第458話:人々の願いと期待が詰まった、俺の仕事

 西門前広場を奪還してからの動きは、比較的スムーズだったように思う。

 聞いた話によると、両軍ともに使者を立て、比較的速やかに戦後処理が行われたらしい。

 フェクトール公との直接交渉どころか、城門を越えることすらできなかった侯爵軍は、一部を残して次の日には動き始め、三日後にはいなくなっていた。


 その後が長かった。およそひと月に及ぶ戦後処理に関わる話し合いが持たれた。侯爵とフェクトール公の間で何度も早馬が行き来し、今回の紛争における様々な事後処理を進めたらしい。

 なんでそんな機密情報を知っているかといえば、交渉がまとめられた暁には、例の塔で条約締結――和平の鐘を鳴らすという予定になっていたからである。


 聞かされた時には寝耳に水で、大いに驚いた。なにせ大鐘を降ろしてしまった後だったのだ。改良型のクレーンは既に設置済みだったが、肝心の鐘を吊り下げるための鉄骨が、はりごとねじ曲がってぶっ壊れているのだ。

 それを、たった一カ月でどうしろと! そうマレットさんに愚痴ったら、


「無茶でもやれと言われたらやるんだよ。それが代々『ジンメルマン』のかばねを受け継ぐ大工――オレの矜持だ。ムラタさんよ、あんたができねえって言うんなら、その仕事、オレに寄越しな」


 不敵な笑みを浮かべられながらそんなこと言われて、ハイどーぞ、なんて言えるわけない! なんたって俺が勝ち得た、俺の仕事なのだ。


 だが、それだってまだ一カ月という猶予があったからよかった。とりあえず修羅場だったのは、勝利宣言の鐘を鳴らすことだった。なんと、侯爵軍の撤退に合わせて鳴らせ、というお達しだったからである。


 大鐘については致し方なしという話で済んだが、それでも鐘を吊るしていた鉄骨はひどく歪んでいて使い物にならなかったのを、突貫作業でハンマーで殴りまくって、なんとか無理矢理まっすぐにした。

 話が来るや、すぐさま半日がかりで取り外した鉄骨を下ろし、ハンマーで叩きまくって歪みを直したのだ。


 これはリトリィの働きも大きかった。

 リトリィが自らも鉄を叩きながら、音の調子から叩くべきところ、もう叩いてはいけないところなどをこまかく指示してくれたからである。


 派遣されてきた鉄工ギルドの職人たちは、長毛種で全身ふかふかの犬属人ドーグリングの女がいることに、最初は不快そうな顔をした。

 だが、ある男がリトリィの制止も聞かずに叩き続けてひびを入れてしまったことからクオーク親方の大喝が飛び、それによって以後、リトリィの意見が尊重されるようになった。


 おかげで思ったよりも早く鉄骨がある程度まっすぐに伸びたため、小鐘の取り付け作業にもある程度の余裕を持つことができた。


 試しに鳴らしてみよう、という話になったときには、せっかくだから街の衆に周知してみようと提案した。

 回覧板(これがある事には驚いたが、瀧井さんが発案・定着させたらしい。さすが昭和の軍人!)および掲示板での周知だったので、情報の拡散が間に合わず、知らない人のほうがはるかに多かっただろう。

 けれど、高齢者を中心に、意外にもかなりの人が集まった。


 本来は職人が鳴らす決まりだが、俺が鳴らした。クオーク親方に、「ただの試し鳴らしだ。誰がやったって構わねえ。だからお前がやれ」と指名されてしまったからである。


 まあ、いわゆる「マイクのテスト中」をやるようなものだ。鐘を鳴らす機構については簡易的な修復と簡単なテストしかできなかったから、本当に鳴るかどうかの実験でしかない。まあ、ただの実験なんだからと引き受けた。


 それが、塔を囲むじーさんばーさん、そしてそれにつれられて集まってきた子供たち。

 そしてそれを当て込んだのか、なぜかいくつかの屋台車まで。


 百人は軽くいるだろうという状況。

 俺はさすがに「鳴りませんでしたテヘペロ☆」で済ませられないことに戦慄を覚えたが、リトリィに「だいじょうぶですよ」と抱擁とキスで励まされて、塔に入る。


 最上階につながる長い鎖。

 その鎖の輪を引っ張って回すことで、鐘を打ち鳴らす機構が作動する。

 長いこと使われていなかったから真っ赤に錆びていたが、それも、リトリィをはじめとした女衆がていねいに錆を落としてくれた。

 機械部分は、熟練の時計職人がしっかりと錆を落とし、油を差してくれた。


 そういった多くの人たちの、技と願いが詰まった、修復作業。

 それが、いよいよ、かたちにあらわれる。


「……よし」


 俺は大きく息を吸って、鎖を握る。

 そして、ゆっくりと、鎖を引っ張り――


「……あれ?」


 動かない!?

 そんな馬鹿な、事前のテストでは動いたのに!

 まさか、事前テストで壊れた!?


 慌てた俺の脳天を、クオーク親方がぶん殴る。


「馬鹿野郎、反対の鎖を引っ張るんじゃねえ」




 カローン、カロカローン――

 カローン、カロカローン――


 澄んだ音が響き渡る。

 塔の中は音が反響して、かなりの音量が耳を直撃する。


 親方にぶん殴られたあと、気を取り直してもう片方の鎖をつかんで引っ張ると、重くはあったが思いのほかするすると鎖を動かすことができた。

 ジャラジャラジャラ――吊り下げられている鎖を引き下ろすと、もう片方――先ほど引っ張って動かなかった方が、上のほうに引き揚げられてゆく。


 長い間使われていなかった機械だが、鐘を取り付けてもちゃんと動くことが証明された。

 テストは合格と言っていいだろう。クオーク親方を見ると、実に満足気だった。親方だって、この塔の鐘の音を聞いて育ってきたはずだ。本当は自分が鳴らしたかったのだろうが、あえて俺にやらせてくれたことを感謝する。


「馬鹿野郎、調子に乗るな」


 親方のゲンコツも、照れ隠しと思えばなんともない。




 塔から出ると、じーさんばーさんから一気に囲まれた。


「あんたかい、この塔を直してるっていうのは」

「久々に聞いたよ、この鐘の音を! 大鐘はいつ鳴るんだい?」

「よくやってくれた、ありがとう、ありがとう!」


 中には涙を流して手を握ってくるばあさんもいて、正直困惑してしまった。今日はただの機構のチェックだったのだから。

 今後の修復作業に期待を膨らませて協力的になってくれたらありがたい、程度にしか思っていなかったから、こんなにも喜ばれるのは予想外だった。


 同時に、自分の責任の重さも、あらためて実感した。

 こんなにも――こんなにも、喜び、そして期待を込めてくれる人がいる。

 それが、俺の仕事なのだと。

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