第399話:これが証拠だ!

「公募の不正操作? 塔の設計の、ですか?」


 ムスケリッヒさんが暑苦しいポージングをしながら質問してくる。とりあえずポージングは無視して、俺はナリクァンさんと共に出した結論を示すことにした。


「ええ。いまさらですが、やはりおかしな話だったんですよ」


 塔の修繕にせよ建て替えにせよ、公募という形をとる以上、ギルドが噛んでいないはずがない。もちろん表向きの主は彼――フェクトールだったとしても、彼が建築について詳しいはずがないから、実務的なことは大工ギルドが行うことになっていたはずだ。


 つまり、最初から俺のところに直通で話が来ること自体がおかしいのだ。俺がギルドに出向いて、そこで公募があるという事実を知り、それに参加するという流れならともかく。

 執事のレルバートさんが来たときには、大工一軒一軒をまわっていたのかと思ったが、もちろんそんなはずがなかったのだ。


「まあ、その辺りの事情は、貴族あちら側の事情もありましたから、その点に関しては仕方ない部分もあるでしょう。その点については考慮の余地があります」


 実際のところ、どうやら俺の許にいるリトリィを手に入れるため、今回の事業を利用した、というのが真相のようだった。公募に参加させ、良い案であれば抱き込むようにしていずれ奪えばよし、使えない案であればおとしめて幻滅させてから奪えばよし、ということのようだった。


 もちろん、俺を陥れてリトリィを手に入れようという発想自体も許せないものだが、今回俺が絶対に許せないのは、俺の案をコピーしたうえで、俺のほうを盗作呼ばわりしたということだ。盗人猛々しいとはまさにこのことだろう。


 ついでに付け加えておくと、俺の図面を自分の名前に書き換えて提出しやがったヤツがだれか――。

 ああ、そうだ。

 ギルド長――こいつだ!


「わ……ワシが、お前の図面を盗んだだと? 馬鹿なことを言うな。ワシがそんなことをするはずがなかろう。ワシを陥れようとは、なんというふてぶてしい若造だ。第一、そんな証拠がどこにある」


 じりっ――

 例の紙が、また端のほうから黒く染まってゆく。しかしギルド長は平然と証拠を求めた。


「証拠ですか……」


 俺は一度視線を落とすと、両腕を広げて声を張り上げた。


「……今の私の手にはありません。ですが、証拠なんて必要ですか? ギルドの長たる者が、自身の過ちを認めることもできないんですか?」


 するとギルド長は、ひどくいびつな顔をして笑った。それはまるで、勝利宣言であるかのような、高らかな哄笑だった。


「証拠もないのに、ワシが図面を盗んだなどと……。おい、副ギルド長! 聞いたかね! この若造は、証拠もないのにワシに不正を認めろなどと寝言を抜かしてきおったわ!」


 ギルド長は、ムスケリッヒさんに向かって実に愉快そうに言った。


「まったく、とんでもないホラ吹きぼうずよ! むしろワシのほうが訴えたいくらいだ!」

「確かに今、私は証拠となるものを手に持っていません。ですが、それでもあなたが不正をしたという事実は変わりがない! それを認め、私の名誉を回復してもらえませんか」

「証拠もないのによく吠える奴め。そうやって不当に人を陥れようとする輩なんぞ、ギルドから追放されても文句は言えんぞ?」

「たとえ目の前に証拠がなくても、不正に対して告発されたのなら誠実にそれを認めるのが、集団の長たる者の矜持ではないですか?」


 俺がどれだけ声高に訴えても、もはやギルド長は動じる様子もまったく見せなくなった。


「矜持? 矜持と言ったか若造。誰のおかげで、この大工ギルドの職人になれたと思っている」

「マレットさんです」


 即答した俺に、さすがにギルド長も腹を立てたらしい。今までの余裕のある態度から一転、みるみる顔を紅潮させた。


「言うたな若造が! マレットだと? このワシが認めなければ、お前は職人になれなかったのだぞ! だいたい、『建築士』などとけったいな名前の職なんぞ要求しおって! 少しばかり図面引きが得意だからといって頭に乗るでないわ!」


 俺はやや上体を反らしながら、それでも訴える。


「で……では、どうあっても、私の図面を盗用したという事実を認めて頂けないのですね?」

「くどい! ワシはお前の図面など知らんし見たこともない! 第一、ワシが貴様の図面を盗用したという証拠がどこにある! 証拠もないのにでかい口を叩くな!」

「では……」


 俺はうつむいた。肩が震えるのを抑えるのが苦しい。

 ぎりっ――歯がきしむほど、必死で奥歯を噛み締める。


「……も、もし私が、その証拠をこれから探し出すことができたとすれば、その不正について認めてくださいますか」

「フン、その代わり貴様が見つけてくることができなければ、貴様はギルドから永久追放だ! なにせこのギルド長のワシに盾突き、あまつさえ不正をでっちあげてワシを陥れようとしたのだからな!」

「……そんな! 不正をでっちあげて、相手を陥れようとしたら、それだけでギルドから永久追放なのですか!?」


 動揺してみせる俺に、ギルド長は底意地の悪い笑みを見せた。


「当たり前だろう! ギルドは相互扶助の組織だ。同じ仲間を陥れようとする奴など、ギルドにいていいはずがない。そんな奴は追放処分で当然だ。まして貴様のような若造の図面をワシが盗むだと? ワシの図面が若造の引いた図面に劣るとでも言いたいのか? ――その驕り高ぶった己の愚かさを思い知れ!」


 俺はゆっくり、一つ一つを確かめるように、もう一度尋ねた。


「……本当に、相手の不正をでっちあげ、そして陥れようとしたら、それだけでギルドから永久追放処分を受けてしまうのですか……?」

「くどい! いまさら頭を下げても無駄だからな?」


 ギルド長は言い放つと、また、例のいやらしい笑みを浮かべた。


「ただな、若造。今日、この場で働いたワシに対する数々の不敬、実に許し難い。しばらく地下倉庫で頭を冷やすんだな」

「地下倉庫? どういう意味ですか」

「問題を起こしたギルド員を反省させるためにぶちこむのに都合のいい倉庫があってな。今夜一晩、そこでゆっくり頭を冷やすがいい」


 ――俺を一晩ゆっくり留置しておく間に、証拠隠滅を図るつもりだな。なるほど、汚いなさすがギルド長きたない。


「そ、それは不当だ! 今すぐ証拠を見つけてみせる!」

「そうか。残念だったな。なに、頭を冷やすと自分が今後どう行動したほうがいいかが、分かるかもしれんぞ? おい、副ギルド長。この生意気な若造を連れて行け」


 ギルド長は、ムスケリッヒさんに向かって命令する。彼は俺を、何とも言えない目で見下ろした。申し訳なさそうな、だからといってギルド長の命令を無視するわけにもいかないといった様子で。


「ムスケリッヒさんよ、ちょっと待ってくれねえか?」

「……マレットさん。残念ですが……」

「まあ、ちょっとの間だけだ」


 そう言って、マレットさんは鞄から紙袋を取り出した。


「ムスケリッヒさんよ。副ギルド長として、あんたは信用できる。これを見てくれねえか?」

「……これは……?」

「その二枚の図面――どう思う?」

「……どうと言われても……」


 そう言ってムスケリッヒさんは、困惑した表情のまま、胸の前で両手を握って引っ張るようなポージングをしてみせた。


「副ギルド長……そんな暑苦しいことなどやめて、さっさとそいつを倉庫にぶち込んでこい! ついでに目障りな女どもも、さっさと追い返せ!」


 ギルド長は苛立ちを隠そうともせずに喚いたが、マレットさんは全く意に介さず、ムスケリッヒさんに図面を見せ続けた。


「……ほぼ、同じもののように見えますが」

「なぜそう思った?」

「そうですね……全体の構図がほぼ同じなのは当然として、なんでしょう、これは。この図面を描いた人のクセというか……実に精緻な書き込み、それから奇妙な……記号の数々が同じ。これは、どこの街のギルドのものですか? すくなくとも、我々の書き方ではないですね」


 ムスケリッヒさんの言葉に、マレットさんはニヤリとする。

 ギルド長がなにか言っているが、もはや二人とも、まったく聞こえていない様子で会話を続けた。


「なるほど。副ギルド長は、この記法がこの街のギルドのものではないってことは分かったんだな?」

「……マレットさん、私もこの街のギルドで何年も大工をしてきた身ですよ?」


 ムスケリッヒさんの笑顔が引きつっている。そうだな、職人として、ある意味侮辱されたようなものだからな。


「この図面は、我らがギルドの流儀のものではありません。別の規則に従った描き方なのは明らかです。そして、この線の引き方のクセから考えれば、この二枚は同一人物によって書かれたと考えるのが自然でしょう」


 ムスケリッヒさんは、ガッツポーズをするかのように両腕を開き、意味不明ににこやかな顔で答えた。多分、名推理を披露したつもりなんだろう。うん、実に暑苦しいのでやめていただけると嬉しいです。

 ――だが、それがつまり、答えだ!


「そうだ。街のギルドの流儀を・・・まるで・・・知らない・・・・、うちのギルドにおけるの図面引きだ、これを描いた奴はな。……ただし、だ!」


 そうさ。

 あれだけギルド長の醜聞をほじくり出した俺が、図面の件で無為無策で訴えると思ったのか?


「……まさか、これは……」

「その、まさかですよムスケリッヒさん」


 ずっとずっと突きつけたかったもの。

 二枚の、塔の改修計画を描いた図面!


「おゥ、目ェかっぽじって見やがれ、我らがギルド長さんよ!」


 マレットさんが凄みながら、派手な音を立ててテーブルにその二枚を叩きつけるのに合わせて、俺はを、ようやくの思いでその言葉を吐き出した。


「これです。ギルド長、これが不正の証拠ですよ!」

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