第446話:第442戦闘隊かく戦えり(5/14)

「それで? ワシとお前でその耳飾りをつけて、お前が高いところから見張って、ワシがお前の指示で戦えだと?」

「そうですね。そうすれば隊長がより有利な戦い方ができるように、誘導を――」


 ところが、隊長は俺の案に首を振った。


「おそらく色々考えてはくれたんだろうが、その案は却下だ。おまえさんはこれを使ったことがあるのか? 物が重なって見えて、気持ち悪くてかなわん。こんなものをつけていては、とても戦えん」


 通信できるのは、声だけじゃなかったのか? 俺の方は、ものが重なって見えるなんて現象は全くない。

 もしかしたらと思って隊長のものと取り替えてもらうと、確かに目の前に、俺自身が半透明に透けて見えるようになった。隊長の見ているものが、俺の視野に重ねられている感じだ。

 SFでよく見られる、半透明の映像が空中に映し出されるような状態が、視界全体に広がっているような感じ――と言えば伝わるだろうか。


 なるほど、これは相当に慣れないと厳しいだろう。リアルでみているものと送られてきた映像、それが同時に重ねられている視界で戦うのは、厳しいに違いない。


 ただ、意識のさせ方を変えるだけで、この問題はある程度クリアできそうだということにも気づいた。


 遠くと近くの視界を切り替える感じだろうか。ちょっと慣れると、『見たい方の情報』に、頭の中で切り替えることができるようになった。俺が、テレビやパソコンなど、一つの画面に複数の情報が同時に表示されている環境に見慣れてきた現代人だからなのかもしれない。


 ということは、むしろ俺が「遠見の耳飾り」の、受信機側に回った方がいいのかもしれない。誰かに上から見ていてもらい、そのひとが見たものから情報を汲み取ってどうすべきかを考え、それを四四二隊のメンバーに伝達するのだ。


 ――だが、その「上から見る」役を、誰にやってもらう?

 なんだかんだ言っても要領が良さそうな、フェルミあたりだろうか。

 そう思って声をかけようとした時だった。


「だんなさま! ボクが行く!」


 リノが耳としっぽをぴんと立てて手を上げた。


「……リノ?」

「大丈夫! ボク、高いところ得意だし! ちっちゃいから見つかりにくいし!」

「い……いや、それにしたって危ない。やる気はうれしいんだが、子供に任せるわけには――」

「大丈夫だってば。ボクがすばしこいのは、だんなさまも知ってるでしょ?」

「それはそうだけど……」

「ボク、だんなさまのお役に立つよ! だってボク、だんなさまの未来のお嫁さんだもん!」


 俺の手から耳飾りをひったくるようにすると、リノはあっという間に近くの集合住宅の壁に備え付けられた階段を駆け上っていった。のみならず、恐ろしい身軽さで屋根の上にまで登ってしまった。


『だんなさま! ボクだよ? 聞こえる?』


 出し抜けにそんな声がして、ぐるりと広がる家の屋根が連なる映像が視界に重なる。屋根の上で、耳飾りをつけたらしい。


「あ……ああ、大丈夫だ。俺の声は聞こえるか?」

『うん、聞こえる! だんなさまの声、とってもよく聞こえるよ!』


 多少、ザザッというざらついた音が混じって聞こえるが、リノのはしゃぐような声は比較的クリアに聞こえた。俺の視界に重なって見える映像も、隊長と接続したときに送られてきたものよりもずっと綺麗で、意識を集中させると細部まで見える。


「俺の方もよく聞こえるよ、リノの可愛い声が」


 なんでも従兵曰く、装着した送信者の適性によって、その辺りの使用感がずいぶん変わるとのことだった。ということは、リノはひょっとしたら体質的に魔法使いに向いているのかもしれない。建築の道よりも、そういった道にすすめてやるのが本人のためかもしれない。


『えへへ、ボク、可愛い? ボクもだんなさまに、耳元でささやかれてる感じがする。なんか幸せ、もっかい言って?』


 彼女からの映像が途切れたと思ったら、屋根の上で、両のほっぺを押さえるようにして、目を閉じてうれしそうに体ごと首を振っている。

 そういった仕草も、子供らしくて愛らしい。というか、最近、やっと子供らしさを感じられるようになってきた。


 それなのにこんな戦いに巻き込まれてしまった彼女たちが、不憫でならない。

 だが、そうも言っていられない。スパイ衛星のごとく、高所からの視点を彼女が提供してくれるのだ。今回限りは、彼女に頑張ってもらわないければならない。

 今回限り――そう、今回限りだ。


「……ああ、可愛いよ、リノ。頼りにしている」

『うん、任せて! ボク、絶対にお役に立ってみせるから!』


 こうして、リノが家々の屋根をとび回りながら送ってくる映像を元に、第四四二隊の任務は再開した。




『だんなさま、見える?』

「見えるが無茶するな。慎重に、身を隠しながら――」

『だいじょうぶだよ! ボク、屋根の上だよ? 見つかったって平気だよ! それより見て! あいつらもごはん食べようとしてる! やっつけるなら今だよ!』


 たしかに、リノの視界の先には、侯爵軍の複数の騎士と従兵と思しき連中が、一か所に固まって何かを食べようと準備をしている様子だった。やや遅い朝食を摂るつもりなのかもしれない。

 しかし、豆粒のような人影だというのに、実にクリアに伝わってくる。リノには、やはり魔法だか何だかの才能がありそうだ。


「やれやれ、勘のいい子だ……。隊長。この先の路地の奥で、朝飯休憩中の連中がいます。数は十人足らず。手元に武器は無し」


 隊長は、俺の報告を聞いて舌なめずりをした。


「よし、さっきと同じ手順だ。さっきぶんどった飯は四一〇ヨンイチマル隊のヤツらに全部やっちまったからな! もう一度、飯をいただくついでにぶっ飛ばしに行くぞ!」


 目的と手順が逆だと思うが、あえて何も言うまい。


「よし、リノ! 道案内を頼む!」

『うん、任せて! だから――』

「……ああ、便りにしてるよ、可愛いリノ!」

『えへへ、だんなさま大好き!』




 カァン!

 いい音がして、赤い派手な羽根つき兜の騎士の首が、かくんと曲がる。


「ふごっ……!? だ、誰だ!」


 この世界に来て今さら知ったが、「投げる」ってのは一種のスキルだったってことだ。

 中学に入るころまで、野球好きな親父とよくキャッチボールをやらされた。中学に上がってからはほとんどやったことがなかったが、それでもたまにやっていた。

 だから、コントロールには多少自信があったのだが――


 第四四二隊のメンバーが、砲丸投げをさらに野暮ったくしたようなフォームで投石する中で、俺は腕を大きく振りかぶり、握りしめた石を解き放つ!

 甲高い金属音がして、またひとりの頭に命中!


「……おめえ、投擲とうてき兵でもやっていたのか?」

「必中じゃないっスか。監督、ひょっとして法術っスか?」


 隊長をはじめ、第四四二隊の面々が目を丸くしているのを見ると、やはり優越感が湧いてくる。とはいえ、俺はこんなところでもたもたしている暇なんてないのだ。俺がリトリィの元にたどり着くのが遅くなればなるほど、彼女は――


 歯を食いしばって恥辱に耐えるリトリィ――そんな情景が脳裏をかすめ、俺は慌ててそれを振り払うように首を振る。


 焦ってもしょうがない。

 ペリシャさんが言った通り、下手を打って俺自身が倒れるようなことがあったら意味がなくなる。

 長い人生、命さえ無事ならどうにでもなる――とにかく今を乗り切ることが最優先だと自分に言い聞かせると、俺は右手を挙げ、そして振り下ろした。


「……突撃!」


 俺の合図で隊長が静かに叫ぶ・・・・・と、第四四二隊のメンバーが一斉に襲い掛かる!

 本当は雄たけびを上げながら突撃したいところだっただろうが、俺はそれを厳禁とし、無言での襲撃を徹底させていた。雄たけびなんぞ上げたら、俺たちの襲撃に気づいたほかの敵を呼び寄せかねないからだ。


 ただ、それは敵にとってかえって不気味だったらしく、素人の攻撃に対して恐慌状態になりながら、ろくに反撃もできずに打ちのめされていく。連中が食事中で武器を手にしていなかった、というのもあるが、俺としてはうれしい誤算だった。


 第四四二隊のメンバーは、少ない人数ということもあって、戦力としては決して充実したものとは言えなかった。正面切ってケンカをふっかけるなんてことはできないから、できることなんて嫌がらせハラスメント攻撃くらいのものだ。


 だが、こちらには四番通りを自分の庭のようにして暮らしてきたヒッグスとニューとリノがいる。


『だんなさま、来るよ! 左の道に入って!』

「左の道に行けばいいんだな?」

「おい『子供遣い』! 左ったって――」

「こっちだおっさん!」


 三メートルくらいの間隔なら楽々と屋根から屋根に飛び移り、俺たちを上から見守ってくれているリノの映像、そしてその情報を受けて即座に迂回路や近道のガイドをしてくれるヒッグスとニューが実に頼もしい。


 足手まといどころか、俺たちはリノたちに助けられていた。子供たちのおかげで、神出鬼没の攻撃を仕掛けることができたのだ。

 おかげで俺のあだ名は、すぐに「子供遣い」になってしまった。命名は隊長だ。呼び方が違うのは、俺をいまだに「監督」と呼ぶフェルミくらいだ。


「また助かった、ありがとう。ヒッグスとニューと可愛いリノのおかげだ」


 「よせやい」と鼻をこするヒッグス、『えへへ! ボク、だんなさまのためにもっとがんばるよ!』と声を弾ませるリノ。


 さらに、腕っぷしならだれにも負けない熊属人ベイアリングの隊長をはじめ、身体能力に優れた獣人が主体の部隊という点も恵まれていた。革の胸当てくらいしかない軽装に木靴を脱いだ裸足というのは、音もなく忍び寄っての奇襲に、随分効果的だった。


 俺は努めてゲリラ的な部隊運用を心がけ、敵を確実に減らしつつ東に向かって前進した。子供たちの情報をもとに、静かに敵を襲うニンジャみたいな襲撃を繰り返す俺たちは、侯爵軍の連中を無駄に緊張状態に置くことで疲労させるという意味で、間違いなく役に立っていたはずだ。


 順調にことが進んでいることを実感し、リトリィ救出にも希望が見えてきたときだった。


「うわっ、な、なんスか!?」

「あ、あんたら四番隊のひとか!? た、頼む! 助けてくれ!」


 たまたま先頭にいたフェルミにすがりつくようにしてきたのは、生乾きの血糊が染み込んだぼろぼろの服が痛々しい青年だった。


「落ち着け、ゆっくり飲め」


 隊長から渡された水をガブガブと飲み干した青年は、口元をぬぐうと、第四一二隊のフォンメルと名乗った。末尾に二が付くのは「別隊」――獣人主体の遊撃隊。なるほど、くるんと丸まった、茶色くて小さめの尻尾が、柴犬のように見える。


「僕たちの四一二ヨンイチニ隊は、城門前の戦いで散り散りになった四二〇ヨンニマル隊と生き延びた騎士団の騎士様たちと合流したんだ。はじめは、反撃の機会を待つつもりで空き家に立てこもったんだけど――」


 そして改めて隊長に掴みかかるようにして、救援を訴えた。


「みんなぐったりしてて、だから僕は隊長と、四二〇ヨンニマル隊のヤツの三人で、夜のうちに食糧を集めに行っていたんだ。一度集めて戻ったけど足りないって騎士様が言うから、もう一度出た。そしたら、明け方に戻ってみたらすっかり家が包囲されてて! お願いだ、協力してくれ!」


 フォンメルに案内されて移動した先には、これまた怪我だらけの壮年の男と、虫の息の青年がいた。

 ほかにも、立派な鎧に身を包んだ騎士らしき男が数人と、その従卒と思しき男たちが何人かいた。ほとんど誰もが、何かしらの怪我を負っているようだった。


「ブレド隊長、四四二ヨンヨンニ隊の方々です!」


 ブレドと呼ばれた四一二隊の隊長は、俺たちを見て驚いた。そして、口をへの字に曲げた。


「……随分と元気そうだな。おまけにヒョロガリ野郎にガキ連れかよ。今までどこに隠れていた」


 ところがこちらの隊長は、ニヤリと笑ってみせた。


「そう思うだろ? ところがどっこい、なかなかいくさ上手なヒョロガリでな」

「なんだと?」

「おう、拾いモンなんだが、なかなか優秀でよ」


 そう言って、隊長が俺の背中をバシバシとぶっ叩きながら「この『子供遣い』と子供たちのおかげで、ワシらは負け知らずよ!」と笑う。

 痛いって! なんでこの世界のおっさんたちは俺の背中をぶっ叩くんだ!


「戦上手ならありがたい! 今、例の空き家では転進してきたわが騎士団の者たちと民兵どもが、侯爵軍きゃつらと戦っている最中なのだ。我らは助けに向かう機をうかがっておったのだ」


 銀色の鎧に身を包んだ、立派なヒゲの騎士らしきおっさんが俺の肩をつかんだ。


「そこへ無傷の負け知らずな部隊が今ここで我らのもとにやってくるなど、まさに天の采配! 街を守る名誉は我らにあり! いざ救助に向かおうぞ!」

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