第412話:あなたのためなら

「……さっきは、本当に、悪かった」

「なにがですか?」


 月明かりの中で、リトリィが小首をかしげてみせる。

 分かってるくせに、そうやって聞いてくる。そういうあざとく愛らしい仕草で。


「……その、……き、君が、……あの、貴族の野郎と、……その……」

「からだの関係を持ったことをうたがったこと、ですか?」


 実に聞きにくいことをストレートに打ち返してくるよ、君は!


「か、……体とかじゃなくてその……!」

「自分でなくて、お貴族さまのことをかばうようなことを言うリトリィは、もしかしてお貴族さまのことが好きなのか、ということでしょう?」

「……その、とおりだよ」


 あああ!

 リトリィに言われると破壊力がすさまじいよ!

 自分はいったい、なんて醜い嫉妬を燃やしていたんだ!」


「……ええ。とっても悲しかったですよ? そんなわけがありますかって、泣き叫びたいくらいに」


 うっすらと笑みさえ浮かべながら、彼女は言った。


「どうして、わたしのことを信じて下さらないのって。どうしてそんな、いじわるなことをお聞きになるのって。わたしがあなた以外の殿方に、心を寄せるとおもったんですかって。どれだけ叫びたかったか、そのときのわたしの気持ちを、すっかりあなたに移したいくらいです」


 ぐううううっ……!

 胸が痛い、痛い、痛い……!!

 なまじっか微笑みを浮かべているものだから、余計に辛い……!

 ごめん、ごめんリトリィ。俺が悪かった!


 胸を押さえてうなだれてしまった俺を、しかしリトリィは、そっと胸元に抱き寄せた。ふわりと、柔らかで、けれどたしかな質量に挟まれるように、俺は彼女の導きのままに、彼女の胸に顔をうずめる。


「ほんとうに、しかたのないひと。お山にいたころから、ぜんぜん変わらないんですから。――わたしは、あなただけの、リトリィなんですよ?」


 そう言って、彼女は幼子にするように、俺の頭を撫で続ける。


「わたしは、あなたに見出していただけたから、あなたのおそばにお仕えすることに決めたんです。ひとりの女の子として――ううん、ひとりの『ひと』として見出してくれたのが、あなただから」


 顔を上げようとすると、彼女はそれを押しとどめた。


「これからあと何回、こうやって言い聞かせてあげれば、信じてもらえますか? わたしは、あなただけのものだって。あなただけが、わたしを好きにできるんだって」


 そう言ってリトリィは、俺を抱きしめたまま、ベッドに体を横たえる。


「それは……」

「いいですか? わたしは、あなたのリトリィです。ずっとずっと、あなただけのものです。いっぱい愛をください。あなたが愛してくださったぶんの何倍も、わたしの愛をささげます」


 もう、泣けた。

 泣けて泣けて、仕方がなかった。

 こんなにも醜い嫉妬心をたぎらせた俺を、彼女は受け入れて、その上で愛してくれと言ってくれる。


 俺は彼女の胸にむしゃぶりついた。

 ふかふかの、若干くせっけのある豊かな金の髪を抱え込むようにして、その三角の耳の内側の、ふわふわの銀の和毛にこげの感触を楽しみながら――くすぐったがって、そして甲高い声であえぐその薄い唇をむさぼった。


 口の中を彼女の舌で蹂躙され、彼女の両腕両脚でがっちりと抱きすくめられた。

 だいすき、だいすきです、とホールドされて、ほとんど身動き叶わぬありさまで、ミリ単位の隙間もなく彼女の中に呑みこまれた。

 そして、俺が注ぎ込んだというより、彼女に飲み干された。それはもう、ごくごくと、まるで喉を鳴らすがごとく。


 彼女は泣いていた。歓喜にむせび泣きながら、俺の吐き出したものを胎内はらですべて飲み干した。

 こんなにも俺を愛してくれる彼女を、愛おしい妻を、どうして疑ってしまったんだろう。




 青い月が真上に上ったころ、ようやくリトリィは俺を放してくれた。ああ、もう煙も出る気がしない。

 で、俺の方はまだ息が整っていないというのに、リトリィはケロリとして後始末をしてくれている。本当にタフな女性だ。


「なあ、リトリィ……」


 遠慮がちに聞くと、しゃぶるのをやめて顔を上げた。


「なんですか?」

「あの子らのことだけどさ……」


 言いよどむ俺に、彼女は微笑んだ。俺の上に覆いかぶさってくると、長い長いキスをした。


「……おっしゃってください。なんでも。考えるのは、それからですよ? わたしは――わたしたちは、あなたのためなら、なんだってできるんですから」




 朝。

 いつもの健康ルーチンをこなしていると、フラフィーが庭にやってきた。

 冬だというのに、下ばき一枚である。それは自分も同じなんだが。


「まったく、敵わねえなあ。おめぇら、客人がいる時ぐらいはもう少し静かにヤれねぇのか?」


 大きなあくびをしながら言う彼に、「なに言ってるんだ。そっちだって、こっちに合わせるようにヤッてただろ。聞こえてきたぞ?」と返す。


「そりゃ、家主が遠慮なくヤッてんだ。こっちだって当てられちまわぁ」


 がっはっはと笑うフラフィー。


「モーナちゃんは起きなかったのか?」

「子供なんて、一度寝ちまえばそうそう起きねえって。自分から起きねえ限りはな」


 そう言うと、フラフィーは下ばきを堂々と脱いで井戸のほうに歩いて行った。水を汲むと、頭からかぶり始める。


「山と違ってここはあったけえなあ。山だと、さすがに水を浴びたら凍り付きそうだからな」


 この寒さを暖かいと言ってみせるフラフィーは、その筋骨隆々とした巨躯を惜しげもなくさらしながら戻ってきた。全身びしょ濡れなのに、全く寒さを感じているように見えない。


「……ああ、そうだ。おいムラタ」


 適当に手で水を払っていたフラフィーが、股間のものを隠そうともしないで聞いてきた。


「あのガキども、本当におめえが面倒を見るのか?」

「そのつもりだ。昨夜も言ったけど、やっぱりお前の言う通りだよ。どんな形にしても、俺はあの子達の人生に関わったんだ。これも何かの縁だ、少しはあの子たちの人生が良いものになるようにしてやりたい」

「……そうか」


 フラフィーは首をコキコキやりながら笑った。


「そうやって何でも抱え込んでると、人生苦しいぞ? だいたいな、リトリィと、それから……ほれ、おめぇのもう一人の嫁のおちびちゃんはそれを認めてるのか?」

「リトリィは納得してくれた。納得してくれたと言うか、俺の思うようにやれと促されたよ。マイセルは……リトリィが納得するなら、納得してくれると思う」

「そうか……ま、おめぇらがみんなで納得してりゃそれでいいんだよ」


 フラフィーが、ニカッと白い歯をのぞかせた。


「おめぇらがそう決めたんなら、俺からはもう言うことはねえ。でだ」


 フラフィーが右手の親指をグッと立てて見せる。


「それはそれとしてだ。ちょっと聞きたい事があるんだけどよ。――おめぇ、随分とんだな」

「強い? どういうことだ?」


 この流れで「強い」とはどういうことだろうか。メンタルだろうか。いや、そのメンタル自体、リトリィから支えられてるだけで――


「ナニ言ってんだ、決まってんだろ? 夜の生活だよ」

「……は?」

「は、じゃねぇよ。おめえ、そんなヒョロガリなのに、なんで夜にそんなにも強いんだ?」


 唐突な言葉に、俺は二の句が継げなかった。フラフィーは構わず続ける。


「二人の嫁を両方とも、しかも二晩連続でだ。さすがに昨夜はついていけなかったぞ。女房も驚いてたぜ? おめぇのその精力はどっから湧いてくるんだ」


 ……超精力野菜クノーブというドーピングのおかげだよ! てか俺、自分の死因は絶対に腎虚で腹上死だって、もうあきらめてるから!


「ほーん……クノーブって、球根みたいなアレだろ? そんなに効くのか?」


 ……めちゃくちゃ効くうえに、どうも体に耐性ができにくい成分なのか、半年以上毎晩食べてるのに、そりゃもう夜はギンギンだって! かなりの量を食わされてるってのもあるけどな。


 そう言うと俄然興味を持ったらしく、今日、山に帰る前に、試しに買って帰ると言い出した。


「オレも、早く女房にオレの子も抱かせてやりたくてよ!」


 ……ああ、俺もそのつもりだから、がんばってるんだよ。リトリィに子を抱かせてやるためなら、何だってやるさ。

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