう、てめぇの嫁愛は十分すぎるほど分かったから、それを独身者に見せつけるんじゃねえよ」


 リファルが、毛布の塊から顔だけ出して、こちらを見ていた。

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