第447話:第442戦闘隊かく戦えり(6/14)

 本来なら、四四二隊の仕事は遊撃――敵の侵攻の足並みを乱すことだ。包囲された仲間を助け出す、そんな英雄的な仕事ができるような武装なんてそもそもない。


 それでも、この街に生まれ、生きてきた人たちにしてみれば、自分たちの仲間が危機に陥っているとなれば、立ち向かいたくなるものらしい。まあ、自発的に民兵に志願している人たちだ。街やそこに生きる人々への愛着は、暮らし始めて一年の俺なんかよりもずっと強いんだろう。


 リノが屋根の上を走って先行し、俺は自分の目に浮かび上がってくる映像とリノの助言を頼りに、今や大所帯の混成部隊となった四四二隊を誘導する。

 どこまで手助けができるのかは分からないが、それでもやってみる価値はあるだろう。なにせ、今の俺にはヒッグスとニューとリノという、素晴らしい相方がいるのだから。


 ――そう、安易に考えていた。

 そして、絶望した。


『だんなさま……無理だよ、あんなに囲まれてちゃ。あんなところに行ったら、だんなさま死んじゃうよ……!』


 リノの言葉を聞かなくても分かる。

 リノの目を通して俺に伝わってくる家、それは背の低い生垣で囲まれた立派な家だった。


 だが、家は惨憺たるありさまだった。窓は破れ、ドアは砕けて半分が垂れ下がっている。そして、その家を囲む侯爵軍の兵たち。

 二階の窓が開かれ、何かを投げつけようとした者がいたが、即座に矢に射抜かれてしまった。縋り付いた窓枠ごと、落下するのが見える。

 その瞬間、小さな悲鳴と共に、視界に重なる映像がブラックアウトした。リノが目を閉じたのだろう。


 だが、ブラックアウトする寸前――たしかに、落ちた男を囲んだ侯爵兵どもが、その男を滅多打ちにするのが見えたのだ。もはや、あの男は生きてはいまい。


 ――どうする?

 あんなに囲まれた中に突入するのは正気の沙汰じゃない。

 こんなことなら、瀧井さんから銃を借りておくべきだったかもしれない。一撃必殺の火を噴く杖――そんなものがあると分かれば、あの連中への十分な牽制になっただろうに。


 腰に差してある、リトリィからもらったナイフ。切れ味こそおそらく相当なものだろうけど、それを振り回して戦うような体術を、俺は身に着けていない。せっかくの得物があっても、それを生かせないんじゃ意味がない。……くそっ!


『だんなさま、どうする? ボク、もう少し近づいてみよっか?』

「だめだ。いまのを見ただろう、連中の中には弓を持っている奴がいる。見つかったら狙い撃ちされかねない」

『大丈夫だよ。ボクみたいなちっこい獣人が屋根の上にいたって、相手にするわけないもん』


 リノは俺の制止を聞かず、さらに前進する。いくつかの屋根を飛び越え、路地を挟んだ向こうの家に、例の家が建っていた。

 例の家の三階の窓の奥で、ドアに家具を押し付け、それを三人がかりで押さえつけているのがちらと見えた。だが、聞いていた人数よりだいぶ少ない。別の部屋にいるのか、それとももう、あの人数しか生き残っていないのか。


 家の周りをぐるりと囲むように、騎士や従兵がいる。水も漏らさぬ――というわけでもないが、それにしたって十人そこそこしかいない俺たちに、何かできるようにも思えない。


 ――もう夜は明けきった。憎たらしいほどの爽やかな青空の下で、しかし俺たちの街は突然の侵略者によって身動きが取れないままだ。

 リノが送ってくれる情報をもとに可能な限り前進したが、この先はもう、連中の目と鼻の先。塀の陰からそっと覗くと、もう少しで見つかりそうになり、慌てて顔を引っ込める。下手に動くと、あっという間に囲まれてしまうだろう。


「おい、なんとかならんのか。もう、すぐ目の前ではないか!」

「なんとかと言われても……こっちは十人そこそこなのに、あっちはその何倍も多い集団だ、闇雲に突入しても返り討ちに遭うだけです」

「この隊を負けなしにしたのはそなたであろう? 四の五の言わずに、助け出すための良い案を早く出すのだ! さもなくば吾輩の戦友が皆殺しになってしまう!」


 騎士のおっさんは苛立たしげだが、だからといって人手がない、武器もない、援軍も期待できないのないない尽くしでは、なんともならないって!


「……助けるためには、家を包囲している敵兵をかいくぐるか倒すかしないといけません。せめて、なにかいい武具はありますか?」

「武具……そうだな、これくらいか」


 そう言ってブレド隊長がボロ布を巻いた塊を背中から降ろした。

 木製の本体、ライフル銃を思わせる肩当てと引き金、金属製の弓と弦――機械弓クロスボウだった。


 聞いたことがあるぞ! 小型ながら威力が高く、銃のように水平射撃ができるから、ただの兵士に必殺の攻撃力を持たせることができる武器!


「すごいじゃないですか! こんなものがあるなら、どこかの家の屋根裏部屋辺りに立てこもって狙撃しまくれば……!」

「残念ながら、矢はもう、三本しか残っていない」

「あとは!?」

「短剣と……いままで連中をふん縛るのに使ってきたロープの残りなら、まだたくさんあるぜ?」


 ……ああもう! うまくいかないな、本当に!

 ほかに何かないか、他に――


 周りのメンバーの顔を一人ひとり見回していた時だった。

 偶然、腰の皮袋に、手が触れた。

 中に入っている、硬い筒に指が触れる。


 ――そういえば。

 瀧井さんにもらったこれ、一体、中身はなんだろう……?




「リノ! なにか、四番大路のほうで戦いの音は聞こえないか? この街の騎士団が戦っているような様子は!?」

『わかんない……見に行った方がいい?』


 一瞬、そうお願いしようとして、迷う。あまり、彼女を大きく動かしたくない。けれど、もし騎士団がこちらに近づいてきているなら、無理をする必要はなくなる。

 逆に、もし近くに敵が大勢いたならば、俺たちが打って出た場合、察知した連中が援護に駆けつけてくるだろう。そうしたら挟み撃ちにされて終わりだ。


 ただ、いずれにしても情報は喉から手が出るほど欲しかった。


「……分かった。十分に気をつけて。無理は絶対にするな。可愛いリノ、お前は俺のものなんだからな? 怪我の一つだってするんじゃないぞ?」


 大事な存在だから――そう言ってやることで、自嘲しつつ動いてくれることを願う。案の定、「うんっ! 気をつけてがんばるよ!」と、うれしそうに彼女は返事をして移動を始めた。


 股間がひゅっと縮むような、五メートルはありそうな屋根と屋根の間の大ジャンプ! 危なげなく着地をし、屋根を駆け上るとまた駆け下りてジャンプ!

 苦も無く大路に面する家までたどり着いた彼女の目に映るのは、まっすぐ東に向かう大路。

 そこには味方などいそうにないこと、そして――もう城門前広場まで二、三百メートルもなさそうな距離だということが見てとれた。


 ――ああ! なんだ、もうこんなに近くまで来てるじゃないか!


『だんなさま、味方のひと、たぶんいないよ?』

「……そう、だな。分かった。ありがとう、気をつけて戻っておいで?」

『うん、……だんなさま?』

「……戻っておいで、可愛いリノ』

『うん!』


 うれしそうな返事に苦笑する。

 こちらとしてもうれしい情報が手に入った。

 こんなに近くまで迫っているんだ。

 早く――早くリトリィのもとへ駆け付けたい!

 そのためには、あの館の連中を助けないと。

 ――でも、どうすれば。


『だんなさま……なんか、ボクを追いかけてくるみたいな人がいる。どうしよう?』

「屋根の上まで追いかけてくることはできないだろう、うまく巻いてこれるか?」

『……がんばってみる』

「ああ、気をつけてな、可愛いリノ」

『……うん』


 リノが追われている?

 家と家の間を飛び回っていると、さすがに見つかるか。


 ……そうか!

 リノにおとりになってもらうのはどうだろうか。

 彼女は屋根の上を飛び回っている。たとえ見つかったところで、連中が屋根の上まで上れるはずがない。


「……だめだだめだ、絶対にだめだ!」


 あんな小さな子を囮に? 俺はなんという外道なことを考えているんだ。論外だ、論外。


『だんなさま、なにがだめなの?』


 ……しまった、声に出していたか。思わず舌打ちをしてしまい、それもリノに聞こえていると考え、さらに自己嫌悪に陥る。


「……いや、リノに囮になって――って何でもないんだ! リノは無事に帰ってくることを考えるだけでいい」


 さらに思わずこぼれてしまった言葉。俺は慌てて続けた。


「リノ、今追われているんだろう? いいか、なんなら屋根の上……煙突の陰とかそういったところで身を隠して、動かないでおけ! いいな!?」 

『だんなさま、ボクが囮になったら、だんなさま、上手くいきそうなんだね?』

「――え?」

『ボク、お役に立つよ! だってボク、大きくなったらだんなさまのお嫁さんになるんだもん! じゃあ、行ってくる!』

「おい、……おい! 冗談だろ!? 待て、リノ! 違う、戻れ!」




「監督……あのおチビちゃん、ありゃ何やってんです?」

「あの連中、石を投げ始めたぞ? おい『子供使い』、おめえ、あのチビに何をさせてるんだ?」


 なにって、もう見れば分かるだろう。

 ものすごい勢いで景色が巡る。


 異様な高揚感。

 足に伝わる衝撃。

 リノはいま、全力で走り回って連中を挑発しているのが分かる。


 さらには、尻に平手打ちの感覚。

 ……あいつ! ワンピースをまくって尻を叩いてみせているのか!

 下ばきをいつも嫌がってはかないあいつのことだ、とんでもない光景を見せつけているに違いない! ああもう、帰ってきたらお仕置きだ!


 家を包囲していた騎士や従兵たちが、面白がって石を投げつけたりしているが、当然、屋根の上の彼女には当たらない。

 のみならず、リノときたら時々、屋根の瓦を剥がして投げつけている。それに憤慨した侯爵軍兵が投げ返しているようだ。


 おかげで敵の憎悪ヘイトを稼いでたいへん結構だが、それをあんな小さな子にやらせているという事実に胸が痛む。

 だが、そうやって彼女が作ってくれている貴重なチャンスをふいにすることこそが最大の過ちだ!


 ええい、くそっ! やるしかないよな!

 あんな小さな子が、体を張ってヘイトを稼いでいるんだ!

 お、俺が、ビビっているときじゃないんだよ!


「隊長! ロープをありったけください! それと弓の扱いが一番上手い奴、そいつを俺に付けてください! あの子が連中を引き付けている間に、俺が突っ込みます! 隊長は生き残りの連中といっしょに援護を頼みます!」

「突っ込むだと? 何をするつもりだ」

「見てください、リノが……あんな小さな子が、敵を一手に引き付けているんですよ! 大人の俺たちがそれに応えなくて、どうするんですか!」


 そう言って俺はひったくるようにクロスボウを受け取る。

 ずしりと重い。こんな重いのか、クロスボウ! だが、やるしかない!


「そうだな……分かった。弓が得意な奴はシュバルクスとフェルミ、あとは……」

「よし、フェルミ! ついてこい!」

「へっ!? か、監督、オレっスか……!?」

「フェルミ、『子供遣い』の指揮下に入れ」




 俺とフェルミは、最も屋敷に近い集合住宅に移動した。幸い住人たちは避難していたようで、空き家だった。俺たちは心の中で謝りながら侵入すると、四階まで駆け上がった。窓から見下ろすと、リノが家の反対側で、ちょうど尻を叩いて挑発しているところだった。


 侯爵軍の連中は、ほとんどが彼女の方を見上げている。

 彼女は耳飾りをすでに外しているらしく、彼女からの情報は一切送られてこない。それがかえって俺を焦らせる。

 ……ああ! 無茶しないでくれよ!?


「……フェルミ、分かるか? あの窓――三階の窓の上の木枠を狙ってくれ」

「やるっスけど、本気っスか?」

「大丈夫だ。突入するのは俺だけだ、フェルミはすぐに一階に駆け下りて、今度は二階の窓の上の木枠めがけて矢を射てくれればいい」


 矢の後ろには、ロープが括りつけられている。上手くいくかどうかわからないけど、上手くいってくれなきゃ困る。

 このロープをあの窓までつなぎ、こちらの柱に括りつける。輪にしたロープにカラビナをくぐらせて腰掛けるようにし、向こうの窓まで渡したロープにカラビナをかけて空中を滑走するのだ。よくアスレチックである奴だ。


 窓は、さっき射殺された男が窓枠ごと落下したため、片方がない。上手くそこに入れるといいんだが。


 ――って、こんなことやりたくねえよ! でも誰も発想しないなら俺がやるしかないんだ!


「……ホントにいいんスね? 行くっスよ?」


 フェルミが、なぜか屋根を狙うような角度でクロスボウを構える。


「……おい、狙う角度が――」


 言いかけた俺を無視して、フェルミが矢を放つ!

 短い鉄の矢は、屋根のほうに飛んでいくように見えて、しかし急速に角度を下げた。そして、狙いあやまたず、窓枠を失った窓の上の木枠に、見事に突き刺さる!

 ……そうか! ロープを括りつけてあるから、そのぶん勢いを失ったんだ。フェルミはそれを計算したのか!


「さあ、監督! 行くっスよ!」


 素早くロープの端を手近な柱に括りつけたフェルミが、なぜか建築の現場で使っている安全ベルトを腰に、カラビナをロープに掛ける。


「……フェルミ? それは?」

「監督が前の現場でくれたんじゃないっスか。忘れたんスか?」

「いや、それは分かるが、突入するのは俺で……」


 その途端、フェルミは叩きつけるように叫んだ。


「オレは第四四二ヨンヨンニ戦闘隊の一員っスよ!? 監督みたいなヒョロい男が突入するってのに、四四二ヨンヨンニのオレが行かないわけにはいかないじゃないっスか!」


 どちらかというとチャラ男だと思っていたフェルミの力強い眼差しに、俺は胸が熱くなる。


「……分かった! 行くぞ!!」

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