第410話:手を差し伸べるとは

「……で、これからどうするんだ?」


 日焼けスキンヘッド義兄フラフィーが、暖炉の前に敷いたシーツの上で眠っている三人を見ながら、ぽつりとつぶやいた。


「どうって……そりゃ、なんとかしてやりたいとは思うけどな……」

「なんとかするっておめぇ、どうするんだ? そもそもだ、空き巣を働いたコイツらをそのまま帰しちまうのか? たまたま見つけて取り返せたからよかったが、コイツらおめぇの仕事道具とかを盗んだんだぞ?」


 フラフィーに問われて、けれど俺は答えを出せなかった。

 暖炉の温かさを極楽か何かのように喜び、今では三人固まって、猫のように丸まって眠ってしまった子供たちを見ていると、俺はどうにも罰を与える気になれなかったのだ。


 毛布ですらない、床に敷いた一枚のシーツの上で眠る子供たち。この子たちは、きっと温かいベッドで眠ることもできずに育ってきたのだろう。


 財布を奪われ、現金もほとんど使われてしまい、おまけにアクセントの金鎖も売り払われて踏んだり蹴ったりのマイセルと違って、リトリィもかつてそうだったからだろう。彼女は三人に対してまったく嫌悪感を見せることなく、むしろ慈母のように接した。


 買い置きしておいたムクロジ――石鹸のように泡立つ木の実――を溶いた湯を使って彼らの体を拭いてやり、綺麗に洗濯された肌着を着せ、暖炉にはいつもよりずっと多く薪をくべた。焼けた木炭を陶器製の懐炉かいろに入れて、一人一人に持たせる念の入れようだった。


 おまけに食事は燻製肉と芋などの根野菜をたっぷり入れたシチューをメインに、リトリィお得意のもちもちパン、芋の煮っころがし、たれをたっぷりと絡めた角切り燻製肉の炒め物。酢漬けの菜っ葉ザワークラウトをふんだんに使ったロールキャベツ風の煮込みまで。


 この世界で、冬に用意する庶民の夕食としては、かなり贅沢な食卓だった。

 食うや食わずの子供たちが歓声を上げたのはもちろん、食うに困っていない冒険者二人も目を丸くしたくらいだから、相当なもてなしだったはずだ。


 ――うん、間違いない。

 食材もそうだが量も相当なものだったから、間違いなく一週間分くらいの食費が、今夜の夕食、ただ一食のために投入されたはず。


 でも、リトリィ自身が辛い子供時代――食べること自体が困難な幼少期を送ってきたから、この子供たちにお腹いっぱい食べさせてやりたいと思う、その気持ちは理解できる。だから、それを咎める気にはなれないのだ。


「……いや、そりゃ分かるけどよ。だがな? さっき帰った冒険者の連中が言ってたコトじゃねえけどさ」


 フラフィーが、少し難しい顔をして続けた。


「これでコイツらが勘違いして、この先、仲間を連れてこの家にたかりに来るようになったらどうするんだ? おめぇを頼ってきたガキどもを追い払うのか? それとも、可哀想にと飯を食わせてやるのか? それでおめぇ、自分の女房子供を食わせていけるのか? 妻の躾も、旦那の仕事だぜ?」

「……今夜が特別だったってことを、明日の朝知るよ、きっとこいつらは」

「朝飯まで・・食わせてやるのか?」


 アムティとヴェフタールの言い分、そしてフラフィーの言い分はよく分かる。人間、だれしもリソースってものがある。今夜のような飯を何度も振舞えるほどの収入を、俺は得る手立てを持っていない。

 定期的に炊き出しをしているナリクァンさん、あれは商会のカネではなくあくまでも自身の収入の一部から賄っているそうだが、俺にはとても無理だ。


「でも、明日の朝、何も食わせずに帰したところで、こいつら、またあのボロ小屋に戻って、まともに食うものがあるのか?」

「だからよ、それをダメだとは言ってねえよ。だがな、いずれこいつらを養子にでも取るってんなら別だがよ、おめぇがそこまでしてやらなきゃならねえ義理が、このガキどものどこにあるってんだ?」


 ……ああ、分かってる。

 それは、分かってるんだけどさ……。


 暖炉の前で、猫のように丸くなって固まって寝ている三人を見ていると、関わってしまった以上、なんとか面倒を見てやらなければ、という思いが湧いてきてしまうのだ。


 キッチンで後片付けをしているリトリィとマイセル、そしてそれを手伝ってくれているメイレンさんの方を見る。


 俺の収入は、持ちうるリソースは、妻たちのため――いずれやって来る我が子のために使うべきだというのは分かる。実にまったくその通りだ。

 だが、関わってしまったこの子たちを放り出すこともまた、心が咎めるのだ。


 湯気の立つ料理に目を丸くし、大喜びし、リトリィやマイセルに元気よく礼を言いながら――俺には今のところ一言も感謝がないが――かぶりついていた子供たちを思い出す。


 きっと、本来はいい子たちなのだ。言葉遣いはひどいものだが、環境のせいでもあるだろう。もう少し――ほんの少しでも、彼らに手を差し伸べる大人がいたならば。


「――それが、分相応か不相応か、考えなきゃならねえんじゃねえのか? おめぇはできるのか? 面倒を見きれるのか? 少なくとも連中が独り立ちするまでの、おそらく十年足らずほどの間、ずっと」


 フラフィーが、まるでペットショップで子犬を前に駄々をこねる子供に諭すように、静かに言った。


「気まぐれの情けなら、かえってかけない方が連中のためだぜ? 連中は今まで、ガキどもだけで生きてこれた。だが中途半端に手を差し伸べて、もしそこに緩みが出ちまったら、十日――いや、三日後にでも死んでるかもしれねえんだぞ?」

「……だから、飯を食わせない方がよかったっていうのか?」

「そうは言わねえが……。リトリィが張り切りすぎちまったってのが一番の問題なんだろうが、それにしたってだな?」


 フラフィーの忠告は、分かる。分かるけど、俺も関わってしまった以上、放っておくのはしのびなかった。


「――すまないな。心配をかけて。もっともなことだとは思う。……でも、関わっちまったからさ。こいつらにカネをかけ続けることはできないけど、せめてここでやってる、ナリクァンさんの炊き出しの日程は教えてやることにするよ」

「炊き出し、ねえ。おめぇ、それだけじゃ……」

「あとは……そうだな。日雇いの仕事に誘ってやることくらいか。あの子供たちにも出来そうな仕事ってのはあるからな」


 そう。よく支援というものの在り方についていわれることだけど、「魚を与えるのではなく釣り竿と釣り方を教える」というやつだ。

 その場の空腹をしのぐものを与えても、食べてしまえばそれで終わり。また支援がなければ真っ当でない方法で飢えをしのぐしかない。


 しかし、「食べていける技術」を身につけさせれば、俺が身銭を切って支援しなくても、彼らは食べてゆけるようになるのだ。それも、真っ当な方法で。


「……働く場を教えるってか。それなら確かに、おめぇに頼らなくても生きていけるようになるかもしれねぇ。でもなぁ、こいつらは見たところ、十かそこらだぞ?」

「だけど、とりあえず『ここに来れば食うための仕事が見つかる』っていうことを知るのはいいことだと思うんだ」

「そりゃま、そうだけどな。いい案だとは思うが、十かそこらのガキに、それもどこに住んでるかも分からないスラム育ちのガキに、仕事を頼もうとするヤツがいると思うか?」


 ぐ……言われてみればそうかもしれない。例えばマイセルが同じく十かそこらで日雇いの仕事をしたいとなったら、どうだろう。

 親は、マレットさんという姓もちネームド大工だ。彼の信用の元で、十歳の少女にも無理のない範囲の軽作業を紹介してくれるだろう。依頼人の方だって、ある程度信用して仕事をくれるだろう。


 だが、ストリートチルドレンの彼らに、仕事を任せてくれるだろうか。真っ当な仕事ほど、断られる率が高くなりそうな気がする。というか逆に、「使い捨て労働者」として過酷な仕事を与えられそうな気もする。


 ……やっぱりだめだ。彼らの身元を保証する誰かが必要だ。

 でも、どう考えても孤児の彼らに、そんな身元保証人がいるはずがない。スラムには彼らと親しいおばあさんがいたみたいだが、やはりスラムの人間だ。依頼主から信用を得るには十分でない恐れがある。


「……しばらくうちに置いてやるしかないか? 仕事を積み重ねることで、信用を得られるようになるまで……」

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