第490話:未来をつかむ力を与えるために

 仕事というのは、細かな過程の積み上げによってできる。ひとつの作業をしているときには見えてこなくても、それらが積み重なっていったとき、ある時点で、その姿が見えてくる。


 効率よく作業を進めるために、この時この瞬間に、この作業をする――知識と経験に裏打ちされた、その職人にとっての最適解。


 孤児院の中庭、菜園の端っこに俺たちが持ち込んだ木切れ。

 一見、大きさも厚みもばらばらな、中途半端な木切れの集まりを、リファルが最低限のアタリをつけてのこぎりで切り刻んでいく。

 子供たちは、初めのうちこそ大して興味もなさそうにしていたが、素晴らしい速度で切り刻まれていく木の切れ端に、一人、また一人と興味深げに見守るようになってきた。


 リファルは俺の大工技量の検定を担当したこともあるだけあって、その手腕は実に鮮やかだ。パーツがそろうと、今度はのこぎり金槌かなづちのみに持ち替え、ほぞ穴をあけ始めた。


 カッ、カッ、カッ――


 軽快な打撃音と正確なのみさばきで、木に垂直のくぼみができていく。


「……すげーっ! おい見ろよ、穴がまっすぐだ!」


 子供たちが、リファルが削り出したその木材を奪い合うようにして手に取り、その出来栄えに感嘆の声を漏らす。その隣で、リファルは淡々と作業をこなしてゆく。


 やがて必要な細工がほぼ終わり、今度は組み立て始めるリファル。

 ばらばらだった木材は、釘の一つも使うことなく組み立てられていく。


 リファルは、材を痛めないように木切れを挟むようにして、金槌で叩きながら組み上げてゆく。やすりをかけずとも、角やささくれた部分を、かんなで削り落としてゆく。

 子供たちは、自分たちが手に取って眺めていた部品が、リファルの手によって意味ある形に組み上がっていくのを、歓声と共に食い入るように見つめる。


「すげーっ! 手が透けて見える!」


 かんなくずを拾っては、かつおぶしのようなその薄さに大騒ぎしている子供たちの前で、最後のパーツがはめ込まれたとき――


「……椅子だ」

「すっげー! おっさん、椅子屋か何かか⁉」


 子供たちの歓声の前に、一つの椅子が鎮座していた。

 たちまち子供たちが座りたがって群れる。


 奪い合うように椅子はひっくり返り、上に座ろうとしていた子供たちも一緒にひっくり返った。だが、子供たちは椅子を据え直して再び座ろうとする。実に楽しそうに。


「……オレは大工だ。椅子屋じゃねえ」

「大工? 嘘だろ、椅子の職人さんだろ?」


 子供たちは大騒ぎで椅子を奪い合う。よほど、目の前で組み上げられた椅子が衝撃的だったのだろう。


 やはり子供だ。心を刺激される何かがあれば、彼らだって同じなのだ。いま、目の前で目を輝かせているこいつらだって、ヒッグスやニュー、リノと同じ、子供。

 生きる手立てを、糧を得る手段を身につけて、やがて独り立ちするための準備期間――なんにでもなれるはずの、子供たちなのだ。




「……思った以上に食いついてきたな。意外だった」


 リファルが、感慨深げにつぶやいた。

 彼に対して、孤児院の門の前で弟子がいっぱいだ、などとからかったのは伊達じゃない。ヒッグスもニューもリノも、「幸せの塔」の現場に連れて行き、楽しい思いをさせ、それで食えるようになる、という思いを味わわせた。それがあったから、今では三人がそれぞれに「働くこと」の価値を理解してくれたし、だから今、修練の最中だ。


 リノだけは俺の直轄の部下として、「遠耳の耳飾り」を活かして伝令のように動いてもらっているから、今は職人としての技量を高めるポジションにはない。

 リノ自身は、替えの利かない唯一無二の立場として、それを喜んでくれてはいるようだ。だが、いずれはそれこそリファルにでも弟子入りしてもらって、技量を高めてもらえたらと思っている。


「……リノ? お前が、未来の嫁候補にしてるあのチビを、俺の弟子に?」

「ああ、今日、改めて理解できた。お前は素晴らしい大工だってことが。リノに技術を身につけさせるなら、その師匠にふさわしいと思う」

「ケッ……。よく言う。お前の、そういう『分かったふうな物言い』ってのは耳障りで気持ちワリィ」


 リファルが、道の小石を蹴っ飛ばす。石はまっすぐには飛ばず、すぐ近くの家の塀に当たって、どこかに跳ね返っていった。


「――もしオレに預けるんなら、ある事ないこと吹き込んで、お前のことを嫌いにしてやるぞ?」

「俺を嫌いに? ……それならそれでいいよ」


 お前の女にするんだろ、どういう意味だ、と眉をひそめたリファルに、俺は笑いかけた。それはそれで願ったり叶ったりなんだ、俺にとっては。


「あの子は、あの傷だらけの耳としっぽを背負ってしまった。獣人族ベスティリングの娘にとって一生を左右するほどの、美醜に関わる大怪我を負ってしまったんだ。……俺のために、戦場となった街を奔走することで。その責任を取る意味で、俺が引き取るつもりだったんだ」

「何が言いたいんだ?」

「そんな俺を嫌いになれるなら、きっとリノが自立して、俺に依存しなくてもいい生き方をできるようになっている――つまり、新しい伴侶との未来が開けてるってことだろう。それはそれで素晴らしいことだ」


 リノをそうしてくれるなら、いくらでも悪口を吹き込んでくれ――そう言うと、リファルはごくりとつばを飲み込み、そして目をそらした。


「……お前、ほんとに他人の人生を背負い込むヤツだな」

「妻をもつってそういうことだろ? 弟子を取るのも同じだ」

「……オレ、そこまで考えてなかったよ。嫌味を言って悪かった」


 リファルが小石を蹴っ飛ばすと、そいつは路地の木箱にぶつかって軽い音を立てた。近くにいたネズミらしき小動物が、驚いて逃げてゆく。


「……それにしても、なかなかカワイイ連中だったな。最初に見たときはなんて辛気臭い連中だって思ったけどよ」

「みんな、子供なんだよ。みんな、それぞれに大切な未来を抱えている子供たちだ」


 俺のつぶやきに、リファルが苦笑いする。


「……お前、さっきから変に悟ったようなことばかり言いやがって。子供もいないのに爺臭いヤツだな」

「いるよ、子供なら」


 ヒッグスとニューとリノ。彼らと関わったことで、俺は、子供という存在について考える機会を得た。

 盗まれたものを回収しようとしたときに出会った子供たち。最初は正直、クソガキどもだと思った。

 人からモノを盗んだことを謝るどころか、攻撃すら加えてきたリノやヒッグス。けれど、彼らと関わることで、理解できたんだ。


 子供たちも、決して「クソガキ」でありたいからクソガキでいるわけではないということが。

 彼らも未来への展望をつかむことができれば、その未来に向かって歩み出そうとすることが。


 そうだ。子供たちに未来を見せるんだ。

 何を積み上げれば、どうなれるか。

 その展望を持たせれば変わる。

 技術で彼らを変えるのだ。

 俺たちが礎となって。


 ――俺たちが、彼ら自身の未来を切り拓く力になるのだ。


「また始まったよ。身の程知らずに御大層なことをぶち上げるのは、お前の癖だな」

「俺は、あの孤児院の子供たちの死んだ目を、なんとかしてやりたい。今日のあの椅子に群がる連中の目、見ただろ? 何とかしてやりたいって、思わなかったか?」

「そりゃまあ……な?」

「リノを――うちのチビたち三人を俺が引き取った理由も、それなんだ。少しは分かってくれたか?」

「そこまでは共感できねえよ。ただ――」


 リファルは、空を見上げた。すこし、吹っ切れたような顔だった。


「――ただ、あいつら、オレの椅子を――かんなくずひとつを手に取って、宝物みたいに見せてきたんだ」


 作ったオレ自身にだぜ? バカなガキどもだよ――そう言って、喉の奥でしばらく笑っていたリファルは、改めて俺に向き直った。


「お前が身の程知らずなのはともかくとしてだ」


 リファルが、右手を上げる。

 この世界で最も普遍的な、挨拶の手。

 俺もつられて上げると、リファルはその俺の手をつかんだ。


「――あの連中をなんとかしてやりたい、未来をつかませてやりたいって思うお前の気持ち――それだけは分かった気がする」




※「ほぞ」と「ほぞ穴」について

https://kakuyomu.jp/users/kitunetuki_youran/news/16817139557008709063

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る