第383話:伝説の解体屋・爆誕
消火作業の時は鬼気迫る表情をしていた冒険者たちだが、今はだれもが疲れ切ったか、少々抜けた表情をしている。でもそれだけみんな、本当にすごい勢いで走り回っていたのだ。張りつめていた糸が切れた、そんな状態になるのも当然だろう。
消火あとを見て回っていた俺に、アムティが声をかけてきた。
「……アンタ、やる時はやるオトコなんだねェ」
「それ以外ではヘタレだって言いたいんだろ? 分かってるよ」
「そうじゃないって」
アムティは、ふふ、と笑ってみせた。
「『黙って俺の言うことを聞け』――オトコらしかったよォ? まさか冒険者でもないオトコからあんな命令をされるなんて、冒険者になって以来、思ってもみなかったなァ……?」
……う、その流し目、怖い……!
しまった、そうだよ冒険者なんて反社ギリギリの脳筋連中なんだ、そんな奴らにあんな命令の仕方なんてしたら、反感食らって当然で……!?
「どうしようもないヘタレが、オンナのために足震わせながらちまちまついてきたと思ったらさァ、意外にやるトコ見せるんだからねェ。面白いモン、見せてもらった気分だよォ?」
アムティは俺の背中を一発、バシンとぶっ叩いた。
「今回はいろんな意味でヒヤヒヤしたけどさァ、また何かあったらアタシたちに話、持ってきてくれると嬉しいなァ?」
咳き込む俺に、アムティはアッハッハと軽やかに笑ってみせる。
「ねェ、金色サン? またなんかあったら、アンタのダンナ、ちょっと借りるから」
「……だめです」
なぜかリトリィが、俺の腕にぎゅっとしがみつくように拒否をする。
「なんでだい? そんなコト言わずにさァ」
「だめです。だんなさまは絶対にお渡しいたしません!」
妙に毛を逆立てて、爪を立てる勢いで俺の腕を抱きしめるリトリィに違和感を覚える。だが多分、俺の身を案じてくれているんだろう。
冒険者と関わるってことは、それだけなにかでっかいトラブルを抱えることになってるってわけだからな。そりゃ、関わりたくないだろう。
「やっぱりだめかァ。じゃ、金色サンに内緒で借りちゃおっかなァ」
けらけら笑うアムティに、ますますしっぽを膨らませてアムティから俺を少しでも遠ざけようとするリトリィ。
「リトリィ、今回も冒険者のみんなには世話になったんだからさ。俺が力になれるなら、身の危険がない範囲で手伝えたらって思うんだけど、だめか?」
「だめです!」
……即答だった。こういうリトリィは珍しい。だが、急にどうしたのだろう。
「男のひとならいいですけど、このひとだけはだめです! だんなさまはわたしのだんなさまなんです!」
「おいおい、まるで俺が浮気するみたいな――」
「まるで、じゃありません! このひとにお貸ししたら、子供ができて帰ってきます! そういうニオイがします!」
俺、目が点になる。
アムティも、目が点になっている。
リトリィは、牙をむき出しにしてうなっている。
しばらくして、アムティが納得したように笑った。
笑って、俺たちに手のひらを見せてひらひらさせてみせる。
「ヴェフ! 今夜は一杯、付き合いなァ! なに、アタシがおごるからさァ!」
アムティはそう言って、もう一度だけこちらを振り返ると、
「アンタのダンナで
――そう笑って、アムティはヴェフタールの襟首をつかむと、彼を引きずるようにして愛鳥のほうに向かってゆく。
拍子抜けしたような表情のリトリィに声をかけると、彼女はびくりと体を震わせてから、気恥ずかしそうに上目づかいで俺を見上げてきた。
やきもちを焼いてくれたのだ、俺を取られまいとして。
見当違いのやきもちだったが、彼女が俺を独占したいと思う気持ちが感じられて、ひどく愛おしい。
そっと抱き寄せると、耳をぱたぱたとさせながら、それでも嬉しそうに身を寄せてきた。
崩れかけた柱の影、ここなら外からも見えないだろう。
彼女の薄い唇に、そっと唇を近づけた。
――その時だった。
急にリトリィの耳がぱたぱたと動き、そしてばっと天井を見上げる。
同時に、部屋にいた
「リトリィ……?」
「だめ……! みんな逃げて! よくないことが――おうちが壊れます!!」
木がねじれ、へしゃげ、裂ける嫌な音が断続的に響きわたる。
家の解体作業の時によく聞く音だ。
「……ああ、じきに崩れるぞ」
皆の避難が完了した中で、固唾をのんで見守っていたマレットさんが、遂にうめくようにつぶやいた。
屋敷の屋根を押しつぶし、三階の部屋までめり込んでいた、木製クレーン。
俺がこの屋敷に突入するきっかけを作ってくれた偉大な功労者は、いま、最後の仕事を始めようとしていた。
「ムラタさんよ、わかるか。あの右から三番目の、柱のある壁だ。あそこがもうすぐ、過負荷に耐えられなくなる」
「わかりますよ。あれが崩れたときが、終わりの始まりですね。内側に巻き込む形で、一気に崩れていくでしょうね」
「そうだな。というか、あんたたちがあの中で消火作業をしてたって聞いたときは、血の気がひいたぞ。いつ崩れるか分からんあの下に、よく飛び込んだもんだ」
せめてマイセルに種を確実に仕込んでから危険を冒せ――今だからこそ笑って話すマレットさんだが、もしあの場に彼がいたら、ぶん殴られてそのまま引きずり出されていただろうな。気持ちは大変よく分かる。
メリメリ、ミシミシ――パキ、ミシ、バキバキバキ――!
ぐらりとクレーンが傾き始め、そして木材が裂け、折れ、石材が崩れ落ちる悲鳴が聞こえてくる。
――と、限界を越えた屋敷の構造物は、雷のような轟音を立てて一度に崩壊を始めた。もう少しゆっくり崩れていくかと思ったのに、あっという間に崩れ落ちてしまった。
さらに崩壊の規模を象徴するように、ものすごい土埃が舞い上がってゆく!
「あらあら……。これは再建が大変ね」
完全に他人事として楽しんでいるかのようなナリクァンさん。
「お、お屋敷が、おぉやぁしぃきぃがあぁぁああっ!!」
レルバートさんが、大粒の涙をこぼしながらがっくりと膝をつく。
クソ貴族野郎など、あんぐりと口を開けて声も出ないありさまだ。
「再建の資金の融通と資材の購入は、ぜひわがナリクァン商会をご利用くださいな。お得意様価格で、融資と資材の提供をさせていただきますわよ?」
恐るべき営業根性。いや、あからさまにイヤミでしかないけどな!
この街でナリクァン商会の提供を断るなんて、間違いなくイバラの道だし!
……あ、俺、ナリクァン商会に取り込まれそうになったの、断ったんだった。今にして思えば実に無謀だったけど、あのときのナリクァンさんはきっと、リトリィを伴侶に迎えようとしていた俺の覚悟を試そうとしていたんだろう。
……だよな?
で、クソ貴族に関してはざまあみろだったんだが、問題はそれ以外の人々だった。
一緒に避難していた使用人たちも、似たような状態だったのだ。何年も働いてきた職場が、手も足も出せないまま、崩壊してゆくのを見守ることしかできなかったのだ。
気持ちは分からなくもない。クソ貴族と違って純然たる被害者って人も多いだろうからな。……ちょっとどころじゃなく胸が痛む。こっそり胸の内で、ごめんなさいを言っておく。
「人の女に手を出すならさァ、どうなるか……。このヘタレ大工の根性、そこらへんのヤツよりは座ってるってこと、知らなかったのが悪いのさァ……!」
アムティが苦笑いを浮かべながら、それでもまったく悪びれた様子もなく言ってのけるところが、さすがと言うかなんと言うか。
「アムティ、ヴェフタール……。今回は本当に、恩に着る!」
「恩だなんて……シェダインフェールダーの十二年物を一本」
おいヴェフタール! シェダインフェールダーって、この世界における葡萄酒の特級名産地ってのは知ってるんだからな!?
安いものでも一本で金貨十枚とかそーいう世界だって、俺ですら知ってるくらいの! 十二年物なんて、さらに二、三倍くらいするやつじゃないか!
「やだなあ、期待してますよ?」
「無茶言うな!」
ガラガラと崩壊音が収まらない中で、朗らかに笑うヴェフタール。
「あら、シェダインフェールダーの十二年物ですか? 我が商会でしたら、いつでもお出しできますわよ? ムラタさんも、これでお礼に困りませんわね」
ホホホと笑ってみせるナリクァンさんだが、勘弁してくださいよ! 買えるわけないじゃないですか!
「……それにしても、ムラタさんよ。あんた、また伝説を作っちまったな」
そう言うマレットさんの表情は、どこか笑いをこらえているような表情だ。妙に気になって、聞いてみる。
「伝説? 俺がですか?」
「蹴りの一発で木造の家一軒をへしゃげさせ、掌底一発でレンガの壁一面を倒壊させ……」
笑いながら続けたマレットさんが、遂にこらえきれなくなったか、大爆笑しながら叫んだ。
「ついにはクレーン一本で屋敷をひとつ潰しやがった!」
「……いや、ちょ、それは……!」
「伝説の解体屋の誕生だな!」
「いやちょっと! 俺は解体屋じゃなくて建築士で!」
「大丈夫だ、建てるも壊すもおなじ大工の仕事だ、大した違いはねえ」
「大ありでしょうが!!」
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