第415話:リトリィのやきもちは(1/2)

 散々リトリィに悲鳴を上げさせていたリノは、最終的に怒り出したリトリィの剣幕に押されて、しぶしぶ下ばきをはいた。ようやく三人の服をあつらえることができて、俺たちはほっとして古着屋を出た。


 三人とも、冬らしい厚手の布地の服に身を包み、リノ以外は実に嬉しそうだ。生地も古着、そして値段の割には上等だし、やはりリトリィの目は確かだと感じる。


 ただ、そのリトリィが、恨めし気に上目遣いで俺を見上げてくる。どうしてあの子を止めてくれなかったんですか――そう言いたげだ。


 ごめん。とっても眼福――もとい! 女同士のやり取りに、男が割り込むわけにはいかないと思ったからですッ!




「……聞いてねえぞ?」

「だから今言った」


 マレットさんの顔が引きつっている。


「ムラタさんよ、あんたがお人好し、それも、嫁になる娘が決まっていてなお、俺の娘を引き受けてくれたくらいにどーしようもないお人好しだってのは、まあ知っている。だがな? 自分の家に入った泥棒に、生活の世話をしてやるお人好しってなあ、ちょっと見たことがねえ」

「ああ、分かってくれて何よりだ。で、どうだ? 雑用でいいから、使ってやってくれないか?」


 平然と流した俺に、マレットさんはばりばりと頭を掻いてから、苦笑いした。


「……あんた、ほんとに打たれ強くなったなあ」

「後ろで支えてくれてる女房が二人もいるから、倒れたくても倒れることができないだけだ。それより、なんとか使ってやってくれないか?」


 俺の言葉を受けて、マレットさんが三人を、つま先から頭のてっぺんまでそれぞれ眺める。


「だが、使うって言ったってなあ……。本当の雑用ぐらいしか使えそうにないチビッコばっかりだな」

「だからだよ。今日はこいつらに、働くっていうことを教えてやりたいんだ。自分の食い扶持を自分で稼いで自分で生きていく――その方法を教えてやりたいんだよ」

「まあ……それで少しでも自分で食って行ける子供が増えるってんなら、協力しねえわけじゃねえんだけどな?」

「ありがとう。助かる」


 さすがはマレットさんだ。たちまち話がまとまってしまった。

 その日、子供達はずいぶんと現場のおっちゃん達に可愛がられていた。


 何があっても絶対に笑顔で「はい」と言え。

 何かしてもらったら「ありがとう」と言え。

 それ以外を一言でも言ったら昼飯は抜きだ。


 厳命しておいたら、本当に三人とも、笑顔で「はい」と「ありがとう」しか言わなかった。

 だが、表向きだけでもニコニコとして「はい」と答えていれば、それなりに可愛がられるものだ。おかげで昼飯時には、大工のおっちゃん達からおかずを一品二品もらえたりして、子供らしい歓声をあげていた。




「どうだった、初めての仕事は」


 俺の言葉に、ニューとリノは目をきらきらさせて答えた。


「すっごい楽しかった!」

「明日も行きたい! なあ、いいだろ?」


 ニューとリノは、二人で楽しかったことや嬉しかったことなどをにこにことと喋りながら家への道を歩いていた。しかしヒッグスの表情はどこか暗かった。


「兄ちゃんどうしたんだ? 腹でも痛いのか?」

「……なんでもねえよ」

「なんか変だよ? 腹減った?」

「うるせえって」


 ニューとリノが心配するように、確かにあまり機嫌が良さそうには見えない。

 とはいっても小学校四~五年生くらいの子供だ、あまりこちらの方から声をかけるとかえってへそを曲げることにもなりかねない。

 俺はとりあえず、そっとしておくことにした。腹が満たされればまた何か言うかもしれない。


 道中で夕食の食材を、チビどものリクエストにも若干応えながら買い集め、家に着いた頃にはもうだいぶ日が傾いていた。


 早速リトリィとマイセルがエプロンをつけてキッチンに立つ。

 マイセルのシンプルな可愛らしいエプロンと、リトリィのレースとフリルがふんだんに使われたフリフリエプロン。


 子供達にとっては特にリトリィのフリフリエプロンは大変に興味を引くものだったようで、昨夜、今朝、そして今の時間と、もう見慣れた頃だと思うのに、そのフリフリのエプロンに触りたがる。


「姉ちゃん姉ちゃん、それどうしたんだ?」

「自分で作ったんですよ?」

「姉ちゃん姉ちゃん! おれも着たい、作ってくれよ!」

「リノちゃんもお料理を作ってみたいんですか?」

「よく分かんないけど、可愛いから!」


 口調はどこをどう切り取ってもやんちゃ小僧でしかないリノだが、それでも可愛いものが好きなのかと苦笑してしまう。なんだかんだ言っても、そういうものに興味が湧いてくる年ごろなのかもしれない。


「リトリィに迷惑をかけるなら、リノだけ晩飯抜きだぞ」


 冗談を言うと、リノが「え……!?」と真剣な表情で振り返った。

 実にまったく大真面目に絶望的な顔をするリノがおかしくて笑いかけたら、直後にリトリィが目を吊り上げて抗議してきた。


「そんなことしません。あなた、こどもがお腹をすかせたまま夜を過ごすようなことをするんですか!」

「え? あ、いや……そっち!?」

「だいじょうぶですよ? そんなこと、わたしがさせませんから。リノちゃんも、今夜もお腹いっぱい食べていいですからね?」


 俺の冗談はよっぽどきつかったのか、リノはひどくホッとした顔でリトリィにしがみついた。それよりリトリィ、なんでそんなキツいんだ。


「この子たちは食べられない日が当たり前の子たちなんです! その子たちがわたしたちのところに来て、お腹いっぱい食べられるしあわせを知ったんです! 今夜だって、きっといっぱい食べられることを期待して来てくれたのに、リノちゃんだけ抜きだなんてひどいことを言うからです!」


 しゃがみこんでリノを抱きしめ、まるで俺に噛みつかんばかりのリトリィは、完全に我が子か妹かを守る存在になっていた。そうか、リトリィが子を産むと、こんな感じになるのか。下手に子供を叱ったりしたら、リトリィからこんな風に逆襲されるかもしれないんだな。

 うっかりそう口走ってしまったら、さらに叱られた。


「ちがいます! だんなさまがひどい冗談を言うからです!」

「なんだ、冗談だと分かってるならそんなに怒らなくたって」

「わたしが怒らなきゃ、だれがだんなさまを叱るんですか!」


 ……さらに怒らせてしまった。やっぱりリトリィは、俺にとって必要と考えたなら容赦ない。たしかに、この子供たちは俺という人間をまだ理解していない。そしてこの家の主が言ったことは、やっぱり客であるこの子たちにとって、重い意味を持つのだろう。


 そしてもうひとつ、食べること自体が「当たり前でなかった」子供相手に、晩飯抜きという冗談はきつすぎたかもしれない。

 ましてリノは、三人の中で俺に直接危害を加えている唯一の少女だ。自分だけ食事抜きというのも、報復として説得力を持ち、冗談に聞こえなかったとしても無理はないだろう。


 リノの前にしゃがみ込むと、リノは俺を警戒してか、リトリィに隠れるようにしてぎゅっとしがみついた。……ああ、つまり、俺は彼女に警戒されてしまう人間になってしまったわけだ。いや、ナメられているよりはいいのかもしれないが、朝よりも距離が遠くなってしまったようで、少し寂しい。自分が何の気なしに言ってしまったことが原因なのだから、自業自得ではあるんだけれど。


「……ごめんな? 冗談のつもりだったんだが、リノだけ晩ご飯なしなんて、ひどいことを言って。もうそんなことは言わないから、仲直りしよう」


 俺はそう言って営業スマイルを浮かべると、手のひらをリノに向けた。

 この世界の、おはようからお休み、初めましてから親愛の情の表明まで、何にでも使える万能の挨拶だ。


 リノはしばらくためらっていたが、リトリィに「赦してあげましょう?」と促されたのもあってか、俺に向かっておずおずと手のひらを向ける。


 ……ああ、よかった。

 リトリィも、俺に向かって小さく微笑んでうなずいてくれたから、とりあえず難局はクリアだ。リトリィの表情が柔らかくなったことが何よりありがたい。


 ホッとしてため息をつくのと同時に、嬉しくなって思わず「よし、仲直りだ!」と、ハイタッチのようにぽんと手を触れると、リノは肩をびくりとさせて目を見開き、俺に触れられた手を抱え込むと、手のひらと俺の顔とを何度も見比べた。

 そしてなぜか、リノの頬が赤く染まっていく。まじまじと俺を見つめながら。


 もっと劇的だったのはリトリィだ。同じく目を丸くし、そしてリノを俺から遠ざけるように抱きしめると、みるみる目が険しくなっていく。


「な、なんだリトリィ、また俺、怒らせるようなことしたか?」

「……しりません!」

「知りませんって……。なあ、何を怒って……」

「しりません!」


 リトリィが「知りません」というときは、十中八九、怒っているときだ。俺、リノと仲直りもできたはずだし、リトリィを怒らせるようなこと、してないだろう!?

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