第372話:わたしのだんなさまは

「だ……だってあんな、じぶんから……はしたないことを、ひとまえで……」


 ――そうだった。冒険者の三人が飛び込んできたときも、リトリィはまるで聞こえていないかのように、俺の上で、体を求めていた。


「……でもあのときは、あなたがほしくてほしくて、どうしようもなくて……じぶんでは止められなくて……」

「……わかった、ごめん。無神経なことを聞いた」


 あんなありさまだったのだ。

 何があったのか、なにをされたのか――聞く方が無粋だろう。

 薬物で正気を失っていたとはいえ、辛いことを思い出させてしまったと、自分のうかつさを呪う。彼女が手元に戻ってきた、それだけで十分に満足すべきだったのに。


 ところが、思考を先走らせてしまった俺に対して、リトリィが取り乱した様子で、俺に訴えてきた。


「わ、わたしはちゃんと、清いままですよ? ここ・・にはムラタさん以外のひとになんて、指一本ふれさせていませんから!」


 そう言ってリトリィは俺の手をとると、そのまま彼女の中心部に導いた。いくらすでに暗く、そして生垣で人目につかない場所にいるとはいえ、彼女のあまりに急な行動に面食らう。だが、リトリィは必死な様子で訴えた。


「わ、わたし、あなたが来るまで、ちゃんとがまんしたんです。あなたが来てくださるって、ずっと信じていましたから。ずっとずっと、がまんしました。いまだって、がまんしてるんです。じぶんでさわるのも、がまんしていたんですよ?」


 彼女の手で導かれたそこは、おどろくほどたっぷりと潤っていた。普段ならふわふわな太ももの内側の毛も、しっとりと濡れている。


「……自分で触るのも我慢していたって、それはどうしてだ?」

「だって……わたしのからだはみんな、あなたのものですから」


 ……あまりにも健気な答えに、俺は思わず彼女を抱きしめる腕に力がこもる。その頬に指を滑らせ、顔を後ろに向けさせる。

 指とはいえ、待ち望んできたものを迎え入れたためだろう、荒く、上気した吐息を漏らしたその唇をふさいだ。


 なんだか随分久しぶりな気がして、しばらく互いの舌の感触をむさぼりあった。俺が唇を離すと、リトリィが名残惜し気に俺の唇をなめる。その愛おしさのあまり、もう一度軽く唇を重ねてから、聞いてみた。


「……じゃあ、ずっと、正気でなかったふりをしていたのは?」

「だ、だって……。あんなはしたない姿、さらしたあとですよ……?」


 俺がリトリィを発見したとき、確かに彼女は正気を失っていた。

 彼女は飲まされた薬物やお香せいで、相当に強い性衝動に支配されていた。ベッドに縛り付けられていた間、ずっと。


 それでも彼女は俺に開放されるまで、俺が来ることを一途に信じていてくれて、耐え続けたのだ。

 あの貴族の男に、どんなに甘い言葉をささやかれ、挑発されても。


 だからこそ、その衝動を解放してもいい相手、つまり俺の姿を認識してしまったとき、もう、あふれる衝動を抑えられなくなってしまったのだという。


「だって……だって、ずっと待っていたムラタさんが――わたしのだんなさまが来てくださったんですよ? あのとき、あなたのお声が、お姿が、どんなにうれしかったか、どんなにいとおしかったか……!」


 そう言って声を詰まらせたリトリィ。改めて彼女から唇を求めてきたのを、しっかりと受け止める。


「……すき、すき、すき。だんなさま……わたしのだんなさま……! すきです、だいすきです……だきしめてください、もっと強く、もっと、強く……っ!」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、

 むさぼるように繰り返すキスの合間にあえぐように訴えながら、

 彼女は俺の手に、手のひらを重ねてきた。


 ――彼女の柔らかな毛並みの、すべやかな肌の上を這わせる、俺の手に。


「怖い思いをさせた、すまない……」

「ううん……いいんです、来てくださったから……ちゃんと、わたしのもとに来てくださったから……!」


 荒ぶる彼女のしっぽが腹をばさばさとはたくのがくすぐったい。だが、その動きが彼女のよろこびの強さを感じさせて、うれしい。

 やっと、……ああ、やっと彼女を取り戻した実感がわいてきた。

 俺の腕の中でしゃくりあげながら唇を求め続ける彼女を、もう一度だけ、強く抱きしめる。


「リトリィ、続きは今日を終わらせてからだ。大丈夫、もう二度と、きみを手放したりしないから」


 俺の言葉に、リトリィは少しだけ寂しそうな目をする。だが、名残惜しそうにもう一度だけ唇を重ねてから「……はい!」と力強くうなずいてくれた。


「体調は大丈夫かい?」

「……ほんとうは、いますぐにだってあなたを胎内おなかにお迎えしたいんですよ?」


 そう切なげに答えたリトリィ。だが、「だから、あとでいっぱい、おねだりいたしますね?」と舌をぺろりと出し、いたずらっぽく続けてみせた。


「たぶん、ガロウさんがわたしのことを『かわいそう』って言ったのは、わたしが演技をしていることを分かった上で、言ってくださったんだと思います」

「演技?」

「……だ、だって……あんなはしたない姿、お仲間のかたに見せてしまったんですよ?」


 ガロウが飛び込んでくるころには、体の疼きはともかく、すっかり正気を取り戻していたそうだ。しかし、なにせ冒険者たちの目の前で、俺の上にまたがって腰を振っていた姿をさらし、なおかつそれをやめられなかったわけで。

 正気を失っているふりをしていないと、恥ずかしくてとてもその場にいられなかったのだという。


「きっとガロウさんは、本当の姿をさらせずにいたわたしを、あわれんでくださったんですね」


 リトリィはそう言って笑ったが、それこそ買いかぶりすぎじゃないか? あの自己中男が、人のことをおもんぱかるようなことができるとは思えない。


「ひとは変われるんですよ? ムラタさんも、とっても変わられました。初めて会ったころには、こんなふうに抱きしめて口づけをしてくださるなんて、かんがえられなかったでしょう?」


 そう言って微笑むと、彼女から口づけを求めてくる。


「……二度もわたしを助けてくださったムラタさんは、わたしにとってこの世で一番たのもしい英雄さまで、世界一のだんなさまです。もう、二度と離れません。ずっとずっと、どこまでもお供いたしますね?」

「ああ、ずっとずっと一緒だ。美しくて、優しくて、賢くて、確かな鍛冶の技をもつ君こそ、世界一の伴侶だよ」


 お互いの評価をお互いに笑い合い、そしてもう一度だけ、深く、深く、口づけを交わし合う。

 そのひとときを切り上げたあとは、リトリィはもう、迷うそぶりなど見せなかった。彼女は改めて館――冒険者たちが向かった先へと、騎鳥シェーンを走らせた。

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