第365話:突入!

「……あの貴族の家だったのかよ!」


 ふらつく頭を押さえながら、俺は思わず大きな声を上げてしまった。


「ムラタさん、大丈夫ですか! 何が見えたんですか!」


 マイセルが、困惑を隠せない表情で俺を支える。

 彼女に「大丈夫、リトリィは無事だから」と伝えるが、マイセルの表情が和らぐことはなかった。


「ムラタさんの顔を見れば大丈夫なわけがないことくらい分かりますから! 何を見たのか教えてください、一緒に考えましょう!」

「そんな時間は――」

「やみくもに行動することが一番だめだって、この前の時にムラタさん、思い知ったんじゃなかったんですか!」

「わ、分かった、話すから――」


 マイセルに両肩をつかまれてがくがくと揺さぶられ、俺はたまらず降参の意を示した。


「おーおー、やるねェ、お嬢ちゃん。すっかり亭主の扱い方を覚えちゃって」


 ニヤニヤと笑うアムティにむっとしながらも、俺は腹をくくった。

 見たこと、聞いたこと、そして交信を通して感じたリトリィの気持ちを、なるべく手短に、そして感情を交えず、事実のみを話した。


「……そんな、そんな! それじゃお姉さまは今――!?」

「……アンタの嫁ってさァ、そういう厄介者を呼び寄せるナニかをさァ、背負ってるんじゃないのォ? アンタも含めて、ねェ?」

「……その貴族に心当たりはあるのかな? その口ぶりだと、以前から狙われていたように、僕には感じられるんだけれど?」


 ヴェフタールの言葉に、俺はハッとする。

 本当だ、確かにそうだ!

 『半年近く』、確かにそう言っていた。半年近く――半年!?


「俺が、リトリィたちと結婚したころ……?」


 そして、思い出した!


「あいつ――あいつだ!! ナリクァン夫人にケンカを売って、リトリィが欲しいと言った、あいつ!!」


 なぜ忘れていたんだろう、あのクソ貴族!

 あの軍服のような派手に真っ赤な服、金糸の装飾、肩の飾緒モール……あのときと同じだったというのに!


 俺はふらつく頭を押さえながら、アムティとヴェフタールに迫った。


「あんたたちを雇いたい! 今すぐだ! あと、斥候スカウトができる冒険者を知らないか!」

「……なァに? アンタ、今度は貴族にケンカを売る気ィ?」




「ホントに行くのォ?」

「行く。あんたたちが付き合ってくれるからな」

「あの子はどうするのォ?」

「置いていくことは、きっと分かってくれる。――巻き込みたくない。万が一のことを考えれば」


 マイセルは、イズニアと共にマレットさんと瀧井夫妻、そのあとでナリクァン夫人のところへ行くようにと伝えてある。その後、マイセルが冒険者ギルドに戻ってきたら出発すると。特にマレットさんには、すぐに動かせる大工を連れて冒険者ギルドに向かわせてほしい、と念を押しておいた。


 イズニアを同行させたのは、例のリトリィとの接続の記録をナリクァン夫人に見せるためだ。あれは、ごくわずかな時間なら、俺とリトリィのやり取りの記録が残るらしい。

 ナリクァン夫人に、最後の数秒間だけでも見てもらえば、何が起こったか、理解してもらえるだろう。

 そうすれば、リトリィを可愛がってくれている夫人のことだ。きっと俺の意図を汲んで動いてくれる。


「あのコが騙されたことに気づいたらさァ、アンタ、捨てられるかもよォ?」

「それでマイセルを守ることができるならそれもやむなしだ。――騎鳥シェーンの準備はもう、できてるんだろう?」

「なァに? また後ろに乗せろっていうのォ?」

「カネはもう払ったんだ。付き合ってもらうぞ」

「ああヤダヤダ。庶民が小金持ちになるとこれだから」


 そう言いつつアムティはヴェフタールと目配せし合い、舌なめずりをしてみせた。


「ただ、お貴族様ってやつをぶん殴れる、またとない機会でもあるよねェ……?」

 



 俺たちは、鐘塔の現状の視察という名目で、例の貴族の館の執事――レルバート氏から塔の鍵を預かり、侵入していた。「こんな時間からですか?」といぶかしげに問われたが、なるべく早く進めたいから、と誤魔化した。


 俺がおっかなびっくり上った階段は、すでに多くの資材を運ぶために補強されていて、マレットさんとその弟子たちも、危なげなく駆け上っていく。


 計画はこうだ。

 マレットさんをはじめとした大工達が、壊れたクレーンを最低限動くようにする。クレーンの故障の原因は滑車の歪みなので、いっそ滑車を破壊してしまうことで、鐘を落としてしまうのだ。


 鐘を下ろす際に使われるはずだったロープの尖端に、柱材だった一抱えもある石のブロックをくくりつけておけば、鐘の落下と同時に石のブロックも引っ張られる。

 地上百尺――およそ三十メートルの高さから飛び出していく石のブロックだ。突然落下する鐘に引っ張られたブロックは、隣に建っている例の貴族の屋敷に、勢い余ってカッ飛んでいくはずである。


 塔の下には緩衝材代わりの木箱を大量に積み上げておいた。が、まあ気休めだ。多分、鐘は割れてしまうだろう。


 歴史ある鐘の破壊という犠牲を払うのだから、できれば屋敷を直撃してほしい。ちょっとした穴くらいは開いてくれると御の字だ。

 だが庭園に落ちるだけでも構わない。それなりの衝撃になるはずだから、警備の人間もそちらに走るだろう。


 その隙に、手薄になるであろう正門から、一気に乗り込む。リトリィは、イズニアの地図が正しければ独立した北の別棟らしきところに監禁されているようだから、そこを急襲する。


 急襲班は、俺とアムティ、ヴェフタール、そして、斥候スカウトである「銀閃の」ダルト。

 ダルトは、奴隷討伐戦の時にインテレーク捜索時に同行してくれた、投げナイフのスペシャリストだ。彼が同行してくれているのは、なんとも心強い限りだ。


 ついでにマレットさんの弟子たちが一緒に突入し、「雇い主たるお貴族さまのお屋敷の様子を見に来た」というていで、攪乱要因として働いてもらうことになっている。わずか半刻(約一時間)のうちに、よくもこれだけの人間を集められたものだ。


『なに、お前さんが困っているそうだ、鐘塔で作業する人を集めたい――そう言っただけで、ヒヨッコどもが声を掛け合って動ける奴をかき集めてきたんだよ。お前さんの人徳だな』


 そう言ってマレットさんは笑っていたが、俺の人徳じゃない、言うまでもなくマレットさんの人徳だ。


 俺は本当に、この世界に来てから人に恵まれた。


 マレットさんだけではない。いま塔の上で細工をしてくれている大工達のほとんどは、あの焼けた家の再建で一緒に働いたベテランの大工達だ。

 全員、あの工事の時に支給した保護帽ヘルメットと、リトリィがこしらえてくれたカラビナつきの、俺が監修した墜落防止器具フルハーネスを身につけて。


 マイセルは、ナリクァン夫人の説得に成功しただろうか。なんだかんだ言っても、夫人がこの街の実力者なのは間違いないのだ。なんとか俺の意図を理解してくれることを祈るしかない。


 夕焼けのとばりがあたりを包み、数メートル先の相手の顔もよく見えなくなってきたころだった。


 ――きらりと、塔の上から目を指す光が落ちてきた。


 キラ、キラ、キラ……キラ、キラ、キラ……


 間違いない! 準備完了の合図だ。


「アムティ、ヴェフタール、ダルト。準備ができたそうだ」

「ふっ……キミのお姫様をかっさらいに行く準備ができたというわけだね」


 ヴェフタールが笑ってみせる。

 俺はうなずき、合図を返した。

 はっきり言って穴だらけの作戦だ。

 本当なら、もっともっと練る必要があったはずだ。

 だが、そこは臨機応変が信条の冒険者たちの働きに期待するしかない。


 その時だった。


「やっぱり、ここにいた……!」


 騎鳥シェーンにまたがってかけてきた、一人の少女。


「ムラタさん、ごめんなさい……! ナリクァン様は、動けないって――」


 マイセルだった。涙をぼろぼろこぼしながら騎鳥シェーンから飛び降りると、俺の乗る鳥に駆け寄った。


「ナリクァン様はやっぱり、私情では動けないからって! お話は分かったけれど、助けるまでは、あなたたち自身の力で何とかしなさいって……!!」


 息荒く、しゃくりあげ、鼻をすすりながら、涙でぐちゃぐちゃの顔で、鳥に乗る俺の足にすがりついてくる。


「ごめんなさい……ごめんなさい、私がもっと、上手にお話、できてたら……!」


 泣きじゃくるマイセルの頭を撫でながら、俺は彼女の労をねぎらった。三つの家を飛び回って来たのだ、すくなくともマレットさんと弟子の大工達の助力は得られている。それだけでも感謝しかないのだ。


 それに、ナリクァン夫人は「助けるまでは」俺たちでやれと言った。

 ということは、逆に言えば「助けてからは引き受ける」ということだ。助け出したあとの身分保障は、ナリクァン夫人の政治手腕に期待するしかない。


「大丈夫だ。もうすぐ俺たちも突入するところで――」


 言いかけたときだった。

 大きな破裂音のようなものが響いてきて、俺たちは全員、鐘塔を見上げた。


 なんと、巨大な鐘が落下してきたと思ったら、がくん、と止まったのである。

 鐘は、自然石で出来た塔の壁に衝突すると、大きな音を立てた。おそらく、紐の先にくくりつけた石がクレーンに引っ掛かってしまったのだろう。

 くそう、誤算だった!


「ムラタァ! どうするんだい! 止まっちまったよォ!?」


 アムティが怒鳴るが、俺もどうすればいいかなんてもう分からない。


「少なくとも派手な音は鳴ったんだ、警備の兵士たちの注意はそれているはず! 行こう!」

「ああもう、知らないよォ!」


 アムティが騎鳥シェーンの腹を蹴ろうとした、その瞬間。


 ぐらり、と、塔の上のクレーンが揺れた。

 それは瞬く間に大きく傾き始める。


 さらに、引っかかった部分がどうかなったのか、また鐘がわずかに落下し、そして引っかかって止まり――


 その衝撃についに耐えかねたか、クレーンのブームが、ベキバキと激しい音を立てて曲がっていく!


 あまりの光景に息もできないままの俺たちが見守る中、木製の巨大なクレーンから引きちぎられたブームは、引っかかっていた回し車ごと、まるで空中に身を躍らせるように勢いよく塔の上を飛び出した。


 そのまま鐘は、木箱を押しつぶすようにして地面に落下。

 クレーンの巨大な残骸は、屋敷のほうにカッ飛んでいく!


「ああ~……あれは……まずいですねえ……」


 ヴェフタールが言い切らぬうちに――


 ドガラガシャガシャシャーン!!


 すさまじい破砕音!!

 クレーンのブームは、衝突した貴族の屋敷の、その屋根を派手にぶち破る!

 回し車は重厚な屋敷周りの石壁をぶち抜き、勢い余ってさらに屋敷の壁を盛大に粉砕した。


「……や、やっちまった――」


 俺は、想定外の損害を叩き出したことに頭を抱え――

 そして、突然走り出した騎鳥シェーンから振り落とされそうになった。


「何言ってんだいムラタァ! これこそ絶好の機会さァ! 正面になんて回ってられるかい、あの壁の破れ目から突入だ! 行くよォ!」

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