第443話:第442戦闘隊かく戦えり(2/14)

「俺たちはオシュトブルク市民兵、第四四二ヨンヨンニ戦闘隊だ! 言い直せ!!」


 俺の勢いに飲まれたか、俺に胸ぐらを掴まれた男は、目を見開き口をパクパクとさせている。


「監督……声、でかいっす……。傷に響くんスよ。もちっと、お手柔らか、に……」


 俺の背中で、かすかな吐息で、かすれた声でかすれた笑いを交えながら、フェルミが軽口を叩いてみせた。


「味方、じゃないすか……。せっかく、体張って、助け、た……」


 そして、もう一度かすれた声で笑ってみせたフェルミの腕が、だらりと下がる。

 急にズシリと重くなる、その体。


「フェルミ? ……お、おいフェルミ!?」



  ▲ △ ▲ △ ▲

 


 フェクトール公との話を終え、屋敷を飛び出した俺は、すぐさまいつもの城門めがけて走った。

 本当なら、城門を開ければすぐの門前広場、それに面する我が家だ。救に駆けつけることができたはずだった。


 だが、それは果たせなかった。俺が城門にたどり着いたころには侯爵軍の先遣隊がすでに城門広場に到着していたため、門は封鎖されてしまっていたのだ。


「お願いだ! ほんの少し――俺一人が通れるだけの隙間を開けるだけでいいんだ! 頼む、開けてくれ! 妻が待っているんだ!!」


 俺はどれほど、血を吐く思いで訴えただろう。

 だが、門番は開けてくれなかった。


 どうすることもできず、絶望の淵に叩き落された俺は、藁をもすがる思いで瀧井さんの元に走った。


「……そうか。だが諦めるな。四番通り――つまり西門が封鎖されても、他の門なら空いている可能性がある。公はなんと言っておった?」

「……たしか、第三〇〇サンマルマルから四四〇ヨンヨンマルの市民兵を動かすと――」

「ということは南門、西門が封鎖されている恐れがあるな。だとしたら、一番通り――北門から、比較的早くたどり着けるやもしれん。ただ、――そうだな、たとえばナリクァン夫人に力を借りるならば、東門から出て南の区画を経由するという方法もある」


 それはグッドアイデアに感じた。まさか街の危機にナリクァン夫人も黙っていることはないだろう。


「――ただし、四番通りとは方角が真逆の門になるから、リトリィさんの元にたどり着くまでに時間がかかってしまうだろう。……お前さん、馬か騎鳥シェーンに乗ることはできるか? 走ってでは、ここから東門にたどり着くだけで軽く一時間以上はかかるぞ?」


 ――やっぱりだめだ、それじゃ時間がかかりすぎてしまう。


「ならば、一番門――北門から出て西門に向かうのが一番だろうな」


 礼を言って飛び出そうとすると、ペリシャさんと瀧井さんに呼び止められた。


「あの子を――あの子たちを、どうか、どうか……!」


 ハンカチをもみしだきながら、ペリシャさんがすがるように訴える。もとよりそのつもりだと答えると、焼き締めたパンと、そして膏薬や包帯などを詰めたカバンを渡された。

 そして――


「……もしものことがあったら、これをあの子達に飲ませてください」


 別途渡された、黒い丸薬。


「もしものこと……ですか?」


 ペリシャさんの苦しげな表情に、最初は自決用の毒薬かと思った。


 ――ある意味、毒薬だった。

 残酷な毒薬――緊急の、堕胎薬。


「そうならないように、俺は行くんですよ」


 俺はあえて笑ってみせると、丸薬を返す。


「パンと薬はありがたくいただきます。俺の命にかえても、必ず、五人とも無事で連れ帰ってきますよ」


 だが、ペリシャさんは首を振った。


「だめですよ、軽々しく命にかえてなどと……! あの子たちの幸せは、あなたあってのことなのですから!」


 そして、どうか無事でと、ペリシャさんは俺の額に鉢巻きを巻いてくれた。鏡を見せられると、額に、やや色あせた赤い丸。生地も黄ばんで、古さを感じさせる。


「ニホンの男性は、戦いの場に臨むとき、これを身に着けていくのでしょう? 夫もこれを身に着けて戦い、そして帰って来ました。あなたも、無事で帰って来るのですよ? ――どうか、どうかご武運を」

「……必ず、返しに来ますよ」


 ペリシャさんは目をうるませながら、俺を抱きしめてくれた。中学時代に死んだ母が生きていたら、同じくらいの歳だったか――

 そんなことを思いながら、俺はそのぬくもりを確かめる。


「……行くのなら、持っていきなさい」


 瀧井さんが示したのは、例の九九式小銃だった。だが、俺は断った。この銃は瀧井さんが持っているべきだ。そもそも俺では使いこなせない。


「そうか……。ならば、せめてこれを」


 身の危険を感じたら迷わず使いなさい――そう言って渡されたいくつかの竹筒を腰に下げ、俺は何度も頭を下げてから瀧井さんの家を飛び出した。




 フェクトール公の伝令が動いたためか、街の家々の扉や窓は固く閉ざされ、街路には人っ子一人いない道を、俺は走った。瀧井さんに教えられたとおり、やや複雑に入り組んだ区画を駆け抜ける。


 直進を妨げ、ある程度以上は見通しがきかないようにと、意図的に大きな家、連続したアパートが配置されている感じだった。家々で切り取られた狭い空の、傾いた日のある明るい方角が西、ということだけが頼りだった。


 どことなく見覚えのある区画まで来て、四番大路――俺の家が近いと思った、その時だった。


「……おい! そこの男! 止まれ!」


 はやる気持ちを押さえられぬままに飛び出した曲がり角の先にいたのは、銀色の鎧をまとった男――侯爵軍の兵だったのだ。

 重そうな鎧をまとっているだけに、最終的には逃げ切ることに成功した。けれど、おかげですっかり方向感覚がくるってしまった。

 日が傾いて薄暗くなってきたこともあって、気が付いたときには、自分が今、街のどこにいるのか、全く分からなくなっていたのだ。


 さまよっていた時に、急に背中からつかまれて狭い路地に引っ張り込まれたとき、だからもう、俺は死ぬかもしれないと思った。


「そっちの通りは見張りだらけだ、オレたちの邪魔をするんじゃねえ!」


 息もできぬほどに強く地面に抑え込まれ、俺は抵抗しようとするが、全く身動きできない。まさかこのまま絞め殺されるのか――恐怖が襲ってきたとき、その男の背後から、緊張感のない声が聞こえてきたのだ。


「あれーっ? 監督……ムラタ監督じゃないスか。なんでこんなところに?」

「……フェルミ? フェルミじゃないか!」




 まさかフェルミが第四番隊、それも第四四二隊にいるとは思わなかった。

 その彼から、ヒョロっちいくせに、監督もヒマですねえ――そう呆れられてしまったが、しかし無理はなかった。


 俺が迷い込んだのは、第四四〇隊の守備範囲。つまり、西に向かって伸びる四番大路の中でもさらに西の区画――つまり、市場とは真逆の方角だったのだ。

 そして俺が遭遇したのは、そのなかでも、ほぼ獣人で構成される「別二隊」と呼ばれる第四四二隊だった。


「とりあえず、来ちまったもんはしょーがないスから。どうせ放り出したら、おかみさん恋しさに家に帰ろうとして捕まるだけっしょ。石つぶてを拾ったと思って、ウチで働いてもらいましょうよ」


 フェルミに取りなしてもらえなかったら、俺は間違いなく隊から放り出されていただろう。彼のいる第四四二隊に拾われたことが、俺の運命を大きく変えたといってもいいかもしれない。

 ただ、その運命は、決して楽でもなんでもなかったのだが。




「始まっちまったもんは仕方ない!」

「でも、伝令からは自重しろと言われたんスけど」

「そうなのか? だけどフェルミ、お前はあの場を知らん顔して放置できたのか?」

「そりゃ、まあ――。オレはいち民兵にすぎないっス。そんな判断は、隊長さんにでも任せるっスね」

「よく言うよ。俺を擁護したお前が、見捨てるとは思えないね」


 一人の獣人の女性を守るか否か――その小さないざこざに端を発した戦いは、もはや拡大の一途を辿っていた。

 互いに統制の取れない乱戦が、たちまち四番大路に広がってゆく。


 俺たちが現場に駆け付けたときは小競り合いが大きくなり始めていた時――侯爵軍の兵が武装して、連中が接収した家々からぞろぞろ出てくるころだった。


「最初は、戦利品オンナを奪おうとして失敗した、自軍の馬鹿な兵を嗤おうとする見物人、て感じだったようだぜ?」


 だが、護衛をしていた第四四二隊の猫属人カーツェリングの青年が、怪我をした一家を逃がしつつ負傷し、必死の反撃によって侯爵軍兵士が負傷すると、話が変わってくる。


 王都ではあまり見ない獣面の女をなぶりものにするはずだったのに手に入らず、胴当て以外まともな武装もしていないただの市民兵、それも獣人に負傷させられ、見物人も含めた侯爵軍兵士たちは激昂。


 青年は瞬く間に打ち据えられ、集団から殴る、蹴る、斬るなどの凄惨な暴行を受けた。


「『ケダモノのくせに』ってな感じだったらしいな。助けられた時にはもう虫の息でさ。耳も尻尾も引きちぎられてて、そいつの顔を見ても誰なのか分からんありさまだったらしい」


 それは、俺をおおいに戦慄させた。つまり差別意識を隠そうともしないこの連中は、獣人が相手ならば過剰に狂暴になり得るということだ。

 まして獣人をねらう奴隷商人を甥にもつクソ侯爵だ、リトリィを見ればまたしても彼女を奪おうとするだろう。


 なんとしても、できるだけ早く、家に帰りたかった。だが、もはや先ほどまでの単独行動していたときとは状況が違う。だが、それでも……

 そんな俺の葛藤を、第四四二隊の隊長はあっさりと見抜いた。


「アンタのことは知ってるよ。奴隷商人討伐の凱旋式で見た」


 こんなところまで来てしまった以上、すぐに向かわせてやることはできないが、敵をかわしながら東進し、家族を奪還する機会をうかがえ、とのことだった。


「とはいっても、ワシらも自分の身を守るだけで精一杯だ。何かあっても見捨てるから、そのつもりでいろ」


 少しだけ毛深さを感じる、身長二メートルを優に超えるだろう熊属人ベイアリングの隊長殿の、実に心温まる激励に、俺は身が引き締まる思いだった。

 そう考えると、曲がりなりにも戦いのプロフェッショナルだった冒険者たちと一緒に行動できた奴隷商人との戦いは、本当に幸運だったのだと思う。


「いいか、死にたくなかったらワシについてこい。遅れたら見捨てるからな」




「たかが民兵のくせに、よくも――ふごっ!?」


 またしても一丁上がり。股間を押さえてくずおれる哀れな侯爵軍の兵士。

 すかさず駆け寄った隊長が、そいつを抱えて「ぬおりゃああああっ!」とパイルドライバー!


「いやあ、さすが監督。えげつないっスねえ」

「何を指して『さすが』なのかは聞かないが、俺は非戦闘員なんだからな?」


 俺は、たまたま拾った傘の柄のようなステッキを使っているだけだ。

 男性なら少年時代に、傘の柄を、後ろから男子の股間に差し入れて引っ張る――あの極悪ないたずらをやったことはないだろうか。


 そんな洗礼など受けたことがないかのように、すでに六人、ステッキ金的の犠牲者。チョロすぎだろう。

 いや、正確にはそれでひるんだ奴を、隊長殿が背負い投げだのパイルドライバーだのでぶちのめしてるんだけどな。


 フェルミが囮となり、防戦に入ったところで俺のステッキ金的、からの隊長の投げ技。本当に、剣術をしっかり習得したみなさまには大変申し訳ないんだけどな。


「ひ、きょう、も、の……!」


 またひとり、オトコとしての人生が砕け散った侯爵軍兵士がうめく。


「き、騎士……に、このよ、うな、く、つじょく……!」

「卑怯? 屈辱? それはワシらなのか? それとも、ワシらの幸せを突然ぶち壊しにやってきた貴様らか?」

「待っ――!」


 俺たちを(特に俺のことだと思うが)卑怯者呼ばわりしたその男は、隊長の豪快なジャーマンスープレックスで沈黙した。

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