第361話:手がかりはふわもこしっぽ

「はあ? リトリィさんがいない? そりゃまたどういうことだ?」


 俺の言葉に、マレットさんがすっとんきょうな声を上げた。


「俺が聞きたいですよ! 馬車も、馬車の御者も行きとは違っていて、何を聞いても知らぬ存ぜぬで!」


 鐘塔から戻ったら、見知らぬ馬車、そして見知らぬ御者が待っていた。そして肝心のリトリィの姿はどこにもなかったのである。


「お連れ様ですか? さあ私は存じませんね」

「知らないだと? じゃあ、お前は一体どうしてこんな所で俺達を待っていたんだ」

「あっしはそうやって頼まれたからここにいただけでさァ。で、旦那がた。乗るんですかい? それとも乗らないんですかい?」


 問い詰められてものらりくらりとかわされ、結局まともな情報は何一つ得られなかった。

 急いで馬車をギルドに向かわせたが、やはりリトリィはそこにはいなかった。

 ギルド長にも迫ってみたが、「わしがケダモノ趣味だとでも言いたいのか! 一緒にするな!」と顔を真っ赤にして怒鳴り始めたので、話にならなかった。


 そして、もちろん家にもいなかった。


 俺はマレットさんの家に走り、そして、マイセルと手分けして知る限りの人たちから情報を集めようとしたが、有力な手がかりはなかなかつかめなかった。


 本当はナリクァン夫人を頼りたかったが、前回もその組織力に頼ろうとした結果、一度は抹殺されそうになるという、シャレにならない事態を引き起こしかけた。あの人に頼るのは、本当に最後の最後にした方がいい。

 また、ナリクァン商会を動かすためには、商会の人間を動かすコストに見合った対価も必要だ。しかし、その対価となる何かなど、今は思いつかない。


 万事休すだった。




「くそっ……どうしたらいい!」


 リトリィがいない――それだけでからっぽに感じられる家で、またしてもリトリィを、愛する女性を失う自分の無様なありさまに、俺はマイセルと共にしばらく泣いていた。

 あれから何日経過したのかも思い出せないくらいに、心が摩耗していた。

 

「リトリィ……君はキノコの国のお姫さまかよ……」

「キノコの国、ですか?」


 「お腹が減っていてはいい考えも浮かばないですから!」とマイセルが作ってくれた麦粥をすすりながらつぶやくと、カップに紅茶を注ぎながらマイセルが首をかしげた。


「……俺の故郷には、そういうお話があってさ」


 助けても助けてもなお奪われる、どこぞのキノコの国のお姫様を思い浮かべる。だが、そのお姫様を飽きもせず何度も救い出してくれる赤い帽子の陽気なイタリアン配管工は、この世界にはいない。


「一体誰に頼れば……」


 頭を抱えたときだった。


「――頼る……そうですよ! どうして思いつかなかったんだろう、冒険者ギルド!」


 マイセルがティーポットを放り出す勢いで叫ぶ。


 そうだ、どうして思い出さなかったんだ!

 この世界には赤い帽子の配管工はいないけれど、冒険者はいるんだ!

 以前は明確にリトリィを奪われた、明白な人さらいだった。

 だから冒険者を頼った。

 でも今回だって、行方不明という立派な事件なんだ!

 人探しの合言葉も覚えている!




「またあんたなのォ? あんたの女は、何回さらわれたら気が済むんだい?」


 冒険者ギルドにはほとんど人がいなかった。けれど見知った顔――アムティとヴェフタールが二人で皿を突いているのを見つけて声をかけたのだ。

 以前、リトリィをさらわれたときに世話になった二人だが、マイセルは直接の面識がほとんどないためか、俺の後ろに身を隠すようにしている。


「知っての通り、この街ではほとんど法術が使えないけどさァ、魔煌レディアント銀の結晶があれば使えるのは知ってるよねェ?」

「聞いたことくらいは……」


 たしか、レディアント銀とかいう鉱石を掘り尽くしたから、魔法――法術が使えなくなってしまった土地、とかいうところなんだったっけ、この街は。


「だからさァ、法術が使えるくらいに魔素マナが充填されてる結晶ってなかなか高いんだよねェ。でさァ、ここに――」

「買った!」


 以前、リトリィをさらわれてからというもの、こんなこともあろうかと、俺は上着の内ポケットに、常に金貨を何枚か縫い付けておいてあるのだ。

 即金、それも金貨1枚を机に叩きつけた俺に、一瞬息を飲むアムティ。

 マイセルも、目を丸くしている。


「……ろくに話も聞かないうちに、いきなり金貨とはねェ」

「妻のためだ、金を惜しむつもりはない!」

「ふーん……前はあんなに泣き言ばかり言ってたのにねェ?」


 アムティが、薄く笑ってみせた。


「アンタ、探したい女の髪の毛はないかい? 一本二本とかじゃなくて、束ねられるくらい、多い方がいいんだけどォ?」

「髪の毛?」

「そォ。これからアンタに紹介するのはさァ、法術っていうよりは呪術に近い方法でねェ。探したい相手の髪の毛を使うのさァ」


 呪術!

 呪ったりするってことか!? ――リトリィを!?


「バカ、そうじゃないってェ。髪の毛を手掛かりにねェ、術で捜索しようっていうのさァ」


 ……ますます怪しい。藁人形と五寸釘の呪いアイテムが浮かんでくる。


「……そんな都合よく髪の毛の束なんて、持っているはずがないか。アムティが変な希望を持たせて悪かったな、忘れてくれ」


 ヴェフタールが、大して悪びれた様子もなく言ってみせる。まあ、こいつはこういう奴だったな。


「髪の毛じゃないけど……これでいいか?」

「んん~? なんだい、これェ?」


 俺が懐から取り出したのは、家の鍵につけてあるキーホルダー。リトリィが換毛期に抜けた自分の体毛を使って、尻尾のようなアクセサリーを作ってくれたのだ。

 辛い日雇い労働の仕事の合間、ふわもこ・・・・なこの感触に、どれだけリトリィを身近に感じ、癒されたことだろう。


「……あァ、そういえばアンタの嫁さん、やたらめったらふわっふわの獣人族ベスティリングだったねェ……。

 ホントは髪の毛のほうがいいんだけどさァ、まァ、これだけたくさんあればまず失敗はないでしょ、ついてきなァ?」

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