第407話:盗作疑惑の発端は
「鍋とかお皿とか……そういうものを盗まれたって聞いたから、もしかしたらって思ったら」
「だ、だってヴァバばあちゃんとこの鍋、穴開いちゃったから……!」
「嘘おっしゃい」
メイレンさんにぴしゃりと言われ、首をすくめる三人。
三人は、顔見知りのメイレンさんにとっ捕まったと理解した途端、おとなしくなった。おかげですることのなくなったアムティもヴェフタールも、つまらなそうに自分のナイフの点検をしたりしている。
「ほ、ほんとなんだって! それでヒッグス兄ちゃんが――」
「リノ。それは理由の一部で、一番の理由じゃないんでしょう?」
「ほ、ホントだってば! ホントのほんとで……!」
「ニュー。だったらあの引き出し棚は何?」
赤レンガの建物の部屋のすみで、無惨な状態になって転がっている、俺の仕事道具などが入っていた
どうもカギを壊そうとしたみたいだが壊せなかったようで、仕方なくキャビネットそのものを破壊して中身を手に入れようとしたみたいだった。硬いものでぶん殴ったりバールのようなものでこじ開けようとしたりしたようで、傷だらけのひどいありさまになっている。
だが、まだ中身を取り出すには至っていないようだった。さすが硬さにかけては木材の中でも一級品の
「ヴァバさんが、あの棚も欲しいって言ったの?」
三人はうなだれて沈黙する。
「……だって、ヴァバばあちゃん、最近ずっと
なるほど、それで燻製肉の塊を持ち出したのか。
「それと引き出し棚と、どう関係があるの?」
「あの家、大工の家なんだろ? カギがかかる入れ物ってそれしかなかったから、お金とか、絵が入ってると思って」
「絵?」
「前に、よく分かんないけど、塔の絵を拾ったんだ。拾ったのはリノだけど」
ヒッグスとかいう少年の話だと、何カ月か前に、紙に書かれた塔のようなものの絵を拾ったのだという。一般的に見るのは
……「紙」に描かれた、「塔」の絵――!?
「珍しいものだったから、リノが見せに来て」
リノ――
それをいつ頃拾って、いつ頃大工ギルドに持っていったかということ自体は、彼らは覚えていなかった。ただ、本格的な夏の前だったということくらいで。
「そしたら、太ったおっさんが――」
「大銅貨三枚で買ってくれたんだ!」
ヒッグスの言葉を横取りするように、ニューが、嬉しそうに声を上げる。
「だからあの時、おれたち久しぶりに串焼き肉、食ったんだ! それも、一人一本ずつだぜ! 屋台のおっさんに、なるべくでかい肉をくれって言ってさ! サイコーにうまかったぜぇ!」
ニューは小汚い恰好で痩せすぎだという点以外は、よく見るとなかなかの器量良しの少女だ。だが、いかんせん口が悪すぎる。ものすごいギャップだ。
しかし、これではっきりした。
ギルド長が、どうやって俺の図面を手に入れたか。
あのとき――リファルともみあいになったとき、おそらく風で飛んでいった図面を、この子供たちが拾ったんだ。
その拾った図面を彼らなりに換金しようと考えた結果、建物ならと、大工ギルドに持ち込んだ。
それを太ったオッサン――つまりギルド長が、わずか大銅貨三枚で買い叩いたわけだ。
図面の価値を知らない子供たちは、拾った紙切れが大銅貨三枚になったと素直に喜び、臨時収入を串焼きにして食ってしまった――というところか。
その成功体験を持ってしまったこの子供たちは、大工ギルドの看板を提げている我が家なら、カネも図面もあるだろうと忍び込み、ついでに目に付いた財布や食べ物などを盗んだということなんだろう。
既に解決した話ではあるけれど、まさか我が家の泥棒騒動から、こんなところで盗作疑惑事件の犯人につながるとは!
「でェ? これからどうすんの、ムラタァ?」
「どうするって……」
アムティに聞かれて、俺はなんとも答えづらい思いになる。
メイレンさんの知り合いということで、三人の子供達はすっかりおとなしくなってしまった。
マイセルの財布を取り戻すことはできたが、装飾の金鎖はもうすでに取り外され、売られてしまったという。これはもう、財布を買った店で、合うものをもう一度取り付けてもらうしかないだろう。
物の価値も分からず、搾取されるままのストリートチルドレンでしかなく、口は悪くとも(メイレンさんのおかげとはいえ)素直な面も見せるこの子供たちを責める気には、もはやなれなかった。
大学時代、講師として招かれたNGOの人が学生だった俺たちに見せた、東南アジアのストリートチルドレンたちの映像が、頭によみがえってくる。
少年少女であればかかるはずのない病――
この子供たちもそうだ。リトリィだって、ストリートチルドレンとして生きてきた昏い過去を持っている。
リトリィはたまたま
この子供たちも、なんとか――
「――なんとかしてやれないだろうかって、思ってないですか?」
唐突に、ヴェフタールが俺の思考にかぶせるように、話しかけてきた。
「いや、これまでの行動を見ていて、どうもそんなことを言い出しそうに見えてね」
ヴェフタールは両手を広げ、首を横に振ってみせた。
「分かる、わかりますよ? 誰でも善人になりたいですからね。でもムラタくん、考えてみてください。ここに三人いる子供たちと同じ――あるいはもっと過酷な環境に生きる子供たちは、残念ながらこの街にはたくさんいるんですよ。この子供たちをもし引き取りでもしたら、あっというまにあなたの家に物乞いたちが押し寄せてきますよ?」
思わずメイレンさんを見てしまったが、メイレンさんは何かを察したようで、うつむいてしまった。
――否定できない、ということか。
「ムラタくん。善人を気取りたい君の気持ち、よく分かりますとも。しかし、そうなったとき、どうするんです? 君の収入も無限ではないでしょう。そうすると、今度はこうなるんですよ。『その子たちはもらえて、なぜ自分たちはもらえない』――と……おっと、あぶないあぶない」
ヴェフタールは最後まで言い切る前に、その場を飛びのいた。ヴェフタールがいた場所を、石がすり抜けてゆく。
ヒッグスだった。少年はすぐさまもう一つ石を握ると、ヴェフタールに投げつける。
「うるさい! だれがそんなこと頼んだ! おれたちは大人なんかには頼らねえからな!」
「おっと……怖い怖い」
「逃げるんじゃ――」
「ヒッグス!」
メイレンさんが少年の頭をぺちんとはたくと、「ってえっ! 姉ちゃん、なんでおれにだけはいっつも加減しねえんだよ!」と食って掛かった。だが、それなりに世話になった恩義でも感じているのか、すぐにおとなしくなった。
さらにニューとリノの二人に小突かれて不平をこぼすヒッグス。
だが、ヴェフタールの言う通りだった。彼らを安い同情で連れ帰ったとして、じゃあそのあといったいどうするというのだ。食事を食べさせ、体を湯で拭かせて、その後は?
ナリクァンさんから頂いた報酬はまだ十分にあるけれど、だからといって後先考えずに切り崩していいものでもない。今回の騒動で、すでに冒険者たちへの支払いとしてだいぶ切り崩してしまった。決していつまでも余裕のある暮らしができるわけではないのだ。
「ヒッグス君の誇り高い生き方は分かりました。では、ヴァバさんもヒッグス君もリノちゃんもニューちゃんも、がんばって一人で生きてください。ではさようなら」
唐突に、ヴェフタールがにこにこしながら言い出した。笑顔だが妙に冷たい物言いに、俺が遮ろうとすると、ヴェフタールは薄目を開けて、……あの嫌らしい皮肉げな笑みを貼り付けて続けた。
「あ、今回、盗んだ上に傷つけた家具の修理費用は当然支払っていただきますし、財布から外して売り払った金鎖の代金ももちろんいただきます。次に会う時にはその費用、耳をそろえて返してくださいね? ヒッグス君の誇りにかけて、大人なんかに頼ることなく」
すらりと抜き放ったナイフを、ヒッグスに向けながら。
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