第339話:コンペ用二案と無邪気なリトリィ

「マイセル、見てくれ。こいつらをどう思う?」

「どうって……」


 マイセルは、いくつかの案を見て、戸惑った。


「すごくすてきです、だんな様! まるい塔をまるい柱がぐるっと囲むように立っているのが、なんだかかわいらしいですね」


 目をきらきら、しっぽをぱたぱたさせているリトリィは、その万倍も可愛いけどな!

 そんなリトリィと対照的なのが、感嘆のため息を漏らしつつ難しい顔をしているマイセルだ。


「素敵ですけど……ムラタさん、本当にこんなもの、建てられるんですか?」


 俺が見せたのは、ピサの斜塔をリスペクトした円筒型の塔。現役の塔が真四角ならば、円筒型の塔はそれなりにインパクトがあるだろう、という狙いだ。


 先日、何度か行った「写生会」で、あえて「この街では見ない建築様式」を主軸に据えた、斬新さを感じさせるデザイン。


 ドームを作るわけでもないので、技術的にはなんの問題もないだろう。マイセルも、そんなことを言いたいわけじゃあるまい。

 ずらりと立ち並ぶ円柱で覆われたこのデザインだ、間違いなく手間がかかる。見た目の良し悪しはともかく、費用も時間もかかるに違いない。


 それは、最後まで計画通りに進められなくなる恐れがある、ということだ。だが、予算も工期も聞いていないからな。こっちはあくまでも、できそうなデザインを提示するだけだ。


 ほかにも、ゴシック様式をリスペクトした尖塔をいくつももつ塔とか、曲線的なモダン建築をリスペクトしたねじりん棒のような塔とかも合わせて描いてみたが、こちらはまあ、なかばダミーみたいなものだ。できないことはないが、天文学的な予算を要求してやる。


「だんなさま、こちらの四角い塔は……?」


 リトリィが手にしているのは、もう一つの案だ。今の塔を修理、補強するもの。

 アーチ構造を多用した外装をまとわせることで装飾を加えつつ補強。内部も、鉄骨による支柱で補強する。

 近くで見れば意匠の変化に気づくだろうが、遠くから見たシルエットは、今ある塔とほとんど変わらないようにしてある。


 前者の円筒形の塔は完全に一からの作り直しなのに対して、後者の方はあくまでも補修と強化。今ある塔を解体したうえで一から作るよりも、間違いなく早いうえに安くできるだろう。


 鉄骨の接合はリベットかボルトを想定しているが、技術的にどうしても難しいのであれば、木製の支柱もありだ。木は濡れさえしなければ、千年だってもつ建材だからな。


 ところで、なぜ補強をするかというと、今、空いている穴のせいだ。

 話によると、風の強い日には、まるで塔がすすり泣いているかのような風切り音が鳴るのだという。それ自体はさして問題ないのだろうが、問題は内部に侵入した雨だ。


 俺がこの街に来てからしばらくは、雨や雪に困ることはあまりなかった。しかし、それでも結婚から三カ月の間には、それなりにまとまった雨が降ったこともあった。


 先日、塔を上ったときにも、雨が直接当たったり雨水が流れたりする場所の木材はやはり腐食していたし、石材はともかく、接着剤たるモルタルもだいぶ傷んでいるのが分かった。


 そして、露店のおっちゃんの話だ。


『風の強い日にゃあ、すすり泣くような音を立てて身を震わせるありさまになっちまいやがって』


 すすり泣くような、は風切り音として、身を震わせる、という点だ。塔に空いた穴が、完全にカラッポな塔の内部で共鳴して音が鳴る、はいい。だが、木造ならともかく、石造の塔が「身を震わせる」というのは問題だ。


 おそらく、長年の風雨の影響だと思うが、石の塔が揺れる「ようになった」、というのは強度上、問題がありそうだ。接合部のひび割れクラックを調査したわけでもないけれど、少なくともいい傾向ではないだろう。


 ただでさえ、四方は薄い石材の壁、それを途中で支える柱もなく、モルタルの接着だけが頼りというこの塔を活かしたまま利用するならば、鉄骨や木骨での補強は絶対条件だと思われる。


「ムラタさんは、今の塔を活かしたいんですか? それとも、壊してしまいたいんですか?」

「できれば活かしたい。が、そもそもアイデア募集主は、そんなことを考えてもいないかもしれない。だからこそ、事実上、この二つの案だ」


 ひとつは、この街にない斬新、かつ枯れた技術を生かせる円柱塔の案。

 そしてもう一つは、あまり個性的な外観に走らず、街の人々がおそらく見慣れているであろう様式を取り入れつつ、今ある資産を活かす案。できれば、この補修・改良案が通るといいと思っている。


 街と共に「生きてきた」塔なのだ。街の人の愛着も、特に年配の方々にはそれなりにあるようだし、わざわざ壊すまでもない。できるだけ活かしたこの案が採用されると、嬉しいのだが。


 ――という俺の意図を知っているはずなのに、リトリィが俺をソファに押し倒す。


「わたし、この丸い塔、気に入りました! だんなさま、これ建てましょう! こんな可愛い塔なら、わたし、毎日だって上っちゃいます」


 わふわふと頬を舐めてきながらねだるリトリィが、なんだか妙に新鮮だ。こんな幼い仕草をみせるなんて、今までにあっただろうか。マイセルもなんだか苦笑いしている。


「そうだ、だんなさま! 署名入れましょう、署名! だんなさまが描いたって分かるように! わたしたちも、ほら、たとえば剣身の柄にかくれるところに、自分の署名を彫り込んだりしますから!」

「署名?」

「そうですよ! この塔が建てられたら、この図面だってきっとだいじな資料になるんですよ? 何百年たっても、ムラタさんだってわかる、そんな署名をどこかに書いておくんですよ!」


 じつに嬉しそうに提案するリトリィに、マイセルも「それなら……」と妙に乗り気になる。捕らぬ狸の皮算用ってやつか。でも盛り上がる二人を見ていると、それだけ俺に期待をかけてくれているのが分かって、照れくさくもあるが、嬉しい。


「いや、決めるのはコンペの主だからな? まあ、このデザインが気に入ってもらえたら、今ある塔を壊して、これを建てることになるんだろう」

「じゃあ、気に入ってもらえるように、もっと可愛らしくできますか?」

「装飾を増やすと、それだけ時間もカネもかかる塔になるんだがなあ」

「だいじょうぶですよ! お貴族さまなんですから、お金はきっと、いっぱいありますから」


 しぼりとってあげましょう、とニコニコして言うリトリィに、こんなにも無邪気な彼女は初めて見たと、俺もついに苦笑するしかなくなった。

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