第368話:「りあるばうと」な伝説、推参

「……なにが、本物の英雄よ!」


 一瞬、ヴェフタールに呑まれかけた猫属人カーツェリングの女性だったが、すぐにヴェフタールをにらみつけた。


「冒険者に頼ってる時点で、英雄でも何でもないじゃない!体つきだってそこの女冒険者よりも貧弱だし!」

「わかってないですね、君は」


 ヴェフタールは悠然と言い放った。


「確かに彼は貧弱ですね。でも、騎士でも兵士でも冒険者でもない彼が、僕ら冒険者を雇って、最前線でここに来てるんですよ?」

「だからなに!? それがどうしたっていうのよ!」

「彼はね? 厄介事を僕ら冒険者に任せきりにせずに、自分から最前線に立って愛する妻を奪い返しに来たんですよ。自分が貧弱なことを理解した上で、一番可能性が高い方法を即座に選んで、ここに来ているんです。自分の危険を顧みずにね? まさに英雄じゃないですか」


 ヴェフタールは、ゆっくりと女たちを見回した。


「なるほど、君たちは不幸だったのかもしれない。その君たちに手を差し伸べて、心安らかに暮らせる場所を与えてくれたフェクトアンスラフ公は、確かに救い手なのでしょう」


「でもね? この二人は、そんなものは欠片も必要としていなかった。自分の愛する人を自分で選んで、自分の足で生きていこうとしている人たちなんです。だったら、それを邪魔して奪おうとするやつの方が悪者に決まってるでしょう?」


 そして、にんまりと、笑ってみせた。


「そして僕らは、正義の味方ってわけです」

「ヴェフ。アンタねェ、いちいち煽るんじゃないよ」

「煽る? いやですねえ、僕は事実を言っているだけですよ?」


 それを煽るって言うんだよ! というか、絶対に分かってやってるだろ!


「フェクター様を、悪ですって!? あなたたちこそ許さない!」


 女性が叫んだ時だった。


「アム、ヴェフ。時間だ、奴らが来てしまった」


 ダルトが短剣を構えた。


「来ちゃいました♥、なんてね」


 ヴェフも腰の剣を抜く。真剣なダルトと違って、こちらは妙に楽しそうだ。


「来ちゃいましたって……なにが?」

「この状況で『来ちゃいました♥』なんて、決まってんでしょォ!」


 アムが苛立たし気に剣を抜いた、その直後だった。


月耀げつよう騎士団十騎長、マンディール見参! 狼藉者どもめ、神妙にしろ!」

「ほら、来ちゃった♥」


 ヴェフタールの言うとおり、銀色の鎧に身を包んだ男達が扉を蹴破るようにしてなだれ込んできた。


「おいヴェフタール! 『来ちゃった♥』、じゃないだろ! どうすればいい!」

「どうって……逃げるしかないんじゃないですか?」

「この建物はここしか出入り口がないだろ! 逃げることができそうな広い窓だって三階にしかないんだぞ!」

「そんなうろたえないでくださいよ、せっかくさっき、あなたのことを英雄って持ち上げておいたんですから」


 ヴェフタールはそう言うと、実に楽しそうに笑ってみせた。


「いざとなったら飛び降りればいいんです」

「三階から飛び降りて無事に逃げられるわけないだろ!」

「逃がすと思うか!」


 マンディールとやらが、俺たちに剣を差し向けたときだった。


「逃げられないと、誰が決めたんだい?」


 言い終わるか終わらないか――マンディールの体が吹き飛び、真後ろにいた騎士を巻き込んで派手に床に倒れる。


騎鳥シェーンの蹴りの威力、まさか知らないアホウばかりじゃないよねェ?」


 アムティが不敵に笑った。

 いきなり隊長を襲われ蹴り飛ばされて、そのほかの騎士に動揺が走る。


 騎士ならば当然、馬なり騎鳥シェーンなりに乗るのだろうが、ここは屋内。馬や騎鳥シェーンやらに乗っている者は一人もいない。

 俺たちみたいに騎獣にまたがって館の中に侵入するなど、騎士には思いつかなかったんだろう。


「ひ、ひるむな! 月耀げつよう騎士団の名に泥を塗るつもりか! ええい、かかれ!」


 さすが十騎長だけあって、鳥に蹴飛ばされただけでダウンしてくれるわけではなかったか。マンディールが首を振りつつ身を起こす。


「ちいっ……! ムラタァ! ぐずぐずしてんじゃないよォ、とっとと乗りな!」

「乗りなって……そっちがそんなに動いてたら、乗れるわけないだろ!」

「飛び乗れって言ってんだよォ!」

「こっちはリトリィを抱えてるんだ、無茶言うなよ!」

「無茶でもなんでもやらなきゃ突破できないんだよォ、とっとと飛び乗りなァ!」


 アムティが怒鳴りながら、また一人の騎士を鳥に蹴らせる。

 ヴェフタールもダルトも同じだ、剣を構えながらも、敵の攻撃を凌ぐためにしか使っていない。

 ……そうか、敵とはいっても、おなじ街の住人。しかもこの街の貴族の騎士。斬ってしまえば、確実に問題になるということか!


「ムラタァ! 早くしなッ!」

「だから無茶言うなって!」


 くそっ、どうする、どうしたらいい!

 ――と、その時だった。


 ガチャン!


 破砕音と共に、脳天にすさまじい衝撃を食らう!

 一瞬、何が起こったか分からずに、衝撃に屈して膝をついた。

 ばらばらと飛び散る、陶器の破片。

 首筋を濡らす水。


 ――水差し!


「その子を返しなさい! フェクター様以上に私たち獣人族ベスティリングの女を幸せにできる人なんて、いやしないんだから!」


 後ろを振り向くと、これまた原初プリム――動物に近い顔かたちの犬属人ドーグリングの女性が、おそらく俺の脳天に叩き付けた水差しの、その取っ手だけを握っていた。


 それまで俺にすがりついて正体を失っていたリトリィが、その女性を敵と認識したか、喉を鳴らして向き直る。


「まて……待てリトリィ! 大丈夫、俺は大丈夫だから!」


 リトリィの腕をとって制止する。俺はともかく、彼女に人を傷つけさせるわけにはいかない。幸い、工事現場でも使っている革の安全帽ヘルメットのおかげで、衝撃こそ大きかったけどどこかが傷むわけじゃない。


 とはいえ、相手を傷つけることを避けたいこちら側の事情などまったくお構いなしに、向こうはこちらを傷つける気満々だ。どうする、どうしたらいい――!?


 ……できるだけ相手を傷つけず、なんて甘いことを、考えるべきじゃないのか? だが、アムティもヴェフタールもダルトも、そのように動いている。連中にとって俺たちは賊であっても、俺たち自身が賊に「なる」わけにはいかないことを、みんな分かっているわけだ。


 ヴェフタールじゃないが、俺たちが「正義」の側に立っていなければならないってことだ。そうしないと、ナリクァンさんが今回の後始末をつけるときに、有利に進めることができなくなる恐れがあるってことだ。


 くそっ……くそっ!

 万事休すか――!?


「賊めが、死ねェっ!!」

「――――!?」


 左腕をひっかく感触。

 一瞬、何が起こったかが分からなかった。

 飛び散る赤いものが、なんであるかも、理解できなかった。


「ムラタァッ!?」

「ふんっ! 俗人が騎士にかなうわけがなかろうが!」

「くっ……邪魔、なんだよォ!」


 俺のほうに首を向けたアムティだが、その隙に羽根つきの兜の騎士に剣を向けられ、それに応じざるを得なくなる。


 左腕に、熱い鉄の棒でも押し付けられたかのような感触を覚える俺は、いま、あらゆるものがスローモーションに見えた。


 剣を再び振り上げた騎士が、俺の目の前に迫る。

 それは分かっているのに、体が動かない。

 ……ああ、人は本当に重大な状態に置かれたとき、思考の速度が速まるというけれど、まさにその状態に今、俺はいるのだ――


 このまま脳天を叩き割られるのだろうか。

 それとも袈裟懸けに胸から脇腹にかけてやられるのか。

 いずれにせよ、鮮血をまき散らして倒れる自身がリアルに脳裏に描き出される。


 いやだ、

 待て俺は、

 リトリィを、

 まだ幸せにしてやれていない――


 目の前に迫るその剣を凝視しながら、それでも動けずにいた俺は、


 天井を・・・蹴った破裂音と、

 騎士の体がへしゃげるように吹き飛ぶのと、

 そして――


「おいクソオス。オレのメスを預けておいて、そのざまか」


 枯草色の毛並みの男がそこに立つ、その一連の流れに、すぐには思考が追い付かなかった。


「が、が――」


「りあるばうと☆ガロウ、推参」

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