第483話:子供の価値

「……しかしそれにしても、きったねえ部屋だな。おまけにカビくせえ。コイシュナさんも、とんでもない場所を嫁入り前修行の場所に決めたもんだ」


 リファルが、改めて部屋の中を見回してこぼした。


「お前もお前だよ、ムラタ。どこでこんな孤児院を知ったんだ?」

「この前、事故で腕に怪我をしたリヒテルって奴がいるんだが、そいつがここの出身なんだ」


 俺の言葉に、リファルが顔をしかめる。


「そうなのか。まあ、孤児院の子供はどこも質が悪いからなあ。ヒョロくて頭が悪くてやる気もないから使い勝手もよくないし、あまり関わらない方がいいぞ?」

「ほう、それは俺のところのヒッグスとニューとリノになにか含むものでもあるって言いたいのか?」

「だからお前は突然キレて胸倉をつかみかかるんじゃねえって!」


 貧しい孤児院出身だからヒョロいのは仕方がないとして、頭が悪いとかやる気がないとか、そういうことはないはずだ。実際、リヒテルは決して悪い奴じゃない。力や技術がないのが問題だっただけで、やる気はあったはずだ。

 むしろ、荷を固定するという重要な仕事を、素人のリヒテルに任せた誰かの方が問題だったとも言えるだろう。


「そうやって甘やかしたってロクなことがねえぞ。金を払う以上、きちんと仕事はさせねえと」

「子供なんだから、そのあたりは単純作業に回せばいいだろう。失敗しても損害がないとか、挽回できるような。手はいくらでも欲しいんだから」


 子供なんだから、荷運びなりなんなり、単純作業に回せば問題ないはずだと思ったのだが、リファルは顔をしかめた。


「子供だから何だってんだ? カネをもらう以上は仕事をきっちりやるもんだ。失敗なんて許してたら、カネがいくらあっても足りなくなる」

「いや、子供なんだから、その辺りはこっちが配慮すべきだろう?」

「配慮? カネを払うんだ、同じように仕事をさせるべきだろ」

「いや、同じ仕事といっても、体格とか、大人とは色々と差が――」

「だから十五歳から『大人』って扱いにするんじゃねえか」


 リファルは、さも当然といった様子で続けた。


「子供は体が小さいし力もないんだから、相応に安く使うに決まってる。だが当然、カネを受け取る以上はカネのぶんだけきっちり働いてもらわなきゃな。もちろん、十五になれば雇う側は一人分払わなきゃならなくなるんだから、当然一人分の仕事をやらせるわけだ。常識だぞ」


 ――リファルがあまりにも「当然」といった顔で言うので、俺はそれ以上、続けられなかった。

 そう、気づかされたのだ。

 うちのヒッグスが働けてしまえる・・・・・・・ほど、この世界は「年齢の下限」に制限がないのだということを。


 ヒッグスもリノも、大人に混じって仕事をしている。ニューだって、リトリィたちと一緒に炊き出しをしている。


 今まで、それは監督である俺の目の届くところで、あるいは俺が直接面倒を見るように頼んだ大人に張り付かせ、手伝いに徹するやり方で使っていたから気が付かなかったが、つまり、なんだ。


 『子供だから、保護される』

 その発想がそもそも無い・・・・・・んだ、この世界には。


 以前、ニューが財布をスり盗ったときに問題にしなかった作業員たちは、たまたま自分たちも悪童だった時期があり、そのためある程度、悪童に対する同情などがあったのだろう。監督である俺スポンサー側の管理下にある子供たちだから、仕方なく許してくれた、という面もあったのかもしれない。


「……ということは、子供のしたことだから大目に見る、なんて話は通じないってことか?」

「何言ってるんだ、当たり前だろ」


 あきれた口調のリファルに、俺はため息をついた。


「でも、子供は未熟だからどうしても失敗するものだし、間違うものだ。俺たち大人がまずやってみせて、言って聞かせてさせてみせて、失敗はある程度許容して褒めてやらないと、子供は成長できないだろ?」

「バカかお前」


 さらにあきれられた。


「お前こそ、カネを払うってことの意味をもっと考えろよ、監督だろ? 未熟? 当たり前じゃねえか、だからそのぶん安く使うんだろうが」


 それを言われると痛い。確かにそうなのかもしれない。

 だが、やはり現代日本――「学校」という「ある程度保護された社会」を経験してきた俺にとって、子供も単なる労働者として扱われる社会、というものには抵抗を感じてしまう。


「もらえるカネは少ないだろうけどな、それでもカネはカネだ。失敗したら当然制裁だ。事故を起こしたっていうならお前、そのリヒテルってヤツを当然クビにしたんだろ?」

「するわけないだろ、子供だぞ?」

「……だから、なんで子供なら甘やかしてもいいって話になるんだよ。お前、脳みそあるのか?」

「大した怪我人も出なかったことだし、そもそも本人が一番の怪我人になっちまったんだ。悪意がない限り、子供なら大目に見るべきだろう?」

「大目に見る? 子供だからなんだってんだ、連中を甘く見るなよ? そうやって甘い顔をしてると、お前、そのうちガキどもに足元をすくわれるぞ?」


 足元をすくわれる、か。思わず苦笑してしまう。

 なにせ俺自身、リノたちに大事なものを盗まれ、それを取り返そうとしたとき、リノにしたたかに蹴り飛ばされているのだ。謝罪もなく突然攻撃され、そのまま逃げられるところだった。


 それはつまり、彼らは自分たちが子供であったとしても、「謝っても許されない」ことを理解しているということなんだろう。子供だから大目に見る、許される、などということは、この世界ではあり得ないのかもしれない。


 そういえば、たしか地球の歴史でも、「子供」を「発見」したのは『社会契約論』を書いたルソーとかいう哲学者だったか? 逆に言えば、ヨーロッパじゃ十八世紀になるまで、子供は「子供」として扱われていなかったということだ。


「……ええと、じゃあ、たとえば飲酒とか、そういったことは大人になってからとか、そういうのは……?」

「酒? そんなもの、ガキだって飲んでるじゃねえか」


 ――ああ、やっぱりそうなのか。地球の歴史でも、昔は飲酒や喫煙に関する年齢制限などなかったという。子供はあくまでも「子供」ではなく、大人のミニチュアでしかなかったのだ。


 この世界でも、それはきっと同じなのだろう。一応成人扱いされるのは十五歳からのようだが、リファルの話や今までの知識を合わせると、大人というのは結局、結婚の目安や賃金一人分を支払うべき年齢というだけで、それで扱いが大きく変わる、ということはないらしい。


 リノが言っていたじゃないか。十かそこらの少女であっても、愛人としてなら許容されてしまうと。

 つまりそういうことだ。「子供だから保護されるべき」などという発想は、やはりこの世界には無いのだ。まさに近世以前の価値観の世界。


「……それでも俺は、なんとかしたいんだよ。子供は未来の街を背負うんだぞ?」

「言いたいことは分かるんだがな?」


 リファルは、頭をかきながら、けれど冷めた目で答えた。


「お前、この前、三人も孤児を拾ったよな? この孤児院だって、さっきから赤ん坊の泣き声が聞こえてくるじゃねえか。お前自身、あともうしばらくすれば二人生まれてくるんだろ?」

「……だから、なんだって言うんだ?」

「つまりそういうことだ、子供なんて男と女がくっつきゃ、いくらでも湧いて出てくる。わざわざ保護とかなんとかしなくたって、いくらでもな。子供ってな、そういうもんだ」


 ……信じがたかった。だが、以前、リファルと飲んだときに言っていなかったか。

 子供は、生まれてから成人するまでにいくらか死ぬのが普通だと。

 あの時はそれにカチンときたが、つまりそれだけ、死が身近な世界なんだ。それだけ、子供の価値が低い世界。


 ――そんなもの、認めてたまるか!

 確かに日本に比べたら医療レベルは低いだろうし、残念なことではあるが、子供も死にやすい環境なんだろう。

 でも、これから生まれてくる俺の子供たちの価値を、そんな不当に低いものにしてたまるものか。

 それに、孤児院があるってことはつまり、子供はやっぱり大切な存在ってことじゃないか。


 しかし、リファルはため息をついて、首を振った。


「そりゃお前、建前はそうだけどな? 実際は――」


 そのときだった。


「屋根を見るんですよね? この子たちが案内します。よろしくお願いします」


 ドアが開いて、コイシュナさんが二人の少年を連れてきた。

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