第492話:信仰のあらわれに

「おい、ムラタ。例の話は、進んでいるのか?」


 集めた木切れを台車に載せていると、クオーク監督がやってきた。


「はい、進んで――」

「だったらどうしてここにいるんだ」


 どうしてここにいるかって、そんなの……

 いやいや、気の短いクオーク監督だ、簡潔にまとめて答えないと!


「はい! ちょっと様子を見てきましたが、あそこは経営状態が大変厳しいようなので、なるべく負担を――」

「話がなげぇ!」


 目の前に火花が散る!

 ハンマーみたいなゲンコツを、いちいちひとの頭に振り下ろさないでほしい!

 まったく、相変わらず短気だよこの爺さん!


「――カネがなくて材料代も出してもらえないっぽいんで、こっちの廃材を集めて修理に当てます!」

「最初っからそう言え!」


 そう言ってもう一度拳を振り上げた爺さんだが、何を思ったか、その拳を振り下ろすことなく、そのまま頭を掻くのに使ったようだった。


「……じゃあ、廃材を集めたら今日も行くんだな?」

「はい! ただ、今は集めた材料をどこに集中して使うべきかをリファルと検討しているところです! なにせ全く足りないもので!」

「……そう、か」


 どこか、歯切れの悪い返事。いつものクオーク監督らしくない気がしたが、だからといって聞いたら、またハンマーのような拳が降ってきそうだ。

 俺は手短に挨拶をすると、廃材を集めるために現場に向かおうとした。


「おい、待てムラタ」

「……はい、何でしょう!」


 思わずしゃんと背筋が伸びてしまうのは、事務所で働く建築士として働いていた、その社畜精神の名残かもしれない。いや、あれはあれで充実していたんだけどな。


「……話は通してある。製材屋で余っている半端材を持っていけ」

「え? 余ってるって……そいつは木炭の原料になるんじゃ――」

「くどい! さっさと行かねえか!」


 声を荒げた親方に、俺は慌ててリファルの元に走る。そのまま監督への挨拶もなしに、製材屋に向かった。




 ごとごとと、毛長牛けながうしの引く荷車にぐるまの上で、俺は改めて考えていた。

 屋根瓦を生産する業者の元締めである陶工ギルドには声をかけてあるが、そもそもあの枯れ草やら苔やらで埋まった屋根の瓦がどれほど傷んでいるのだろう。


「あの屋根か? なかなかないよな、あそこまで放置されてたっていうのは。天井裏から見ても穴だらけだったしな」


 そう。だからこそ、それを調べる必要がある。裏からいくら板を当てたところで、かわらが痛んでいれば意味がないからだ。


 俺自身は家の設計が専門だし、どういう構造で屋根ができているかも、様々な種類の屋根材の特徴とその長所・短所も「知識では」理解している。この世界でも、かわらに関してはおおよそ変わらないだろう。

 だが、経年劣化した屋根の状態の把握なんてのは、俺には分からない。


「そんなこと、オレに聞くな。オレも分からねえよ。こういうのは専門の職人に効くのが一番だ」

「専門の職人?」

「ただかわらくだけならオレたちでもできるが、それだってちゃんとかわらぶき職人を呼んでるぜ? まして修理っていうなら、当然職人を呼んで見極めてもらうのが一番だろ。……まさかお前、そこまで自分でやるつもりだったのか?」


 リファルによると、ひと口に大工ギルドといっても、その役割に応じて仕事は分かれていて、職人もそれぞれに存在するそうだ。屋根――かわらぶき職人もそのひとつ。


「じゃあ俺は――」

「お前は自分で、設計を専門にする『建築士』とかいう奴を勝手に名乗ったじゃねえか」

「い、いや、勝手に名乗ったんじゃなくて、あれはマレットさんの推薦で――」

「聞いたこともない分限を要求したうえに、お前、前ギルド長が逆らえないマレットさんなんて人脈を使うから、前ギルド長に睨まれたんだぞ。忘れたのか?」


 リファルがあきれたように、御者台から振り返った。

 ……なるほど。俺自身は現在、『幸せの塔』の監督という職務をいただいているが、大工ギルドにおける俺の本業は「建築士」ということなんだな。


 で、そういった様々な職人の役割を知り尽くし、束ねるのが「親方」というわけだ。俺の知人で言うなら、大工の親方を世襲で名乗ることが認められている――その分責任も大きいが――マレットさんだ。あとは現在の直属の上司で、大ベテランの親方であるクオーク爺さん。


 ……そうか。前に家を建てたときは、マレットさんが仕切っていたからな。屋根瓦まで俺の気づかないところで、いろいろと段取りを組んでいてくれたんだろう。あらためて「親方」という仕事に就くことができる人間の資質って奴を思い知る。


「だから、いちいち自分を下げるんじゃねえよ。いや、偉そうにされても腹が立つけどよ。お前が半端モンなんて誰だって知ってる」

「リファル、お前、俺のことを上げたいのか下げたいのかどっちだ」

「どっちでもねえよ。お前が自分で自慢してることじゃねえか。自分には嫁がいっぱいいて、みんな自分を支えてくれるってよ」

「自慢じゃないだろ、俺は……周りに支えられてるだけで、自分では何もできてないって言ってるだけで――」


 俺がしどろもどろになりながら答えると、リファルは心底あきれた、というか、見下げ果てたというか、目を細めて吐き捨てた。


「嫁のいねえオレにそれを言うか? それが自慢でなくてなんだってんだ」




「ムラタ、おい、もうすぐだぜ? ……寝てんじゃねえよ」


 リファルに言われて、俺は驚いて周りを見回した。見慣れた街並み――いつの間にか製材屋のすぐ近くまで来ていたことに、ようやく気がついた。

 あたたかい日差しの中でごとごとと揺られていたためだろうか、どうもうたた寝をしていたらしい。


「あ、ああ、すまない、ありがとう」

「ムラタ、半端材を取っといてもらってるってことだったよな? クオーク親方の話によると」

「そのはずだけどな」

 

 門の前にいた男に用向きを伝えると、男はすんなりと奥に通してくれた。

 相変わらず、水車を利用した水力ノコギリが大きな音を立てている。だが、この音こそが街の発展の源なのだ。そう考えると、実に頼もしい。


「クオーク親方からの話なら聞いている。ほれ、あれだ。持ってってくれ」


 言われて工場の隅を見ると、たしかに長さも太さもばらばらな材が積み上げられていた。なるほど、たしかに「半端材」。

 けれど、本来なら無駄なく木炭に加工されるはずだったものだ。この製材屋にとっても、収入の一つになったはずのもの。


「こんなにもたくさん……いいのか?」

「なに、構いやしねえ。神様の家・・・・の屋根が穴だらけで、そこのガキどもが困ってんだろ? だったら製材屋が手を惜しんでどうすんだって話よ」


 そう言ってから、男はにっと笑ってみせた。


「そのぶん、寄進者のいしぶみに刻む工場の銘は、でっかくしてくれよ!」

「もちろんだ、約束する」


 門番の男は上機嫌なそぶりを見せると、ひとを呼んで、木材を荷車にぐるままで運ぶのを手伝ってくれた。


 この街で、この製材屋を知らない者はいない。最大にして唯一の、木材及び石材の加工を担う場所だからだ。

 それにこの製材屋が所有する巨大な三連水車は、この街のモノ作り業を象徴する、街の誇りだと聞いたことがある。いまさら宣伝目的なんかを理由に、碑に銘を刻むことを喜んでいるわけじゃないだろう。


 つまり、神様に自分たちの寄付の実績をアピールしたいのかもしれない。神様というブランドの価値は、日本とは違ってちゃんと機能しているんだな。クオーク親方にしたって、俺がこの話を持って行ったとき、塔の仕事よりも優先しろって俺をぶん殴ったくらいだしな。


 ……まあ、日本でも毎年、神頼みをするために大多数の人間が動いてはいたけどな。何かにすがりたいという気持ちは、どんな世界の人間にも共通する思いなのかもしれない。


 俺だって、リトリィたちの愛に包まれて、彼女たちにすがって生きているようなものだからな。俺はつまり、彼女たちが俺に垂れてくれる愛を信じて生きているようなものだ。


 信仰対象が神様か、それとも愛する人か。

 違いなんて、その程度なのだろう。

 何かにすがりたいのだ、結局、ひとってやつは。

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