第348話:レンガ造りの家への挑戦
「――アンタか。穴開きレンガの見本なら、とっくにできてるぜ。いつになったら注文に来るのかと、待ちくたびれちまったぜ」
ねじり鉢巻きを締めたレンガ職人は、俺の顔を見た途端、こちらからなにか口にする前にそんなことを言ってきた。
「あれ? 俺、そんな注文、まだしてなかったような……」
「何言ってやがる。今年の冬の明け頃、ふらっとウチに来て穴開きレンガは作れないかって言ったの、アンタじゃねえか」
……そういえば、いま住んでいる家の外装をどうするか思案していたとき、鉄筋を通せるように、穴の空いたレンガ作れるか、と話を持ちかけていたんだっけ。
でもそれは、レンガを外装に採用するときにはそういう発注をする、そういう話であって、試作品を作ってほしい、という話もしていなかったはずだが……。
しかしレンガ職人は、実に得意げな顔をした。
「見てくれ、このレンガ! そのまま積んでも互い違いに積んでも、ちゃんと穴が縦に通るんだぜ! もちろん、モルタルの誤差の分も考えての、穴の広さだ」
そう言って実演してみせる。
「アンタが今日ここに来るまでに、時間はたっぷりあったからな。もう、ぐうの音も言わせねえぜ?」
確かにレンガ職人の男の言う通りだった。余裕を持って作られたレンガの穴は、どう積んでもちゃんと親指程度の太さの竹竿は通る幅だった。
俺は思わず手を叩いて声をあげた。これほど精度の高い穴をきちんと開けてもらえるというのは大変ありがたい。レンガの型枠も見せてもらったが、きちんとした金属製で、大量生産を見越して作られているのが素晴らしかった。
「そういえば、そういう新製品を出す時には、職人ギルドに話を通す必要とかないのか?」
「あんたが放置していた期間の長さをなめるなよ? とっくに申請済みだ」
ただし、とレンガ職人は言った。レンガに穴が開けてあるというのは奇抜なデザインのため誰も採用したがらないということだった。まあ、たしかに穴が開いていたら、それだけもろくなるように感じるだろうしな。
だけど、レンガってのは、垂直方向の荷重に十分耐える力があれば十分だ。
「一応申請は通ったがな、手抜きレンガって散々に言われたぞ」
「それはご苦労かけましたね、すいません。ただこのレンガは今後、俺が使いますから。その時は頼みますよ」
「使うたって、なあ……花壇の周りの縁取りとかそんな程度で、ちまちま注文されても困るぜ?」
「大丈夫ですよ、とりあえず家一軒分をこれからお願いします」
胸を張った俺に、レンガ職人は目を剥いた。
「なんだと!? この前の時もそうだったが急すぎるんだよアンタは! アンタ、レンガが地面から湧いて出るとか天から降ってくるとか思ってねーか!?」
さすがに俺もレンガひとつにどれくらい時間がかかるかぐらいは知っている。
「もちろん、今日明日などと言いませんよ。ほら、三番通りの、先日、火事に遭った家。あそこの再建に使わせてもらうつもりですよ」
「……ああ、あそこの集合住宅か。古かったせいか、火の回りが早かったよなあ、あの家は。アレの再建を担当するってえと……アンタ、マレットのところの大工ってことか? まったく、それを先に言え。それなら話は別だ、いくらでも焼いてやろう。任せておけ」
……なるほど。マレットさんやナリクァン夫人が、俺を自分のグループに取り込もうとした理由がよく分かる。
つまり、この世界――少なくともこの街は、縁故がめちゃくちゃモノを言うのだ。ギルドに所属する徒弟制である以上、縁故が大きな力を持つのは確かに当然だ。もしかしたら、所属する
そう考えると、一級の世襲大工であるマレットさんと縁を持てたっていうのは、本当に、奇跡のようにありがたいことだったのだろう。しかも
「なんだ、両こぶしを握り締めて一人でうなずいて。気持ち悪い奴だな」
――悪かったな! 自分の幸運とそのありがたみを噛み締めてたんだよ!
今回の仕事は、俺が今住んでいる家と違って、それほどスピードを求められていない。よって、施主の希望通り、レンガによる
マレットさんの教えを請えるのも利点だ。
本当は鉄筋コンクリートに挑戦したいのだが、この世界のコンクリートの品質が分からない。接着剤としては既に使ったが、少なくとも俺の知る、石灰岩を用いた「ポルトランドセメント」を使ったコンクリートっていうのは、なかなかデリケートな建材なのだ。
石灰岩を焼いて砕いて砂利を混ぜればハイ出来上がり、そんな簡単なものではないのである。山で作った単純なものは、側溝のような「命にかかわらないもの」だから気軽に作れた。
だが家の建材に使うとなると、話は変わってくる。日本で利用していたような高品質のものが作れるとは限らないからだ。その見極めができるまでは、鉄筋コンクリートは控えるべきだろう。そもそも、鉄筋自体、作れるとは限らない。
今回はマレットさんに教えを請いながら、レンガに慣れることにしよう。
「にしてもだ、なるべく外壁はそのまま流用してほしいって言われてたが、こうも傷んでいてはなあ……」
「そうですね。屋根が焼け落ちたときの破壊跡ですか、あの西側の壁の崩れは」
「そうだ。よく分かるな。……さすがだな」
高温の火で焼かれたうえに、屋根が焼け崩れたときの瓦が壁を傷つけたためだろう、西側の壁はかなりの損傷を受けている。
まずこの散乱する、焼け落ちた二階の床材、そして屋根・梁を構成していた黒焦げの木材、そして砕けた瓦を片付けること、これが容易じゃない。
さらに施主の要望として、可能な限り外壁を再利用することが求められている。これもまた、厳しい。新造したほうが、しっかりと強度を保てるのだ。どうしても、残っていた部分と補習した部分では差ができるからだ。
「でも、それが施主の意向だ。やれといわれたらやるしかねえ。問題は山積みだが、そこはあんたの頭で何とかしてくれや」
「……それが面倒だから、俺に回したんですね?」
「がっはっは、ま、そういうことだ。あんたは頭で家を建てる職人なんだろう? 頼んだぜ?」
バシバシと背中をぶっ叩かれ、俺は思わずむせる。
だが、こういう難しいことこそ、俺は燃えてきたはずなんだ。
低予算で、できるだけ施主の意向に沿おうと午前様まで頑張ってきた、あの経験。
――ああ、やってやろうじゃないか!
「……もう、お父さんったら。ムラタさん、私、お父さんに言ってきます!」
「いいよ。難しい話の方が、かえって俺の信用を上げることになるだろう?」
「だからって――」
マイセルが、我が事のようにぷりぷりと怒っているのを見ると、かえってやる気がわいてくるのが不思議だ。彼女は、この仕事を困難と見なし、それに抗議をしようとしてくれている。
その気持ち自体はありがたい。けれど、それはつまり、俺には難しいことだと思われている、ということだ。
「……確かに難しいことかもしれないけどさ、難しいだけで、別に俺にできない仕事ってわけじゃない。俺の仕事は、人が幸せに住める家を設計すること。人が住めなくなってしまったあの家に、もう一度ひとを呼び込むのが俺の仕事だ。それって、最高の仕事じゃないか?」
「それは、そうですけど……」
「俺はこの世界での実績をもっと積みたい。困難だから楽な仕事を、じゃなくてさ。マイセル、協力してくれ」
そう言って、そっと口づけを交わす。
「……ムラタさんが、そう言うなら……」
頬を染めるマイセルの頭を撫でると、隣でちょっぴり複雑そうな顔をしていたリトリィにも口づけを求める。
「リトリィにも、ちょっと頼みたいことがある。お願いできるか?」
果たしてリトリィの表情は、じつに誇らしげで晴れやかなものになったのだった。
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