第371話:待っていたから

 背後から上機嫌な日本語・・・で話しかけられて驚いた。

 なんと、瀧井さんまでもがここにいた。いや、マレットさんの後に連絡をするように、マイセルには言っておいたけどさ。


 瀧井さん、頭に日の丸の鉢巻きをしていた。背中には、銃口の先にナイフを取り付けた鉄砲――九十九式小銃を背負って。


「その鉄砲、刃物なんかつけてるんですか? 危ないですよ!」

「刃物? ……ああ、銃剣か。なあに、長物ながもののの代わりよ。なにせ弾が古い、この前みたいに不発になる恐れは大きいんでな」


 そう言って、にやりと笑ってみせる。


「お前さん、泣いてへたれていたあのときとは、見違えるようだな。マイセルちゃんから聞いたぞ? 冒険者の連中に対して連れて行けじゃなくて、雇うから護衛しろといったそうだな?」

「泣いてなんて、いられませんでしたからね」


 俺の言葉に、瀧井さんは鼻で笑ってみせた。


「たった一晩しか戦闘経験がないのに、よく言う」

「でも、その一晩は俺を変えてくれました。大切なものを守るために戦う気概を、俺にくれました」


 体は貧弱でも、気構えだけは――そう言った俺に、瀧井さんは呵呵かかと笑った。

 

「……おとこになったな、ムラタさんや」

「ええ、すべてはみなさんのおかげですよ。瀧井さんも含めて」

「……ふむ、それでこそ日本男児。伊達に『日ノ本ひのもと』を名乗るようになったわけではないんだな。いつ出てくるかとやきもきしていたが、待ったかいがあったというものだ」


 そのとき、ざわめきが広がったことに気づいた。

 どうやらダルトの後ろに乗っていた獣人族ベスティリングの女性が、例のハーレムに囚われていたこと、そして本当はハーレムから抜け出したがっている女性がほかにも幾人かいるということを聞いたようだ。数人が門から外に走り出て行った。

 それ以外の男たちは手の得物を空に掲げて、屋敷に突入すると息巻いている。


 アムティも、ヴェフタールも。

 それどころか、さっきは引き際を俺に説いたはずのダルトさえも。


 ――そうか。屋敷が混乱状態にあって、そして、さっきの俺たちと違ってこれだけの人間が終結したというのなら逆なんだ、チャンスなんだ!


「若いな、みんな女たちを助けに行く気か? 囚われているのは、全員獣人の娘なんだろう? たいして助けたいとは思えないんじゃないのか?」

「瀧井さん、原初に近い猫属人ペリシャさんと結婚するために、日本に帰る唯一のチャンスを捨ててこの世界に残ったあなたが言っても、説得力はないですよ?」

「……違いない」


 瀧井さんは苦笑する。

 と、そこにマレットさんが割って入ってきた。


「話し中にすまんがムラタさんよ! まだ囚われてる女たちがいるんだって!?」

「……あ、ああ。ただ、ほんとに救われたって思ってて、そこに居たいって思ってる女性も多いみたいで――」

多い・・ってことは、そうじゃないオンナもいるってことだな?」


 さらに首を突っ込んできたのは、たしか奴隷討伐戦で一緒にインテレークを捜した、「剛腕の」クラフォルだ。その手には、あのときと同じ、トゲトゲ鉄球付きの棍棒――「モーニングスター」が握られている。


「多分、何人かは……」

「だったら助けてやらなきゃならんよな!」

「でも、ホントに、……ええと、フェイク・・・・公のことを救い主だと思ってる女も多くて……」

「フェイク公? ああ、フェクトール・・・・・・公だな! 分かった、オンナたちにもいろいろ事情はあるんだろう。俺たちだって、別に貴族を木に吊るすために来たわけではないしな」


 クラフォルは豪快に笑ってみせると、「よし、そうと決まったら行くぜ!」とモーニングスターを担ぎ上げた。


「みんな、ほっといても突撃しそうな勢いだが……突撃ラッパはいるか?」

「じゃあ、景気づけに!」

「景気づけ……そうだな、その意気だな!」


 瀧井さんは満足げにうなずくと、番兵の詰め所に繋がれていた二頭の騎鳥シェーンのうちの一頭にまたがると、腰に下げていた古びたラッパを手に取った。

 古びて凹みもあるし、くすんだ色をしてはいるが、錆びている様子はない。これも丁寧に手入れをしてきたのだろう。

 瀧井さんは、そのコンパクトな一回巻きのラッパを口元に当てた。


 ぱっぱらっぱぱっぱぱっぱ、ぱっぱぱっぱらっぱぱーっ!


「いいラッパだ! よォし! 突っ込むぞ!」

「みんな行くよォ! 貴族相手にやりたい放題できるのは今夜だけだからねェ!」


 みんな、すごい勢いで駆け出してゆく。

 よし、俺も今度はリトリィをこんなにしたヤツへのお礼参りに――って、あれ!?

 しまった、俺、アムティの騎鳥シェーンから降りたままだったじゃないか!


「……だんなさまも、行かれるんですか?」

「そりゃそうだろ! 一言くらい、ガツンと言ってやりたいからな! だけどアムティの奴……!」

「では、そこに残っている子に乗りましょう」

「でも、リトリィはアレに乗れるのか?」

「はい! おまかせください!」


 繋がれていた鳥は、あまり体格が大きくないもので、二人で乗るのはすこし厳しいかと思われた。しかしリトリィは「だいじょうぶです、りっぱな脚をしていますから」と、ぽんぽんと首を撫でるようにすると、鳥は短く鳴き声を上げ、おとなしくリトリィについてきた。


 持ち主は、縛り上げられ、さるぐつわの下でもごもご言っている三人の番兵のうちの誰かだろう。「悪いが借りる」と一言俺が断ると、持ち主と思しき一人がえびぞりになってもごもごと叫んできた。さるぐつわをかまされているので言葉自体は不明瞭だったが、ちゃんと罵詈雑言の意味は理解できた。


 うん、聞く必要のない――聞きたくない言葉までちゃんと分かってしまうのは、翻訳首輪の弊害だな。だが、もちろんそんな抗議など無視だ。まずリトリィが乗り、その後ろに俺が乗る。


「うん、いい子ね? よろしくお願いしますね?」


 リトリィに言葉に、鳥がまた、短くも甲高い鳴き声を上げる。返事のようなものだろうか。

 さすがにアムティの乗っていた大きな鳥とは違って、いささか乗り心地が悪い。だが他に選択肢もないのだから仕方がない。リトリィの腰に腕を回して、しっかり密着して乗る。


「では、参りますね?」


 リトリィが慣れた手さばきで手綱を振ると、騎鳥シェーンは素直に従って走り出した。いつの間に覚えたのだろうと思ったら、ナリクァンさんの手ほどきの一つだったようだ。


「あの人は何でもできるんだな」

「お貴族さまでしたから。おいえの危機にはひと働きできるように、お料理からけがのお手当てのしかた、騎獣のあつかいまで、ひと通りのことはできるようにしつけられたそうですよ?」


 噴水の脇を通り過ぎながら楽しそうに語るリトリィに、俺はやっと気がついた。


「……リトリィ、いつから正気に返っていた?」


 途端に、彼女の背が伸びる。

 忙しくぱたぱたと耳が立ったり伏せたり。


「……ひょっとして、ずっとか?」


 俺の探りに、リトリィはぶるぶると肩を震わせた。

 背の高い生垣に囲まれた庭園の中で鳥の足を止めさせると、少しためらうようにしたあと、けれど震える声で、ちゃんと答えてくれた。


「だ……だってあんな、じぶんから……はしたないことを、ひとまえで……」


 ――そうだった。冒険者の三人が飛び込んできたときも、彼女はまるで聞こえていないかのように、俺の上で……。


「……でもあのときは、あなたがほしくてほしくて、どうしようもなくて……じぶんでは止められなくて……」

「……わかった、ごめん。無神経なことを聞いた」


 あんなありさまだったのだ。

 何があったのか、なにをされたのか――聞く方が無粋だろう。

 薬物で正気を失っていたとはいえ、辛いことを思い出させてしまったと、自分のうかつさを呪う。彼女が手元に戻ってきた、それだけで十分に満足すべきだったのに。


 ところが、思考を先走らせてしまった俺に対して、リトリィが取り乱した様子で、俺に訴えてきた。


「わ、わたしはちゃんと、清いままですよ? ここ・・にはムラタさん以外のひとになんて、指一本ふれさせていませんから!」


 そう言ってリトリィは俺の手をとると、そのまま彼女の中心部――秘裂の奥に導いた。いくらすでに暗く、そして生垣で人目につかない場所にいるとはいえ、彼女のあまりに急な行動に面食らう。だが、リトリィは必死な様子で訴えた。


「わ、わたし、あなたが来るまで、ちゃんとがまんしたんです。あなたが来てくださるって、ずっと信じていましたから。ずっとずっと、がまんしました。いまだって、がまんしてるんです。じぶんでさわるのも、がまんしていたんですよ?」


 彼女の手で導かれたそこは、おどろくほどたっぷりの蜜で潤っていた。内股の毛も、しっとりと濡れたままだ。


「……自分で触るのも我慢していたって、それはどうしてだ?」

「だって……わたしのからだはすべて、あなたのものですから」


 ……あまりにも健気な答えに、俺は改めて彼女を抱きしめた。その頬に指を滑らせ、顔を後ろに向けさせる。

 指とはいえ、待ち望んできたものを迎え入れたためだろう、荒く、上気した吐息を漏らすその唇をふさいだ。


 なんだか随分久しぶりな気がして、しばらく互いの舌の感触をむさぼりあったあと、俺が唇を離すと、リトリィが名残惜し気に俺の唇をなめる。その愛おしさのあまり、もう一度軽く唇を重ねてから、聞いてみた。


「……じゃあ、ずっと、正気でなかった振りをしていたのは?」

「だ、だって! あんな姿をさらしていたんですよ?」


 俺がリトリィを発見したとき、確かに彼女は正気を失っていた。

 彼女は飲まされた薬物やお香せいで、相当に強い性衝動に支配されていながら、それでも俺が来ることを信じ、耐え続けたのだ。

 あの貴族の男に、どんなに甘い言葉をささやかれ、挑発されても。


 だからこそ、その衝動を解放してもいい相手、つまり俺の姿を認識してしまったとき、もう、あふれる衝動を抑えられなくなってしまったのだという。


「だって……だって、ずっと待っていたムラタさんが――わたしのだんなさまが来てくださったんですよ? あのとき、あなたのお声が、お姿が、どんなにうれしかったか、どんなにいとおしかったか……!」

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