第441話:果たすべき責務
「当たり前だろう。オレが弟とか妹とかの面倒、どれだけ見てきたと思ってんだ。五人兄弟の次男坊だったんだからな。子供は生まれたら終わりじゃねえ、生まれてからが本番なんだぜ」
リファルの言葉に、俺は目を丸くする。
五人兄弟!
日本では三人兄弟だって稀だっていうのに。
「あ? 五人兄弟なんて普通だろ。まあ、兄貴と三男はオレがまだガキの頃に流行り病で死んじまったから、今は三人兄弟だけどさ」
そう言って、リファルはジャーキーの残りを口の中に放り込む。
……五人きょうだいでも、成長できたのは三人か。
あらためてこの国の医療技術のレベルと、生きること自体の厳しさを思う。
「仮によくある五人きょうだいとしてもだぞ? 一年から二年ごとに一人、産ませるだろ? そうしたら女は七~八年かけてずっと子供を産み続けるんだ、十年は子供にかかりっきりだぜ? 十年も現場から離れてたら、もう使い物になりやしねえよ」
五人も産むとなると、そういう計算になるのか!
……い、いやまて、さすがに五人は産ませすぎだろう。そうだな、多くて三人くらいで――
「でもって、お前のところの場合、マイセルだけじゃなくてあの金色がいるだろ? アレが――」
「金色とかアレとかいうな、あの子にはリトリィという超絶可愛らしい名前があるんだ。リトリィさんと呼べ」
「突然キレて胸倉つかんでくるんじゃねえよ!」
「いいからリトリィさんと呼べ」
「……リトリィ……さんも、もう無いだろうけど、何かのはずみで一人くらいは産むかもしれねえだろ。そしたら――」
ようやく奴から名を聞いたので、とりあえず手を離してから、ふと気づく。
「おい、なんでリトリィが産まない前提なんだ」
「だから即キレて胸倉つかんでくるんじゃねえよ!」
「なんでリトリィが産まない前提なんだ」
「お前な……! あの女、
――ああ、
……知るか!
「産ませる」
「……いや、産ませるとかじゃなくてだな?」
「ペリシャさんが産んでいるんだ、だったらできるはずだ」
「わ、分かった、分かったから……」
「産ませてみせるさ、二人だって三人だって。それがリトリィを娶った、俺の人生をかけた責務だからだ」
「分かったから、顔が
まったく、リトリィが子を産めないなんて言うからだ。ついこっちだって熱くなっちまっただろ。
「お前な! 考えてもみろ、だったらマイセルが仮に五人産むとしてだ。き――リトリィ……さんが三人産んだら、お前、ガキが八人だぞ?」
……言われて気が付いた。仮にマイセルとリトリィが三人ずつ産んでくれたとしても、六人きょうだい。しかも奥さん二人。どこぞの大家族番組みたいだな。
「それだけのガキどもを、腹空かせないように食わせていけるのか? 何人かは途中で死ぬとしても――分かった分かった! 死なない! お前はガキどもを立派に育て上げる! だから急にキレて胸倉をつかむんじゃねえっつってんだろ!」
「最近、ムラタさん、お仕事楽しそうですね」
家の帰り道、市場に寄って買い物のためにぶらぶらとしている最中だった。マイセルが、嬉しそうに言った。
「そうか?」
「ほら」
マイセルが微笑んでみせる。「今も、とっても楽しそうです」
そうだろうか。そんな自覚はなかったけれど。
「ふふ、マイセルちゃんのいうとおりだと思いますよ? わたしも、だんなさまがとっても楽しそうにお仕事をしているようにみえます」
リトリィまでも。
……そうか。だったら、そうなのかもしれない。大きなプロジェクトに関わっているという高揚感は、確かに日々の充実につながっているのだろう。
「今のお仕事って楽しいですか?」
マイセルに問われ、俺は笑ってみせた。
「そりゃあ楽しいさ。でっかい仕事っていうのは、やりがいも大きいからな」
「大きなお仕事だけ、ですか?」
マイセルが、下からのぞき込むような目をしてみせた。
「いや、そんなことはないけど……。でもやっぱり大きい仕事っていうのは、それだけやりがいがある。特に今回は、なんといっても地図に残る大仕事だからな」
そう言ってみせた俺に、マイセルはふふっと笑った。
「お父さんも言っていました。男の人はでっかい仕事が好きなんだって」
ヒッグスとニューとリノが、歓声を上げながら露店の間を走り回る。その後ろをニコニコとついて回るリトリィ。
いずれ俺たち夫婦の間に子供ができたら、リトリィはあんな感じで、子供たちのあとをついて回りながら面倒を見てくれるのだろうか。
そのとき、マイセルがあっと声を上げた。
「ムラタさん、ほら!」
マイセルに言われて見上げると、向こうの路地の角に、
「ああ……あの家か」
古い区画の中に一軒、真新しい
その家は周りの家と違い窓を大きくとり、日本のアパートでもおなじみの、あの設備をつけた家だった。
「あれ、ベランダですよね! ムラタさんが提案した」
「そう、だな……」
俺が家主を説得し、設計に加えたベランダ。
俺は途中で監督を降ろされてしまったけれど、後任の監督はちゃんと最後まで俺の設計通り作ってくれたようだ。
「まだ人は住んでいないように見えるが、外装のほうはもう出来上がっているように見えるな」
「そうですね。もう外装は完成……かな? きっと今は、内装工事を進めているんでしょうね」
現代日本みたいに、建材は工場で加工を済ませ、現場では組み立てるだけのプレハブ工法ではない。この世界はまだ、現場の丁寧な加工と細工がものを言う。
第一あの家は賃貸住宅。内装の出来栄えは、そのまま入居率に影響する。そこらへんは徹底的に手を抜いたウチとは大違いのはずだ。おそらく内装屋が頑張っているんだろうな。
「あのおうちも、ムラタさんのお仕事だったのに……」
「……まあ、仕方ない。巡り合わせが悪かったってだけだ。現場にも、雇用主にも、誰にも落ち度はなかったんだから」
「でも、残念です。あんなことさえなかったら……!」
「過ぎたことを言ったってしょうがないさ。今の俺は、鐘の塔の修復の副監督。切り替えていかないとな」
マイセルが、それでも名残惜しそうにしている。
俺だって、本当なら最後まで関わっていたかった。けれど、もう済んでしまったことだ、仕方がない。
それに、設計に関わって途中までは進めていくことができた。
設計だけじゃない。中途半端に終わってしまったけれど、
考えてみれば、結構色々なことを浸透させた気がする。最後まで見届けることは出来なかったけれど、少なくともこの世界の建築業界に、俺の足跡を残すことはできたと思う。
これが定着してくれたら、なお嬉しいんだけどな。
だけど、久しぶりに見ると、なんだか妙に懐かしい印象を受ける。単に以前にいた現場だから、というだけではない、妙な既視感。
「…できあがってみると、なんだかこの家だけ、両隣と時代が違いますね?」
「というか、文化が違うな。ベランダがついただけで……」
そう。
いかにも日本の大手ハウスメーカーが建てる、軽量鉄骨アパートっぽくなったというか。
いや、確かに積水ハ○スとか大和ハ○スとか大東○託とか、いろいろ日本のハウスメーカー製アパートを思い描いてデザインしたけどさ。
そう、日本でよく見るアパート。あれだ。ここにだけ日本が出現したみたいな。
「ムラタさんの故郷には、ああいったベランダを築いたお家がいっぱいあるんですか?」
問われて、しばらく日本の街並みを思い返し、そしてうなずく。
「そうだな……日本のアパートはみんな、あんな感じでベランダがついていた」
「ニホン……ムラタさんの故郷ですよね?」
「ああ。もう二度と帰れない故郷……だな」
少しだけ、感傷的になる。
二度と帰れない――そう口にしてしまうと、余計に。
「なあおっさん! なんであの家を見てるんだ?」
リトリィに買ってもらったらしい串焼きのタレで、口の周りをベタベタにしながらニューが無邪気に聞いてきた。
「あの家も、ムラタさんが建てたからよ」
マイセルの言葉にリノが歓声を上げる。やっぱり手には串焼きを持っている。ただ、ニューよりは上手に食べているのか、口周りがタレで汚れているようなことはない。
「あの家もだんなさまが建てたのか? すごいすごい! ボク、やっぱりだんなさまのものになるって決めてよかった!」
「言っとくが、当分先の話だからな? お前が大人になって、それでも俺にくっついている気があるのなら、だ」
「やだなあ、ボク、だんなさまから離れたりしないよ?」
リノがにこにこ笑っている隣に、リトリィが苦笑いしながら並ぶ。
「さ、おしゃべりは終わりだ。早く家に帰って、夕食の準備をしなきゃな」
俺の言葉に、チビたちが歓声を上げた。
どんな仕事だって、誰かの手によって始められ、誰かの手によって成し遂げられる。あのアパートだってそうだ。俺の手によって始められた仕事は、いま、誰か別の人の手によって終わろうとしている。
すこし寂しくはあるけれど、それもまた縁だ。
いろいろ回り道をして、俺は今、鐘塔をよみがえらせる仕事に就いている。
俺は俺の責務を果たすだけだ。
きっと俺にとって、この仕事は、人生において最も大きなものになるだろうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます