第362話:夫たる者の矜持

「で? あんたの探し人ってのは獣人族ベスティリングなのかい?」


 深い紫色のフード付きのローブをはおり、右目の泣きぼくろが印象的な切れ長の目の、いかにも占い師か魔法使い、といった装いの女性冒険者は、ゲザと名乗った。

 俺から受け取った、例のリトリィの体毛で作られたしっぽ状のふわもこなキーホルダーを弄り回しながら。


 どこか幼ささえ感じる若さだが、どうせこういう魔法職の女性の年齢なんて、当てにならない。この若さで数百歳とか、ふつうにありそうだ。怪しげな薬で若作りをしているのかもしれない。


 そんな彼女の前には、俺が置いた金貨が一枚、そのまま置かれている。


「ああ、その毛の通り、金色の毛並みの獣人族の女性だ」

「金色? ……ひょっとして、春の凱旋式で馬車の上に乗っていたアレか?」


 さすが冒険者だ。あの時のことは、よく覚えていてくれたらしい。


「当たり前じゃないか、女たらしの『剣王』フリートマンのしかめっ面の横で満面の笑みを浮かべてる男女だよ? あんな傑作な絵面はなかったよ」


 そのハスキーボイスに似合わぬけらけらした笑い方に、俺も思わず笑いをこぼす。剣王フリートマン、リトリィを美しいと言った俺に対して、目が腐っていると評した奴だった。


「ああ、ホントに笑えたね、あれは……って、まさかアンタ、あのときの……? また女を奪われたってそういうことなのか?」


 ゲザは陽気な笑いを引っ込めて、心底あきれ果てた、といった目をしてみせた。

 ……悔しいが何も言い返せない。


「情けない奴。それだけ、あんたが何度も取られるようなを手に入れたってことなんだろうけど」


 意味ありげな上目遣いで、俺を見て笑うゲザ。


「ムラタさんのことを情けないってどういうことですか! それに珍獣って、お姉さまのことですか!? いくらなんでもひどいです! 謝ってください!」


 マイセルが、俺の背後から顔を出すようにしてすぐさま噛みついた。俺の服のすそをぎゅっと握っているから、怖くはあるんだろう。それでも、言わずにいられなかったということか。

 マイセルの想いに感謝しつつマイセルを制した上で、俺も釘を刺す。


「……俺のことはともかく、リトリィを珍獣扱いするのはやめてもらおうか」

「ふ、ふうん……? 手に入れた珍獣を二度も取り上げられたヨワヨワクンなのに、口だけは一人前なんだ? ワタシの機嫌を損ねると、肝心の、アンタが妻って呼んでる珍獣を探せなくなると思うんだけど?」


 マイセルに対してはあっけにとられた様子だったゲザだったが、改めて俺に向き直ると、ニヤニヤしながら痛いところを突いてくる。

 たしかに、リトリィにつながる手がかりが欲しいこの瞬間だ。ぐっとこらえる。


「……俺が頼りにならないのは事実だから、俺に関しては何を言われても仕方ない。好きに言ってくれ。だが、だからといってその妻を貶めていいという話にはならないだろう」

「へえ……。そんなこと言っちゃうんだ?」


 ゲザとアムティは、何やら目配せを交わす。


「ねえアム? こいつの依頼、聞かなかったことにしていい?」

「好きにすれば? 依頼を受けるか受けないかなんて、アンタの勝手だし」


 アムティの言葉を聞いて、ニィッと口の端が上がるゲザ。人の足元を見て、報酬カネを吊り上げようとでも言うのだろうか。


 しかし、カネは目をつぶるとしてもだ。面と向かって人の妻を珍獣と呼ぶようなやつを紹介されるとは思わなかった。

 アムティは口こそ悪いし軽口もよく叩く人ではあるけれど、人を貶めるような奴ではないと思っていたのだが。


「俺の妻を珍獣扱いしたことに対する謝罪もなければ、仕事を確実に受ける保証もないのか?」

「アンタさあ、それ、人にものを頼むって態度なのかな?」


 薄ら笑いを浮かべながら、ゲザは声のトーンを下げた。


「自分の不出来の後始末を依頼するんなら、頼み方ってものがあるんじゃないの?」

「依頼をする人間とそれを請け負う人間、俺とあんたの間にはその違いがあるだけで、あんたも俺も同じ人間だ。そこには別に上も下もないと思うが? 侮辱されるいわれもない」


 ゲザは一瞬、目を丸くした。アムティと視線をかわし、こちらをさぐるような目つきをして、そして口元をひくつかせながら、それでも薄ら笑いを浮かべて――すこし震える声で続けた。


「アム、こいつ面白いね。冒険者に向かって同じ人間って言っちゃうんだ。たかが街の人間のくせに」


 そう言うと、手にしていたリトリィへの手掛かり――しっぽ状に作られたキーホルダーを、テーブルに放り出す。


 なるほど。

 そうやって焦る依頼人をじらすことで、有利に交渉進めようという腹づもりなのか、それともただ単に俺をなぶっているだけなのか。


 いずれにしても、俺はどうしようもない失望を感じた。もう、話が通じるとは思えないし、思わない。


「わかった。長年、深淵なる世界の探求にいそしんできたあなたには、庶民のささやかな矜持を理解してもらえないのだろう。残念だがあなたと俺には縁がなかったようだな」

「……え?」


 ゲザは、こんどこそ、呆けたような顔をした。


「……ちょっと待ちなよ。アンタ、自分の大事なひとなんだろう? すぐに捜したいんだろう? そんなあっさりあきらめるなんて――」

「行方不明の妻を案ずる依頼人の目の前で、その妻をわざわざ愚弄した上に、その弱みに乗じてなぶるような交渉の仕方をするような人に、大事な仕事を依頼する気にはなれない」


 そう言って、俺はテーブルの上に置かれたままの金貨とキーホルダーをつかむ。


「あっ――ちょっと!」


 ゲザは俺の手をつかんだ。妙に必死な表情で訴えてくる。


「待ってよ、捜索の法術を使えるのは、この街にはワタシ以外いないんだ! ワタシを使わないって言うなら、困るのはそっちのほうだよ!」

「そうか、希少な術が使える使い手の技量と、その人格の高潔さの度合いは比例しないということを今、思い知らされた気分だよ。残念だ」


 俺は席を立つと、ゲザの手を振り払おうとした。

 ところが、信じられない力で俺の手を離すまいとしてくる。さすが冒険者、魔法使いであっても鍛えているのだろう。


「ちょっと! 自分のお嫁さんを捜したいんでしょ!? ねえ、困ってるんでしょ!? だったら普通、頭下げてでも頼るんじゃないの!?」

「俺の頭ならいくらでも下げてやるが、リトリィを侮辱したことを謝る気がない奴に仕事を依頼する気はない」

「侮辱って、珍獣って言っただけ――」

「また言ったな。あとでギルド長を通して正式に抗議する」

「ちょ、ちょっとぉぉおおっ! 抗議ってなにそれ、なんでそんな極端に思い切りがいいの!? お嫁さんはどうするの!?」

「ああ、一つだけ、礼を言おう。幸い、リトリィのことを可愛がってくれている街の有力者に心当たりがあるんでな。ちょっと怖いところなんで出来れば頼りたくなかったんだが、そっちを頼る決心がついた。ギルドに対するもしっかり考えておく。ありがとう、さようなら」

「え、ええぇぇぇええっ!? ま、待って、待ってよおっ!」


 さっきまでの挑発的な態度はどこへやら、ゲザは妙に必死に俺の腕をつかんで離さない。


「アム、なによコイツ! 依頼者のくせに急に強気になって怒りだすとか、そんなの反則……ってアム! ちょっとどこ行ったの、アムぅぅぅうううっ!」


 気がついたら、いつの間にか、ゲザの隣にいたはずのアムティがどこかに行っていた。さすが冒険者、火の粉を被る前にとっとと退散したってわけか。




「……ごめんなさい」


 ゲザは、ひどくしょんぼりして頭を下げた。


 どうも、いきなり金貨をテーブルに置いて仕事を頼んできた俺のことを、逃げた女の捜索に来た、金持ちで苦労知らずのボンボンだと思い込んだらしい。なまじ奴隷商人討伐のあの凱旋式のことを知っていただけに、余計そう思ってしまったのだとか。


 そして、大人びたハスキーボイスは、法術で作り出していたものだったようだ。

 何より驚いたのが、十六歳の少女だったということ。

 どうも、西の方の森に住んでいた老いた法術師に育てられて、幼いころからみっちりと法術を仕込まれていたらしい。


「……でも、今年の冬明けごろにおばあちゃんが亡くなって。それで、憧れてた街に出てきたんです」


 なにやら身の上話が続きそうだったのだが、俺はそんなものに付き合う義理も余裕もない。


「話は分かった。もういい、こっちも急いでいるんでな。あんたに悪意がなかったのは理解した。この話はこれで終いだ、さようなら」

「ま、ま、待ってください! あの、あの、お仕事します! 必ず見つけてみせますから! だからさっきの金貨、いただけませんか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る