第445話:第442戦闘隊かく戦えり(4/14)

 隊長に教えたルートで、隊長たちが向かったであろう先に移動しながら、俺はリノの話を聞いた。


「……それで、リトリィが残る代わりに、お前たちを解放してもらった――そういうことなんだな?」

「うん……。広場のいくさが終わった後にね? 兵隊さんたちがいっぱい来たんだ。それでうちがいっぱいになっちゃって」


 ヒッグスもニューも辛そうにうつむいているが、リノは一生懸命話してくれた。


「リトリィ姉ちゃん、奥の部屋で兵隊さんの相手、してたんだ。はじめは家の中にいた人たちだけだったけど、その人たちが呼んだみたいで、外からたくさんの兵隊さんがきて――」

「兵隊がたくさん……だって?」

「うん。奥の部屋から出てきた兵隊さんの一人がね、おまえの姉ちゃんすげえぞって。見てみるかって笑ったけど、お姉ちゃん、ボクらに部屋に入ってきちゃだめって、見ないでって言ってたから。悲鳴とか苦しそうな声とか聞こえてきたけど、待ってることしかできなかった」


 いやな汗が噴き出してくる。

 喉の奥がカラカラだ。

 聞きたくない、だけど――


「でね、しばらくしたら兵隊さんたちに囲まれて、一緒に出てきて。兵隊さんにぎゅってされながら、これからやらなきゃならないことがあるからって、わたしは大丈夫だからって。兵隊さんたちと一緒に、二階に行っちゃった。辛そうに笑って、ボクらをおうちから出したんだ」


 二階!? 俺たち夫婦の寝室じゃないか……!

 ギシッ――己の歯がきしむ音を他人事のように聞きながら、言葉を絞り出す。


「……リトリィは、……残ったんだな? マイセルは?」

「姉ちゃんたちは二人とも残ったの。ボクらだけだよ、外に出れたの」


 なんともリトリィらしい。身をもってこの子たちを、侯爵軍の連中から遠ざけようとしてくれたんだ。あの子はこの子たちを守ったんだ。


「……そうか。他に何か、言ってたことはあるか?」

「リトリィ姉ちゃんがね、自分がどんなことをしてでも、マイセル姉ちゃんを守りますからって。安心してほしいって、だんなさまに伝えてほしいって、ボクに言ったんだ。ボク、だんなさまに会えてよかった。姉ちゃんとの約束、守れたから……」


 ……あああ!

 くそっ、くそっ! くそぉっ!!

 どうして俺は昨日、彼女たちを帰してしまったんだ!

 もし、もし現場に留めておいたなら!

 そうだったら……もしそうだったら、彼女たちに辛い思いをさせることなんてなかったのに!!


「……分かった。よく、教えてくれた」

「ボク、がんばったよ? だんなさまの匂い、一生懸命さがしてたどってきたんだ。やっと会えた、ボク、うれしい……!」


 ぼろぼろと涙をこぼしてしがみつくリノを、俺も抱きしめる。

 ヒッグスも、ニューも、つられたようにしがみついて泣いた。

 ――ああ! どうしてこの世界は、こんなにも理不尽なのだ!




「……お前、どうやってこの場所に気づいたんだ?」


 俺たちが合流したとき、隊長以下四名の四四二隊のメンバーは、それぞれつかの間の休息をとっているようだった。

 隊長はゆらりと立ち上がると、合流した俺の顔を実にうさんくさそうに眺める。


「さっき、階段を上っただろう? そのときに」

「……侯爵軍の連中にも、全く会わずに来れたのは?」

「いそうにない道順を教えただけだ」

「……なんでそれが分かるんだ?」

「動きを見ていたら、だいたい察することはできるだろ?」

「……考えてみれば、貴様が入ってから、妙にうまくいきすぎる」

「こっちが有利な場所に、敵を一人ずつ引きずり込んで倒すって方法だからな」

「……貴様が、侯爵軍の手先ではないという証拠は?」

「……は? ちょ、ちょっと待て!」


 それからしばらく、俺は隊長に必死で説明した。

 この世界にはパソコンなんてない。当然、コンピュータゲームなんてない。

 だから、俺が昔ハマっていた、リアルタイムストラテジーのゲームとか3Dステルスアクションゲームとかで学んだなんて、ホントに説明が苦しかった。段ボール箱を被って潜入とかさ。


「……お前の出身の街は、体を鍛えるより戦い方を遊びで学ぶのか? 気味の悪い街だな。みんなお前みたいな、ヒョロガリの頭でっかち野郎ばっかりってことか?」


 悪かったな! ていうかこの世界では俺、どこに行ってもヒョロガリの頭でっかち野郎という共通認識かよ!


「……それで、つまり基本は『隠れて、探して、やりすごして、ぶちのめす』? 卑怯千万な戦い方だな」

「俺たちに敵を真正面からぶちのめす戦力があれば違っただろうけど、今は違うだろう? そもそも第四四二隊の役割が遊撃なら、敵への側面攻撃が主任務のはずだ」


 今までのやりかたは側面攻撃というより嫌がらせハラスメント攻撃でしかないが、相手方に脅威を与え続けるという意味では間違ってはいないはずだ。


「あ、オレ、監督の考えに賛成っス! 街は守りたいっスけど、死にたくもないスからね」


 フェルミが、調子よく合いの手を入れてくれた。


「隊長はドーンと構えて、監督の作戦を採用するかどうか決めりゃいいんスよ! 監督だって早く自分の奥さんを助けたいんスから」

「だがなフェルミ、コイツ、今度はガキ連れだぞ? 明らかに足手まといを増やしやがった。もう今までみたいにはいかねえ」


 まあまあ、とフェルミがなだめてくれるが、隊長の目は――排除の目だった。


 ……ああ、見たことがある、俺は、この目を。

 ナリクァン夫人の目だ。俺をリトリィから遠ざけようとした――俺を亡き者にしようとすらした、あのときの。


 ……あの時の絶望感に比べれば、簡単だ。

 やるべきことも同じだ。

 ――俺の有用性を、示せばいい!


「待ってくれ。さっきの場所に比べたら、この場所が、連中に近くて連中の動きを察するのに都合がよく、かつ見つかりにくいのは分かるな? それを俺が見つけたのも、ここに至るまでの道を見つけたのも」

「それは認めよう。だが、こんなちびっこいガキ連れで戦えるか。確かにここは、あつらえたように具合のいい場所だ。だが、俺たちの役割は街を守ることだ。隠れていることじゃねえ」

「分かってるさ。だが、もうすぐ夜が明ける。明るくなってしまったら、身を隠して移動するのも難しくなる。そうなったらもう、これまでみたいな動き方はできなくなるんだ。俺も含めてもたった六人しか残っていないこの部隊で、どれだけ戦えるっていうんだ?」


 身長二メートルを超えるだろう熊属人ベイアリングの隊長の、その漆黒の毛並み。夜の間は実に頼もしいカムフラージュぶりを示したが、夜が明けてしまえば実に目立つようになってしまう。


「どれだけ戦えるか、だと? そんなもの、目に付くヤツからぶちのめすだけだ」

「隊長ならそれができるだろう。だけど全員がそれをできるわけじゃない。それに、人数も圧倒的にやつらが多い。囲まれたら終わりだ」

「それでもやるしかないだろう! これ以上、街を好きにさせてたまるものか!」

「だからだ!」


 俺は一歩、詰め寄ってみせた。


「闇雲にただ突進したって、囲まれて終わりだ! 俺なら少しはマシな立ち回りを助言できる――そう言ってるんだ!」


 隊長は一歩、後ずさる。だが、牙をむき出しにして、俺をにらみつけた。


「だ、だからといって、あんな足手まといのチビどもを連れてなぞ戦えるか!」

「だからそのぶん――」


 言いかけたところで、それまで外を伺っていた狐属人フークスリングの青年が、俺の口をふさぐ。


「シッ――こっちにまっすぐ向かってくる連中がいます!」

「……まっすぐ、だと? ここに? シュバルクス、間違いないのか?」

「こっちをまっすぐ見て、走ってきています。間違いありません。騎士にしては鎧が粗末ですがおそらく騎士が一人、その従兵一人」

「二人か? それ以外は?」

「それが妙なことに、その二人だけです。わき目もふらずこっちに向かってきます」

「シュバルクス、お前が見つかったんじゃないだろうな?」

「だったら、そこら辺のヤツらにも声をかけませんか? 怪しい拠点を見つけたからといって、二人だけで攻撃を仕掛けようと思います? 他にも味方がいるのに」


 一瞬、俺たちが合流したことで、それが見つかったのではないかと思った。

 だが走ってくるのは二人、そして周りに声をかけている様子もないらしい。

 どういうことだ? どうしてその二人だけが、こっちに向かってくる?


「……どうする?」


 二人がどうしてここに来るのか、どうやって侵入してくるのかは分からないが、何かの理由でここに来るっていうなら、下手に籠城して騒ぎにしない方がいい。


 ここを出てやりすごすか。

 誘い込んでぶちのめすか。


 ――にげるにしたって、見つからずに移動できる保証はない。

 だったら、誘い込んでぶちのめす!




「アゥジェマン! 私だ! 探したぞ、どうした! 何があった! どこかケガでも――」


 駆け込んできた騎士とその従兵と思しき男に、隠れていた物陰から六人がかりで襲い掛かる!


 いくら鎧兜をまとった騎士でも、熊属人ベイアリングの隊長の丸太のような腕でラリアットをかまされて、立っていられるはずもない。紙細工でもなぎ倒すがごとく吹き飛んで、そのまま動かなくなってしまった。


 従者の方はそれを見て、即座に両手を挙げて床に膝をついた。降参、ということらしい。

 実にあっけなく、片付いてしまった。




「……反応があった?」

「へ、へえ……。このあたりで、たしかに……。いまも、見えてるんですよ。その……おいらが」

おいらが・・・・見えてる・・・・……どういうことだ?」


 言っている意味が分からず聞き返して、そして、気が付いたんだ。


「お前……その耳! おい、それを寄こせ!」


 俺はおもわず、男の左の耳につけられているそれ・・を引っ張った。


 左耳に、でかい輪をいくつも重ねたような銀色の耳飾り。輪の真ん中には、魔法陣のような不思議な模様をした、小さな丸い円盤が吊り下がっている。


 ――覚えている! 細部の装飾はともかく、この造形の耳飾りが、なにを意味するかくらいは!


「い、いたたたたっ……! ひ、引っ張らないでくだせえ!」

「お前これ、どこで手に入れて――!」


 言いかけたとき、小さな悲鳴が上がった。


「ニュー! おい、大丈夫か⁉」


 ヒッグスのうろたえる声も上がる。

 振り返ると、ニューが、左の耳を押さえてうずくまっていた。


「ニュー? どうした、なにがあった?」


 従兵のことなど後回しにしてニューに駆け寄ると、彼女は左の耳を押さえたまま、顔を上げた。


「み、耳が、――急に、痛くなって……」

「見せてみろ」

「やっ……い、いいって! おっさん、やめ……! ご、ごめん、ごめんなさい! 怒らないで……!」


 ニューが必死で隠していたもの――それは、従兵の男が身に着けているものと同じ、銀色の耳飾りだった。


「ニュー……これは?」

「ごめんなさい……ごめんなさい、怒らないで……!」

「怒っているんじゃない。正直に教えてくれ。この耳飾り、どこで手に入れた?」


 ニューは泣きながら、倒れていた男から剥ぎ取ったことを教えてくれた。


「き、綺麗だったから……欲しくなって。外したら、そいつ、目を覚まして。それで、三人とも追いかけられて……」


 結局、その男自体はなんとか巻いた三人だったが、しかしその鬼ごっこを見かけた他の男に追いかけられ、さらにそれを見かけた男に追われ――

 で、あの、俺が石をぶつけフェルミが股間を蹴り飛ばしたあの男が、ニューたちを追いかけていた最後の男だった、ということらしい。


「……急に追いかけられたのはそいつのせいだったのかよ!」


 ヒッグスがあきれながらニューを小突くと、ニューはべそをかきながら謝った。


「お、お願いだ、おっさん、おれ、ちゃんと返すから、……だからおれのこと、捨てないで! おれ、もう、ひとりぼっちはいやだ……!」


 以前、一緒に現場で働く大工二人から、財布をスリ取ったことがあるニューだ。もうしないと約束したにもかかわらず、またしても手癖の悪いところを見せたのだ。ニューが取り乱すのは、あのとき、俺が怒ってみせたことを思い出したからだろう。


 ……だが、今回ばかりは怒れなかった。


「ニュー。その耳飾りを、俺に貸してくれ。今回はお前のその手癖に、俺たちは救われそうだ」


 かつて俺がリトリィを助け出すために力を貸してくれて、そして俺を守り、死んでいった冒険者――「遠耳の」インテレーク。

 彼が身に着けていた、あの耳飾り。遠く離れた相手と感覚を共有できる魔装具。

 ニューが倒れていた男から盗み、そして身に着けている耳飾りは、まさにそれだったのだ。

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