第373話:対峙

「なんだ、戻ってきたのか」


 ガロウが、俺たちを見つけて荒い息をつく。


「冒険者五十人抜きの『りあるばうと☆ガロウ』伝説に傷がつく、加勢などいらん」


 口では強がっているものの、ガロウの疲労がピークに達しようとしているのは明らかだった。リトリィが鳥の背中から飛び降りると、水筒を渡す。


「ガロウさん、これを飲んでください。夫が考えた、つかれをとる飲み物です」

「いらねえ……。クソオスが作ったなら、なおさらだ」

「男の人のそういう見栄ってかわいいですけれど、ガロウさんまでそんな見栄をはるとはおもいませんでした。やっぱりいくら強くても、男の人って子供と変わらないんですね……」

「……だれがガキだ、だれが!」


 貸せ、そう言ってガロウは水筒等をひったくると、一気にあおり始める。


 ……リトリィって、俺に対してもそうだけど、男を手のひらで操るのが上手い……というかガロウが乗せられすぎだろう。


「……なんだ、この、薄甘くて薄しょっぱい水は」

「つかれがとれるお水です。夫は『スポドリ』って呼んでますけれど」

「……『すぽどり』? 聞いたことがないな……」

「でも、大工のみなさんにもすごくよろこばれていますよ? これを飲みながらお仕事をすると、暑いなかでも疲れ知らずでがんばれるって」


 ガロウは、空になった水筒をしげしげと見つめていたが、俺のほうに投げて寄こして言った。


「……ありがとよ」

「こっちこそ、さっきは助かった。ありがとう」


 あらためて、周りで倒れている男たちを見回す。倒れている男の数だけでも、十人を軽く超えている。これを一人で倒したのだとしたら、とんでもない話だ。


「……そんなにじろじろ見るな。誓っていい、殺してないぞ」


 リトリィの目が気になったのか、やや目をそらしながらガロウがつぶやく。


「……骨の一本や二本は仕方ないだろう? ヤツらから仕掛けてきたんだからな」

「ほんとうに、それ以上は傷つけていないんですね?」

「だったら一人ずつ蹴飛ばすなりして確かめてみろ」


 むっとしたように言ったガロウにリトリィは苦笑すると、深々と頭を下げて淑女の礼をしてみせた。


「このたびは、夫がおせわになりました。このお礼は、後日あらためてさせていただきます。ありがとうございました」

「……別に、クソオスのためじゃねえ。オレはただ、惚れた――」


 ガロウは、リトリィに一瞬だけ目を向けたあと、再び目をあさっての方に向け直した。


「……なんでもねえよ。クソッタレ、お前ら二人、並んで腑抜けたツラしやがってよ。ここはいい、さっさと行っちまえ」




 リトリィが囚われていた館の方に走ると、剣戟の音が響いてきた。見上げると、二つの建物の間――三階の空中廊下で、冒険者と騎士らしき連中が戦っているのが見えた。


「あっ……あぶない!」


 最前線で戦っていた冒険者が、騎士の繰り出す剣に腕を貫かれて膝をつく。

 すぐに後ろに控えていた冒険者が入れ替わると、止めと思われた一撃を受け止め弾いた。負傷した冒険者はすぐに後ろに控えている別の冒険者に引っ張られて戦線を離脱する。


 フィクションだと、冒険者の方が喧嘩慣れしていて変幻自在に戦うというような筋書きが多かったように思うが、俺の目の前の戦いは、明らかにそうではなかった。冒険者たちの方が、押されているように見える。

 実際には専門の訓練を積んでいるであろう騎士たちの方が、戦い慣れしているように見えた。


「俺達も行こう! 加勢するんだ!」

「はい!」


 俺の言葉に応え、リトリィが鳥の腹を蹴った時だった。


「どこに行こうと言うのだね?」


 咎める声に、俺は背筋にぞわりとしたものが走る。

 ――間違いない! この声は、リトリィと繋がった時に聞いたあの声だ。


「出たなフェイク公!」

「……フェイクニセモノ……? どういう意味かな?」


 目を点にし、首をかしげる赤軍服クソ貴族がしらばっくれてみせる。やっぱり貴族っていうのはクソだな!


「ごまかす気か!」

「だんなさま、フェクトール公です」


 ……リトリィに言われてそっと問い返す。

 コクコクとうなずくリトリィ。


「さっきもおまちがえになられていましたけれど」


 ……なんてこった!

 おのれフェクトール! めんどくさい名前をしてるのが悪い!


「……フェクトール公! あなたが俺の妻を拉致したことは、俺自身が奪還したことから分かっているんだ! 他にも夫や婚約者がいる女性を何人も閉じ込めていることだって分かっている!

 相手がいる女性を奪い、自分のものにして悦に入る――それが貴族のやり口か!」


 かろうじて誤魔化してみせた俺に対して、クソ貴族の青年は首を傾げつつ、しかし余裕を感じさせる笑みを浮かべた。


「……なんのことかわからないが、盗人猛々しいとはこのことだな。そもそも、私の屋敷で何をしている?」

「決まっているだろう、つかまっている女性たちを助けに来たんだ!」

「つかまっている女性? なんのことか分からないな、泥棒にしては陳腐な言い訳を思いつくものだ」

「言い訳? 言い訳をしているのは、お前だろう!」


 激昂した俺を、クソ貴族はすうっと細めた目で睨みつけた。


「なぜ私が、自分の屋敷の敷地内で、賊ごときに言い訳をしなければならないと思うのだね? 実に命知らずな言動だな、不快でもある」

「不快――そうか、不快か」


 俺は、リトリィに羽織らせていた上着の、そのフードを外す。


 彼女の、すこしばかりくせっけのある金の髪が、上り始めたばかりの月明かりの中で、ふわりとひろがった。

 急にフードを外されて驚いたのか、大きな三角の耳がぴこぴこと揺れる。

 なによりも、ほぼ犬そのものの顔を、クソ貴族と、クソ貴族が引き連れてきた兵士たちにさらしてみせた。


「これでも知らないっていうのか? リトリィを――俺の妻をこの館に閉じ込めたことを、彼女に薬物を盛った事実を、しらばっくれるというのか!」

「その獣人族ベスティリングの女性を閉じ込める? 薬物を盛る? だから何だというのだい? 何が言いたいのか、さっぱり分からないな」


 ――こ、このクソ野郎、本気か!? 本気で言っているのか!?


 俺は自分の血が沸騰するかのような、腹の底から突き上げる怒りに身を震わせた。

 ひとの妻を拉致しておいて、おまけに薬漬けにして正気を失わせておいて、『だから何だ』とはどういう言い草だ!


「どういう言い草とは、どういう意味なのか、それ自体が意味不明だね。わたしは彼女を保護した、それだけだ」

「保護――保護だと!?」

「そうだとも。さあ、彼女を返してくれたまえ。彼女は混乱しているだけなのだよ。すぐに返してここから立ち去るのなら、君に限っては見逃してあげようじゃないか」


 見逃してもらう?

 妻を置き去りにすれば、逃がしてやるだって?


 ――否! そんな真似がどうしてできる! 俺を信じて待っていてくれたリトリィをおいて逃げるなど、あり得ない!!


「なにを粋がっているんだい? そもそも戦う力もないのだろう? 女の腰にしがみつかなければ、たかが騎鳥シェーンに乗ることもできない、そんな男に何ができるというのだ。さあ、彼女を置いて一人で帰りたまえ。女一人も守れぬ男には、相応の生き方というものがある」

「なん……だと……!」


 騎鳥シェーンを降りようとした俺の腕を、リトリィがつかんだ。真剣な目で、訴えかけてくる。


「……あなた、行かないで。わたしのそばにずっといてくださるのでしょう?」


 リトリィの言葉に息を呑む。


『嫁さんを無事なまま、見事に見つけ出したんだ。最上の成果だ、引き揚げるぞ』


 ダルトの言葉が思い出される。

 ――そうだ。俺は、リトリィと共に帰る……それが、一番の成功のはずなんだ。


「ふん。女の指図に一つ一つ従わなければならないほど、自分では何もできないとは。やはり君は、その女性の主たりえぬ存在なのだな。その腰の短剣も、いまだ抜かぬところを見るに、見栄でしかないのだろう」

「フェクターさま。夫を挑発するのはおやめください」


 俺が思わず腰のナイフ――リトリィが鍛えてくれたナイフを抜こうとしたとき、リトリィはそっとその手に自身の手のひらを重ね、そして言い放った。


「ずっと申し上げてきましたとおり、わたしは夫のもとに帰ります。ご心配いただけたことはありがたいのですが、わたしはじぶんで夫をえらびました。フェクターさまにしてみれば、わたしの夫は頼りなく見えるでしょう。

 ――それでも、わたしはこのかたを支えて生きると決めたのです。これはわたしの意志です」

 

 リトリィの言葉に、クソ貴族の男が息を呑むのが分かった。

 ――見たか! 彼女は決して人形でもなんでもない、強い意志をもつ一人のヒトなんだ!

 彼女の強い言葉に、胸が熱くなる。


 だが、リトリィの言葉を聞いたクソ貴族は、ゆっくり首を横に振ると、腰の剣に手をかけた。


「……やはり、その男が貴女を惑わすわけですね。貴女の誤った判断が貴女自身を不幸にするのを、見過ごすわけにはいきません。

 ――彼女を惑わす無能者め。腕の一本は覚悟するがいい」


 クソ貴族が腰の剣を抜くと、その後ろにいた男たちも剣を一斉に剣を抜いた。

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