第408話:罪と報いと

「あ、今回、盗んだ上に傷つけた家具の修理費用は当然支払っていただきますし、財布から外して売り払った金鎖の代金ももちろんいただきます。次に会う時にはその費用、耳をそろえて返してくださいね? ヒッグス君の誇りにかけて、大人なんかに頼ることなく」


 すらりと抜き放ったナイフを、ヒッグスに向けながら。

 その、ヴェフタールの冷たい薄目に、ぞわりとしたものが背筋を走る。


「お、おい……。子供相手に、さすがにその脅し方はないだろう?」

「なにを言い出すんです? 悪さをするのは自分の勝手、される相手が悪くって、バレさえしなけりゃ儲けもの――それが彼らのです。やったことに対する報いは、いつか己に返って来る……死ぬまでそれに気づかないで」


 俺の方を見ながら、しかしじりじりと後ずさるヒッグスに向けて、ナイフを的確に向け続けるヴェフタール


「そんな彼らですよ? だったらそれが露見したなら、落とし前をつけることも当然のことですよね?」


 口元に笑みを貼り付けたまま、けれど全く目が笑っていない表情で、ヴェフタールはナイフをヒッグスの喉元に近づけた。

 ヒッグスが小さな悲鳴と共に後ずさると、その後ずさった分だけ、ヴェフタールは正確に距離を詰める。


「おい、やめろよてめえ!」

「急に刃物なんか出しやがって、ひきょうだぞ!」


 ヒッグスを助けようとしてか、ニューとリノが飛び掛かろうとしたところを、アムティが足払いをして二人とも床に押さえつける。


おいた・・・がバレたからには、当然の代償を支払ってもらうだけさァ? ヤるからには、ヤられる覚悟を持たなきゃねェ……?」


「い、いや、俺はその子たちが反省して、二度とこういうことをしなくなるのなら、それで……」


 言いかけた俺を、アムティがすごい目で睨んできた。

 いつもへらへらしているように見えるアムティがこんな目をするのを、俺は初めて見た。


「……アンタ、ほんッとに甘っちょろい国から来たんだねェ……。どんだけ田舎だったんだい?」


 返事ができずにいる俺に、アムティが一気にまくしたてた。俺に、自身の愚かさを悟らせるように。


「いいかい? 食い詰めた連中はねェ、アンタの期待する倫理なんて持っちゃいないんだよォ! たとえ見逃してやったところでさァ、コイツらは恩義を感じるどころか、『次はもっと上手くやろう』としか思わない――いやむしろ『いつかこの恨みを晴らしてやる』って、逆恨みするだけなのさァ!」

「そ、そうとは限らないじゃ――」

「そんなもんなんだよォ! 二度もオンナを奪われたくせに、どこまでおめでたい頭をしてるんだい、アンタってヤツはさァ!」


 その剣幕に、俺はたじろいでしまった。

 アムティは本気で俺を叱っているんだ、自分の甘さが招いたことについて、いまだに反省できていない俺を。


 ――だが、言いたいだけ言って満足したのか、アムティはまたヘラっと笑った。


「でもまァ、このクソガキどもをアンタがどうするかなんて、アンタが決めりゃいいことだからねェ。なんたって依頼主はアンタなんだからさァ。アタシは今回分のカネさえもらえりゃ、あとはどうなろうと知ったこっちゃないんだけどねェ?」


 そして、ヘラっとしているように見せて、心の底まで凍りそうな凄絶な笑みを浮かべた。


「――アンタが情けをかけたクソガキどもに寝首を掻かれて、オンナたちは足の腱を切られて売り飛ばされて、アンタは路地裏で死体になろうと、ねェ……?」


 おもわず少年たちを見る。


「お、おれたちがそんなこと、するわけねえだろ!」

「へェ……? そんなことするわけないガキどもがさァ、じゃあなんで空き巣なんかやってんだい?」

アムティ子猫ちゃん、面倒くさいんで、もうこのクソガキ三人とも、まとめて殺しちゃったらダメかな? あと腐れないように、サクっと」

「アタシもそれが一番だと思ってるんだけどさァ、依頼主の意向がねェ……?」


 ヴェフタールはさらにナイフをヒッグスに突きつけた。

 アムティは、制圧中の二人の少女の腕をさらに捻り上げる。

 三人同時に悲鳴が上がった。メイレンさんは、目をギュッと閉じて顔を伏せる。


「お、おい! 二人ともやめろ、……やめろって!」


 つい声を荒げてしまった俺に、ヴェフタールが皮肉げな笑みを浮かべる。


「僕らがこのクソガキどもの息の根を絶てば、君は今後、何の心配もなく安らかに暮らせるんですよ?」

「だ、だからって殺す必要はないだろ、こいつらだって、無差別に俺を殺しに来たわけでもなくて――」

「だからさァ、何を言っているんだって話なんだよォ!」


 アムティのあきれ返った言葉に、ヴェフタールが続ける。


「もしこのクソガキどもが盗みに入ったときに鉢合わせていたら、何をされていたか分からないんですよ? さっきそこのメスガキに金玉と顎を蹴り飛ばされたうえに、このクソガキがナイフを僕らに向けてきたこと、もう忘れたんですか?」


 ぐうの音も出ない。一瞬で論破されてしまった。

 ……だが、それでも、殺すのは……。


 メイレンさんの、固く握られた手が震えている。何も言わない、止めもしないが、そもそも彼女は立場が俺より弱いのだ。言いたくても、止めたくても、できないのだろう。


 ……しかし、どんな過去があろうと、俺はリトリィを受け入れた。

 フラフィーも、メイレンさんの過去を、おそらく薄々知りつつも知らん顔をして受け入れた。

 そのメイレンさんと親しい子供たちを、将来に不安を感じるからという理由だけで、殺す?


「……それでも、その子供たちは、メイレンさんの知り合いなんだ。で、メイレンさんは、俺の義兄あにの奥さんで……」


 少年たちの目が、みるみる丸く開かれてゆく。

 対照的なのは冒険者二人だ、半目で俺を見る。


「……そんな子供たちを殺すなんて、俺には、……できない」


 言い終えたあと、少しだけ、沈黙が場を支配した。

 ――と思ったら、少年たちが爆発した。


「ええええっ!? ね、姉ちゃんまた結婚したの!? あの元旦那クソやろうのことじゃないよね!? いつの間に!?」

「また捕まってどこかに売り飛ばされたかと思ってた!!」

「誰だれ!? どこの誰の奥さんになったの!? そいつってお金持ち!?」


 ヒッグスとニューとリノの三人が、自身の置かれた状況を無視してメイレンに矢継ぎ早に質問する。


「ちょっと、アンタらねェ――」

「ねえ姉ちゃん! そいつってひょっとしてお貴族様!?」

「見たい見たい! ねえ、どこの誰!? 何している人!?」

「どこで出会ったの!? 結婚するときなんて言われたの!? 背は高い!? 白いウマに乗ってたりする!?」


 アムティとヴェフタールがため息をつきつつ子供たちから離れると、三人はメイレンさんを囲んでさらに質問がにぎやかになった。答えに詰まるメイレンさんに、今はどこに住んでいるのか、子供はいつ生まれるのかなど、容赦ない質問が押し寄せる。


 もはや、どこにでもいるただの子供たちだった。

 ――そんな子供たちを殺せなどと、もう、言えるはずがなかった。




「……で、結局こうなるわけねェ?」

「わたしは、これでよかったとおもいます。またまた夫がお世話になりましたけど、夫の意をよく汲んでくださって、ありがとうございます」


 テーブルに並んだものを、ものすごい勢いで平らげていく子供たち。それを微笑みながら見守り、おかわりを盛りつけてやるリトリィ。


「ホントにどうなっても知らないよォ?」

「大丈夫です! ムラタさんがすることに、間違いなんてないですから!」


 口にくわえたスプーンをゆらゆらさせているアムティに、マイセルが胸を張る。


「もし大変なことが起こっても、私たちで支えますから! それが日ノ本ヒノモト家の家訓です!」

「家訓、ねえ。理想を持つのは結構ですが、僕には三人揃って泥沼に突っ込んでいく姿しか目に浮かばないんですが」


 マイセルの言葉にヴェフタールが容赦ないツッコミを入れるが、俺も内心同意してしまった。いつの間にそんな家訓ができたんだ。俺のせいか。俺が不甲斐なさすぎるせいなのか。

 しかしリトリィは、嬉しそうに微笑んだ。


「だんなさまといっしょにいられるなら、なにがあっても、どんなことがあっても、どこにでも、わたしはついてゆきますから」

「……そういう意味じゃなくてですね?」


 ヴェフタールがこめかみに指を当て、曖昧な笑みを浮かべつつ口元をヒクつかせる。だが、リトリィはじつに幸せそうな笑顔で続けた。


「だんなさまは、こんなわたしを見出して、愛をくださいました。だったらわたしは、どこまでもついてゆくだけです」

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