第471話:幸せの鐘の音
「それにしてもムラタさんよ。随分と派手に飾ったな。赤と白の垂れ幕って、何の意味があるんだ?」
マレットさんが、塔を見上げながら聞いてきた。
「いや、日本――あ、いや、俺の故郷では赤と白の組み合わせはめでたいって風習があって」
「ほう、アレがめでたいのか? 派手好みなんだな、あんたの故郷ってのは」
「……ええと、それに加えて、フェクトール公がよく赤い服を着てるんで、それも象徴していますね」
塔のてっぺんをぐるりと囲むようにした紅白の垂れ幕は、実に日本的。いいんだよ、めでたいとされることはやっておいた方がいい。なんたって後世に残るイベントなんだからな。
この街の人々の服って、どちらかというと褐色系の人が多いし、鮮やかな赤っていうのは、フェクトール公以外にまとっている人はいないみたいだった。
だから「フェクトール公を象徴する赤です!」とハッタリをかましたら、フェクトールというよりミネッタがノリノリになって、紅白の布を手配してくれたんだ。
赤というより朱色に近いけど、まあ、それっぽければなんだっていいだろう。
ついでに、俺は知らなかったんだが、赤い布も白い布も、けっこう高価なんだそうだ。貴族ってのはカネ持ちなんだっていうことを、改めて思い知る。
「ムラタさん、いよいよですね」
無意識にだろうか、マイセルがお腹をさすりながらこちらを見上げてきた。やや緊張の感じられる面持ちで。
「……そうだな」
この塔が本来の仕事を取り戻す、最初の仕事だ。決してミスは許されない。
とはいっても、実際に鳴らすのは鐘打ち職人だ。俺は指示を出すだけ。
そういう意味では、「鳴らすだけなら」大して責任を感じる必要もないのだろうが、なにせこの塔を鐘塔として復活させる事業の責任者として関わっているわけだから、上手く鳴らなかったり壊れたりしたら俺の責任になる。
もちろん、職人のみんなで頑張ってきた仕事だから絶対に大丈夫、という自信はある。けれど、やっぱり緊張はするものだ。
「……あなた? だいじょうぶです、だって、あなたが毎晩、みなさんのおしごとをみとどけてきたんですから」
リトリィが、微笑みながら俺を見上げる。
「リトリィ姉ちゃんの言う通りだよ! だんなさまのお仕事なんだから! ボク、絶対大丈夫だって信じてる!」
おそらく何の根拠もないのだろうが、リノが飛びつくようにして無邪気に笑った。
今日ばかりはいつもの簡素な薄手のワンピースではなく、フリルで飾られた可愛らしいワンピースだ。下着もバッチリはかせたはず。
「……そうだな。みんなの仕事だ、絶対に大丈夫だ!」
そう言って抱き上げてやる――が、俺は慌ててまた下ろした。
「だんなさま?」
不思議そうに首をかしげるリノ。俺は焦りを抑えられないままリトリィに聞いた。
「おい……いまリノがしっぽを持ち上げたとき見えたんだが……下着、はかせてないのか!?」
それまでにこにこしていたリトリィの笑顔が、固まった。
「……そ、そんなこと……! だ、だって、あなたも見ていたでしょう? わたしが、リノちゃんにはかせてあげるところを」
「いや、見てたよ? 見てたけど、でもいま、可愛いおしりが――」
「下着? 脱いじゃったよ? だってボク、アレ嫌いなんだもん」
脱いじゃったって、おい!
かわいらしいフリル付きのものを、わざわざリトリィが縫ってくれたのに!
嫌いとか好きとかじゃないだろ、まったく、なんて子だ!
開け放たれた塔の扉。真新しい青銅のレリーフが飾られたその奥に向かって、俺は、掲げていた右手を振り下ろす。
俺の合図に合わせて、鐘を鳴らすための機構を作動させる鎖の音が聞こえたあとだった。
ガラァァアア……ン
カローン、カロカローン
ガラァァアア……ン
カローン、カロカローン
空から、澄んだ空気を震わせる鐘の音が降ってくる!
ヒッグスとニューは目を丸くし、耳を押さえてその音の大きさに驚いていた。
それに対してリノは「だんなさまのお仕事の音だ!」と、まっすぐ塔の上の見上げ、誇らし気に鼻を鳴らしている。
これが、「幸せの
▲ △ ▲ △ ▲
「どうだろう?」
――どうだろうと言われても。
塔の出入り口の上に飾られた真新しい青銅のレリーフを指差しながら、少々興奮気味のフェクトールに困惑する俺に対して、彼自身は実に満足げだった。
「『子を産みたる全ての母よ、汝は奇跡の偉大なる体現者なり』――ぴったりだと思わないかね?」
「大げさすぎませんか?」
「君は何を言っているんだ。私は、君のお陰で女性の偉大さに気づけたというのに! 子を産んだすべての女性を、私は尊敬する!」
どうもフェクトールの奴、ミネッタの出産に立ち会ったことで、女性に対して崇拝にも似た思いを抱くようになったらしい。
「あれほどの苦痛を乗り越えて命を生む、その姿はあまりにもか弱く、そして何よりも力強かった! しかも、私が望むなら二人でも三人でも産みたいと言ってくれたのだよ、ミネッタは!」
喋っているうちにその時の興奮が蘇ってきたのか、フェクトールは身を乗り出すようにした。
「生みの苦しみとはよく言うが、見ていただけの私ですら、苦しかった。それなのにだ、あの苦痛を味わってなお、もっと産みたいと言ってくれたのだ、私の子をだ! 分かるかい? それを聞いたときの、私の感動が!」
つばを飛ばしながら、レリーフを指す。
そう、レリーフは、裸身の女性が、裸身の赤子を抱き、慈愛に満ちた表情で、見守るように乳をふくませているというものだった。
「私は、そんな女性の偉大さを気づかせてくれたミネッタや君たちに是非、礼をしたくてね。この母子は、愛するミネッタはもちろん、困難からの再生、誕生も象徴しているつもりだ。君なら分かってくれるだろう?」
分からないことはない。その意図は、理解はできる。
ただ、城内街に相応しいものと言えるのかどうか――その母子の頭には、大きな三角の耳がついているのである。
ミネッタがモチーフとかそーいうレベルじゃない。隠す気がゼロだった。
ついでに言うと、顔はミネッタだが、このでっかいおっぱいとでっかい耳は間違いなくミネッタじゃない。賭けてもいい、このパーツの元ネタはリトリィだろ!
「だから言ったではないか、君たちへの感謝も込めたと」
このセクハラ野郎め!
「それで話を戻すのだが、『子を産みたる全ての母よ、汝は奇跡の偉大なる体現者なり』――これぞ作品名にぴったりだと思うのだが、どうだね?」
「長いな」
「……もっとこう、他に言うことはないのかい?」
――もう、『バカップルの幸せ』でいいだろ。
口には出していないつもりだったが、うっかりつぶやいてしまっていたらしい。バカップルとはなんだい、と聞かれてしまった。
「あんたらみたいなお似合いの二人のことだよ」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
『バカップルの幸せ』とは「あんたらみたいなお似合いの二人のこと」――あのときごまかしておいたのが、どこでどう間違ったのか。
――タイトル『幸せの誕生』。
どうも仰々しいタイトルについては反省したらしいが、その反動がこのシンプルすぎるタイトル。
お陰で市民には覚えやすかったらしく、慈愛に満ちた表情のレリーフ自体の出来のよさも相まってか、特に若いひとたちには、その存在が広まったらしい。現場で働く俺たちにとっては困った話だが、わざわざ見に来るのだ。
で、塔についたあだ名が「幸せの鐘塔」、ときたもんだ。
反対に、眉をひそめてしかめ面をするのは爺さん婆さんが多い。
さっきもあからさまに、「ケダモノ相手に……」「みっともない……」とつぶやいたそこのババアたち! お前らだお前ら!
ただ、この『幸せの誕生』のレリーフから、この塔を「幸せの鐘塔」と呼ぶひとたちが現われたのは、なんだかこそばゆい感じがする。俺の仕事は幸せの鐘塔の修復作業です、って、なんかこっぱずかしいのだ。
意識しすぎなのかもしれないけどさ。
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