第406話:ちいさな襲撃者
翌朝、モーナちゃんのことはリトリィとマイセルに任せて、俺はメイレンさんを仕事部屋に呼んだ。
『もしかしたらアイツ、今回の泥棒のことで、なにか知ってることがあるかもしれねえぞ?』
狭い部屋で二人きりにされていぶかし気にするメイレンさんに、少しだけ世間話をしたあとで、直球で聞いた。
スラムで、泥棒が盗品をさばくとしたら、どんなところに心当たりがあるかと。
フラフィーから聞いた、とは一切言わず、以前、奴隷商人に捕まった時の状況を利用して、そういった話を聞いた、という形で。
メイレンさんはひどく動揺していた。どこで知ったのか、なんでもするからどうか夫と子供には言わないでほしいと訴えた。
「なんでも?」
「……秘密にしてくださるなら、なんでもいたしますから……!」
二人きりにしたのはこういう意味ですよねと、躊躇なく服を脱ぎ始めたものだから、俺は慌てて止めて、そうじゃないと言い聞かせなければならなくなった。
「うちが泥棒にやられた、っていうのは、昨日話しましたね?」
服の乱れを整えながら神妙にうなずくメイレンさんに、俺はさっさと本題に入ることにした。
「俺は盗られたもののうち、食べ物以外――最低でもマイセルの財布と、できれば俺の仕事道具や図面を取り返したいんです」
そう言って、机の下、
「俺の仕事道具一式やら図面やら、一切合切がここにあったんですよ。だから俺は最初、俺のことを恨む誰かが、俺の妨害をするための盗みだと思っていました」
あのとき、取り乱していた自分を思い出して苦笑する。
メイレンさんは俺の苦笑の意味が分からなかったのか、小首をかしげてみせた。
「でもリトリィが――妻が言ったんです、これはそんなものじゃないと。小銭程度ですが現金の入った財布と鍵のかかるキャビネット、そして食べ物と鍋や食器。これは貧しい者の仕業ではないかとね」
「……それで、私、ですか……?」
「失礼なのは百も承知で、メイレンさんにもう一度聞きます。俺はあなたの過去をほじくり返したいんじゃない。あなたも俺も、共に幸せになりたいんです。貧しさゆえに空き巣泥棒をする人は、盗んだものをどのように処分しますか?」
「これだけ同じ雇い主と、短期間に何度も付き合うことになるっていうのは、初めてだねェ」
「冒険者っていう仕事自体には憧れてたけどな。その冒険者と一緒に行動するようになる日が来るなんて、俺自身、一年前には夢にも思っていなかったよ、アム」
「一年前、ですか?」
「一年前だよ」
いぶかしげに問うヴェフタールに、俺は笑う。
「では、一年前まで何をしていたんですか?」
「建築士をやってたさ。こことは違う国でね」
――そうだ。この世界に落っこちてきてからもう、一年以上経つ。
俺も就職するまではそれなりにゲームを楽しんできたから、冒険者に身をやつして巨悪と戦うこともあれば、ひたすらモンスターを狩るのに勤しんだこともあった。
まさか、リアルで冒険者と行動することになろうなどと、思ったこともなかった。あくまでも、画面の向こうの話だったはずだ。
『本当に協力すれば、私がそういうことに関わっていたこと、秘密にしてくださるんですね?』
必死に食いすがるメイレンさんに、俺は固く約束をした。フラフィーがメイレンさんに深く感謝をしていること、フラフィーもメイレンさんも、幸せそうにしていること、その幸せを壊す気はさらさらないということを伝えて。
その上で、あえて言った。
「あなたたちの幸せと俺たちの幸せのために、知っていることを教えてください。もし教えていただけないなら、不本意ですがナリクァンさんの手を借りてあなたと娘さんを尋問します。あなたは貴重な手がかりですので。できれば、そんなことはしたくないのですが……」
メイレンさんの表情が凍る。
この街でナリクァン商会の人間が動くことの意味を、よく理解している証拠だ。
もちろん嘘だ。ナリクァンさんが、空き巣の被害程度で動いてくれるとは到底思えない。
だが俺にはナリクァンさんを動かした実績があり、その実績の元で彼女は救われている。そして、おそらく今回のようなケースではナリクァンさんが動いてくれないことを、メイレンさんは知らない。知らないから、俺の嘘を見抜くことなど、できるはずがなかったのだ。
「――それにしても、今回は
「アンタさァ、スラムだよォ? スラムで
そう言うアムティは、じつに古ぼけた布のコートを着て、フードを
メイレンさんについては、本当は連れてくる気はなかったのだ。万が一、泥棒と鉢合わせて危険な目に遭わせたら、フラフィーに顔向けできない。そう思って候補の場所を聞くだけにしておこうと思っていたのに、彼女が自分から付いてきたのだ。
アムティに言わせれば『人目のないところでアンタを始末するつもりなんじゃないのォ?』とのことだったが、うん、そうじゃないことを祈りたい。
「次で三件目――そろそろアタリを引いて、とっとと終わらせたいもんだねェ」
アムティがぼやく。
そう。次で、メイレンさんの心当たりだという四つの場所の、三件目。
一件目も二件目も、もぬけの殻だった。どちらも、床をわずかに覆う
「それにしてもさァ、素人を連れまわすような任務ばっかり寄こすねェ、アンタ。人の迷惑ってヤツ、考えたことあるゥ?」
「アム、察してあげたらどうです? 考えたことがないから、またしても僕たちを指名したんでしょう?」
小声で軽口を叩きつつも、アムティのヴェフタールも、猫のようにほとんど音を立てずに歩く。余裕を見せてはいるが、臨戦態勢なんだろう。
「……この路地の先、あの
メイレンさんがそっとささやいてきた。
そのまま冒険者二人に伝えると、二人の動きが変わった。
路地をはさむ右手側の建物に寄り添うようにして歩き始め、俺たちにもそう歩くように命じたのだ。
なるほど、左手側だと家の様子がこちらからよく分かるように、向こうからも見えやすくなるということか。二人に合わせて、路地の右手側の家の壁に身を寄せるようにして歩く。
そのときだった。
赤レンガの建物のすみにある扉が、勢いよく開いたのだ。
――見つかった!?
こちらの動きが筒抜けだった? 待ち伏せされた!? なぜ!?
そう思った瞬間だった。
女の子が二人、建物から飛び出してきた。じつに嬉しそうに。
すぐに少年が顔を出し、あまり無駄遣いするなよ、と少女たちに声をかける。
先を走る小柄な少女――明るい茶色の髪に三角の耳と猫のしっぽを持つ愛らしい少女は、手に四角く白いものを持って大きく振りながら、元気よく返事をしてこちらに駆けてきた。
……忘れるものか!
少女の手に握られている、白い革製の財布!
――俺が一刻以上悩んで、ついでに二つ買うからと値引きも粘った、あの財布だ! 財布を彩る金の鎖は外されてしまっているようだが、それでも一目でわかる、白い財布に金糸で刺繍された文字の煌き。それが所有者を明示している!!
「待て! それを見せろ!」
思わず少女の前に立ちふさがり、手を伸ばす。
少女の驚く顔が目に入るが、それよりもマイセルの財布を取り返すことが、その時の俺には何よりも重要だった。
「あっ……バカ!」
アムティの声が聞こえたのと、少女の、縦に細い瞳孔がより細くなったと感じたと感じたのが、同時だった。
俺は左足の指先に強い衝撃を感じた。
それを、つま先を踏みつけられた痛みだと認識するまもなく、次に襲い掛かってきたのは股間へのすさまじい衝撃!!
チ――――ンという擬音語が脳裏をかすめる!
思わず股間を押さえてくずおれたところで、さらにあごに衝撃!
もはや何が起こったか、その瞬間は全く把握ができなかった。
視界がぐるりと巡り、家の壁に囲まれた細長い空が見えたかと思ったら再び視界は地面に落ちると、左の肩にすさまじい衝撃を感じた。
猫耳少女が靴を履いていなかったのが幸いだったとはいえ、あごを蹴り上げられた俺は、悲鳴を上げることもできずそのまま肩から地面に倒れ込んだのだ。
さらに、地面に倒れたところでおよそ少女らしくない言葉を実に可愛らしい声で投げつけられる俺。
「へっ、ざまぁねえ! ニュー、逃げろ!」
ところが、その逃亡を阻止した者がいた。
「こら! 待ちなさい!」
メイレンさんだった。
俺の股間を蹴り飛ばした猫耳少女の首根っこを引っ掴んで、その手の財布を、見るも鮮やかに取り上げてしまったのである。
「はっ……放せよ! なんだてめぇ、おい! 放しやがれ、クソババァ! 放せっつってるだろ!」
さらに、聞くに堪えない罵詈雑言を吠えたくる少女だが、メイレンさんは放さない。
「リノっ!? おい、リノを放せよてめぇ!」
仲間を助けようというのか、先に逃げた少女が戻ってきてメイレンさんにつかみかかろうとする――が、その手をつかみ上げると足払いをし、地面に押し付け制圧するヴェフタール。
「て、てめえら!」
二人の少女を助けようとしたのだろう。ドアの奥から顔を出していた少年が、手にナイフを握って飛び掛かってきた。
だが、その手首を一打してナイフを叩き落とすと同時にその手首をつかんで引き回し、足払いをかけて同じように制圧するアムティ。
一瞬だった。
俺の間抜けぶりが際立つ、本当に一瞬の出来事だった。
「やっぱりあなたたちだったのね」
「メイ姉ちゃん!」
少女たちは、フードを上げ、顔を覆う布を外したメイレンさんを見て、一様に声を上げた。
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