第369話:黄金色の弾丸

「りあるばうと☆ガロウ、推参」

「……り、リアルバウト?」

「クソオス、お前が付けた二つ名だろうが」


 俺の前に立つ、狼の顔と枯草色の毛並みをもつ、リトリィと同種の存在――ライカントロプス、と言っていたか。

 人間の姿と狼男の姿を、自在に変ずることのできる古代種の男――!


「ちびっこいくせに気の強い、お前の嫁に銅貨一枚で頼まれたんだ。人使いの荒いヤツだ」

「銅貨、一枚……?」

「ギルドでメシを食っていた時だ。急に俺の席のところに来やがってな」


 ガロウは、ごそごそと腰の袋から一枚の銅貨を取り出した。

 ――小銅貨。もっとも安い貨幣だ。


「お姉さまを助けてくれ、だとよ」


 ガロウは薄く笑いながら、その小銅貨を再び袋にしまい込む。


「お姉さまだと? リトリィレンガ割りはオレのメスだ。今はクソオス、お前に貸してやっているだけだ。――まあ、そんなことはどうでもいい。お前を手伝って取り返してきてくれと言ってきてな。やっぱりいいメスってのは奪い合いだ。だからオスは強くなければならんというのに」


 ガロウを警戒し、唸り声を上げるリトリィを、憐れむような目で見下げる。


「……あの・・こうをかがされたんだな……かわいそうに」


 一瞬、ガロウが何を言ったのか分からなかった。

 かわいそう・・・・・

 ガロウが、リトリィを、かわいそうだと言った……?


 あの香――リトリィを狂わせたあの薬物のことを知っている素振りも驚きだが、ガロウの口から「かわいそう」という言葉がでてくるとは。

 彼のこれまでの言動を思い出す。自己中心的で、自分の目的のためなら相手のことなど一切考慮しなかった男が、リトリィを見て、かわいそうだって……?


 ガロウの険しい目が、いっそう鋭くなった。

 自分たちを包囲する騎士たちを、ぐるりとにらみつける。


「……このメスは、いずれはオレのものにするんだ。仔を産ませるくらいならともかく、こんなザマにするとは……」


 腕と足を広げ、中腰になり、軽く拳をつくると、ガロウは短い咆哮を上げた。


「――許さねえ!!」


 広げた足をさらに、音もなく静かに、床に叩き付けた瞬間だった。


「アオオォォォオオオオオン!!」


 狼の遠吠えの如き叫び声とともに、まるで漫画か何かのように何かのチカラに包まれたかのようなガロウは、黄金きんの弾丸のように跳んだ。


 ドガッ!!


 黄金色の残像がガロウに追いついた――そう思ったときには、彼の体当たりを受けた鎧騎士が、浮き上がって吹き飛んでいた――あの鉄製の、重そうな鎧を着た人間をだ!

 何かの冗談でも見るかのような光景に、俺は目を見開いたまま、動けなかった。


 黄金色の弾丸の蹂躙は、それだけにとどまらなかった。


 床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴って、黄金色の光の塊が、決して狭くないはずのこの部屋の中を、縦横無尽に跳び回る!


 それはあまりにも一方的だった。

 それは戦いとすら呼べなかった。


 動きの鈍い木偶人形を、跳ね回る黄金色の弾丸が変幻自在に撃ち抜いてゆく作業、ただそれだけだった。

 

 次から次へと騎士たちをなぎ倒してゆくのを――パニックに陥った騎士たちがなすすべもなく倒れてゆくのを、俺はただ、見ていることしかできなかった。


「……フン。他愛もない」


 最後に残った――おそらく残した・・・十騎長――マンディールの首を、片手でつかんで吊り上げたガロウは、だらりと力が抜けたことを確かめて無造作に投げ捨てる。


 気がついたら、なだれ込んできていた騎士たちのすべてが、床に転がっていた。誰も彼もがうめきながら、しかし立ち上がれないでいた。


「殺しはしていない。レンガ割り・・・・・のメスは、殺すときっと後でうるさいからな」


 だから、リトリィを妙なあだ名で呼ぶなって!

 だが、俺の抗議などガロウは全く気にしない様子で、「おい。邪魔者は排除したぞ。逃げるんじゃないのか」と、こともなげに言った。


 ガロウの言葉に我に返る。そうだ、早く脱出しなければ。

 俺は慌ててリトリィの手を引き、同じく、いま我に返ったようなアムティの騎鳥シェーンの後ろに乗せようとしたが、リトリィは首を振って俺から離れようとしない。


「あーもう、じれったいねェ! アンタが先に乗ればいいんだよォ! そうしたら、この娘だって勝手に乗ってくるさ!」


 なるほどと、おっかなびっくりアムティの後ろに乗ると、リトリィは頬を膨らませ俺とアムティの間に飛び乗ってきた。急に割り込まれて、俺が落ちそうになる。

 ……なるほどアムティの言う通りだった。


「で、このメスどもはどうするんだ?」


 ガロウが、親指で獣人の娘たちを指差す。

 彼女たちは、ガロウの強さを目の当たりにしたせいか、さっきまで俺たちを包囲していた時と違い、俺たちを遠巻きにして、壁のすみに固まるようにしていた。さすがにあのガロウ相手に、自分たちの力でどうにかできるとは思えなくなったらしい。


「彼女達は……」


 部屋を見回すと、あの猫属人カーツェリングの娘が、俺のことを美しい花園を踏みにじった悪漢であるかのように俺を睨み返してきた。


 ……そうだ、彼女たちにとってはここは幸せな花園だったのだ。

 だが、だからといって俺はリトリィをここに置いていくつもりはない。


 リトリィは、俺が幸せにしてみせるのだ。彼女が、そう望んでくれたのだから。


 けれど、彼女たちはここに置いていくしかない。

 それが、彼女たちの選んだ生き方なのだから。


「そうか。……お前がそう言うなら、オレは別に構わん。オレもここにいるメスどもには、特に興味はないからな」


 ガロウは首を鳴らしながら返事をしたが、その顔は見る見るうちに険しくなり、忌々しげに舌打ちをした。


「おい。また来るようだぞ、どうするんだ」


 ダルトも同じく顔をしかめる。


「ガロウの言う通りだ。もうすぐ騎士団の連中がまた、こっちに押し寄せてくる」

「なんだって!? おいガロウ、お前ここにはどうやって来たんだ? ぶちのめしてきたんじゃないのか?」


 慌てる俺に、ガロウはごく当たり前といった顔で答えた。


「ニオイと音で、お前らがここにいるのはすぐに分かったからな。向こうの建物とこっちの建物、その壁を交互に蹴って上ってきた」

「おいっ! 向こうの建物って、五メートルくらい離れてるんだぞ! お前、それを交互に壁蹴りして上ってきたって、いったいどういうジャンプ力をしてるんだよ!!」

「どういうと言われても、そんなもの普通だろう」


 ――ガロウの「普通」が、規格外過ぎた。俺、奴隷商人討伐戦でコイツに殴られて、よく生きていられたな。


「くだらない言い合いはここまでだね。ほら、連中が来るよ」


 ヴェフタールも、今度ばかりは余裕がなさそうな顔だ。


「少し、時間を食い過ぎたみたいだね。あの女性たちを問答無用でなぎ倒して出て行けばよかったかな?」


 それができていれば苦労はなかった。結局、俺たちのだれもが、彼女たち――あの獣人の女性たちをなぎ倒す選択肢を選べなかったのだから。


「それができねえから、俺たちは『正義の味方』なんだろう?」


 ダルトが皮肉げに笑う。


「困りましたねえ。いっそ、『悪の味方』に鞍替えしますか?」

「今さら宗旨替えもしゃらくせえ。ぶちのめして正々堂々、帰るとするか?」

「やるしかないってコトだねェ、こうなったら腹ァくくって――」


 冒険者の三人が、得物を手に、覚悟を決めたらしいそのときだった。


「戦うのが嫌なら、逃げればいいだろう。なにをそんなに深刻になってるんだ、お前らは」


 不思議そうに突っ込んできたのは、ガロウだった。


「逃げればいいって、無茶言うなよ! 飛び降りろとでもいうのか!? お前じゃないんだぞ、みんな!」

騎鳥ウチの子が何人乗せてると思ってるんだい! アタシ一人ならともかく、二人もお邪魔虫をくっつけて飛び降りたら、潰れちまうよ!」


 俺とアムティのツッコミに、ガロウは頭をかいた。


「なんだ、クソオスとレンガ割り・・・・・がいなけりゃ、飛び降りれるということか?」

「だから無茶言うなって! それとも俺たちを置き去りにするっていうのか!」


 苛立ちながら叫んだ俺の襟首を、ガロウがひょいとつかむ。

 これまた何かの冗談みたいに俺とリトリィをつかみ上げたガロウは、俺たちを小脇に抱えて窓辺に立った。振り返って、あっけに取られている冒険者三人に、こともなげに続ける。


「俺はここからずらかるから、お前らもさっさと来いよ」

「……ずらかるって、どうやって」

「クソオス、今さらなにを言っている」


 心底呆れた様子でガロウは窓から身を乗り出した。


「……ま、まさ、か、本当に……?」

「飛び降りるに決まっているだろう」


 そう言うと、縦横無尽に飛び回るこの黄金色の弾丸狼は、まったく、なんのためらいもなく、それが当たり前であるかのように、窓から外に身を躍らせた!

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