第330話:三人寄れば.
マイセルが深夜まで起きているのは極めて珍しいことで。
そして、二度目の愛をねだることも極めて珍しいことで。
そのうえ、二人が同時に愛を求めてくる、なんてことも初めてのことで。
こう言っては何だけど、めちゃくちゃ大変。このシチュエーション、男は大変だ。ハーレムなんて憧れるもんじゃない。体力勝負のタフガイマッチョにだけ許される、極限の世界。
……もうおしまいだ。俺、三十代で干からびて死ぬかもしれない。いや死ぬ、絶対に干からびて死ぬ。それとも今、死ぬか?
……いえ、この世の極楽ですとも。そう思わなきゃ二人に失礼だ!
「だんなさま……お疲れ、ですか?」
はいごめんよ、リトリィ。
いいよ頑張るよ君のためならどこまでも。
「……壊さない、ですか?」
俺の腕の中で、マイセルが目をぱちくりとさせた。
「でも、それじゃムラタさんの塔を建てることなんて、できなくなっちゃいますよ?」
「マイセル、今回の依頼の、本当の目的は何だろうな」
「本当の目的?」
ついさっきまで、まどろみかけていたはずのマイセルだが、もはや眠気など微塵も感じさせない、きらきらと輝く目を向けている。
「……えっと、今ある鐘塔を新しく建て直して、また鐘を鳴らせるようにするためですよね?」
「リトリィはどう考える?」
俺の左隣に身を寄せ、俺の顔に頬を擦り付けるようにしていたリトリィは、身を起こすと、少し、考えるそぶりを見せてから言った。
「お貴族さまの考えることですから……。塔をあたらしくすることで、ご自身のもつちからを、街のみなさんやほかの貴族のかたがたに見せたい、とか?」
……驚いた。俺はリトリィとほぼ同じ考えだったのだが、まさかリトリィがそれを考えるとは。
こう言っちゃなんだけれど、リトリィはストリートチルドレンとして生きてきて、鍛冶師の親方に拾われてからは鉄を打つことに明け暮れてきたはず。それなのに、貴族間のパワーバランスに発想が至るなんて。
「ふふ、よかった。ムラタさんにほめていただけました」
再び体を横たえた彼女は、嬉しそうに、その鼻面を俺の頬にこすりつけてくる。
「いや、本当に驚いた。どうしてそんな発想が出てきたんだ?」
むしろその発想は、マイセルの方から出ると予想していた。街で生きてきたマイセルなら、思いつくかもしれないと。
すると、リトリィから、これまた予想外の答えが返ってきた。
「だって、街では、なわばりのごみ箱のたべものの取り合いとか、しょっちゅうでしたから。お貴族さまもなわばり争いがあるって、お母さまもおっしゃっていましたし」
……前言撤回。実に過酷な環境を生きてきた彼女の、実体験に基づいた考えだった。いや、彼女のことを知る俺ならば、ある意味、予想できたはずの答えだった。
「お姉さま、大変だったんですね……」
マイセルが、ちょっと引いてるのが分かる。まあ、マイセルの家は
「でも、だんなさまは、そんなわたしもふくめて、まるごと受け入れてくださいましたから」
リトリィは、そう言って微笑む。マイセルに対して気後れするようなそぶりも、恥じ入るようなそぶりも、全くない。
『もう、なにもこわくありません。あなたが、わたしのすべてを受け入れてくださったから』
――そう言いたげな、確かな拠り所を持っていることを感じさせる、自信に満ちた微笑み。
結婚するまでは、彼女は落ち着いた雰囲気をもちながら、どこか自信なさげなところをまとわせていた。しかし結婚してからは、そんなことも無くなっているようだ。結婚が彼女の心をいっそう強くしてくれているというのなら、嬉しい。
あとは子供さえできてくれれば、彼女が泣くほどに嘆く姿を、もう見ないで済むようになるんだけど……こればっかりは授かりものだからな。
少しでも早く子供を抱かせてやれるように、俺がとにかく努力するしかない。
「……まあ、とにかくだ。たぶん、貴族の間の力関係というか、様々な都合って奴の一つが、例の塔をなんとかする、という発想になったんだと思う。実績のある人間ってのは、色々と駆け引きでも有利だからな」
マイセルもリトリィも、神妙な顔をしてうなずく。……いや、そんなにかしこまらなくても。
「それに、前に修理を言い出した奴が市民を失望させているんだろ? そのぶん、成功させればずいぶんと人気取りにもなるだろうと踏んだ、というのもあるかもしれないな」
これまた神妙にうなずくリトリィと、首をかしげるマイセル。
「人気取りのために、塔を建て直すんですか? でも、簡単に建て直すって言いますけど、建てるのに何年もかかりますし、お金だっていっぱいかかりますよ? 私たち大工としては、何年もお金をいただけるお仕事を回してもらえるのはありがたいんですけど」
そう、そこだ。いくら貴族だからって、掃いて捨てるほど金が有り余っているから、などということはないだろう。だからこそ、さっきの理由だ。
「自分にはこんなにお金があるんだぞ、ということを見せて、お貴族さまどうしでだれが強いかをはっきりさせる、ということですか?」
「ああ。そういうこと。――あくまで、俺の想像でしかないけどな」
リトリィの言葉にうなずいてみせると、マイセルも納得したようだった。
貴族間のパワーバランスで優位に立つための投資、そう考えれば、わざわざ莫大なカネをかける理由が見えてくる。
だが、これはあくまでも俺の想像であって、別に依頼主の貴族本人に聞いたわけじゃない。だから、もっと深い別の理由があるのかもしれない。
「どんな理由があるにせよ、依頼主が、今の塔をそのままにしておくつもりがない、ということだけは確実なんだ。それに対して、俺はただ新しく建て替えるという方法とはちょっと違うやり方で挑んでみるつもりだ」
リトリィもマイセルも、目が輝いてくる。また俺が、何かをやらかすと期待しているかのような。
そう、うまく行くかどうかはわからないけれど。
「俺の故郷では、『三人寄れば文殊の知恵』といって、三人が力を合わせれば、知恵の神様並みの力を発揮できる、ということわざがある。
――俺たちはこれからずっと、どんな時も寄り添って生きる三人組だ。鍛冶師、大工、そして建築士。三人揃えば、きっと面白い仕事ができる。二人とも、協力してくれるか?」
二人は一瞬、きょとんとして、顔を見合わせた。
そして、その意味を理解したか、二人で飛びついてきた。
「だんなさまのためなら、どんなことだって!」
「私だって大工の端くれですから! ムラタさんと一緒に頑張りますよ!」
……そんなわけで、話が終わったと思ったら。
「私たち、今からさっそくお役に立ってみせますから!」
「わたしたち、ずっとよりそって生きる三人組ですよね? どんなときでも、三人ですよね?」
……それまでお預けさせられていた分を取り返すかのように、マイセルとリトリィの二人にのしかかられたというわけだ。
正確には、珍しく二度目をおねだりしてきたマイセルを受け入れると、「わたしもごいっしょしますね?」と、リトリィも身を寄せてきて。
恥じらうマイセルの唇に、リトリィの唇がそっと重ねられる。
互いを呼び合いながら舌を絡め合うふたり。
正直、ふたりがここまで仲良くなるとは思わなかった。
鍛冶師の娘と大工の娘、そして建築士の俺。
その三人が、こうして今も愛を確かめ合う。
考えてみると、奇跡のような組み合わせだ。
リトリィ。
マイセル。
君たちは、まるで俺に出会うべくして出会ってくれたような存在だ。
情けない弱音を吐いていた俺に価値を見出し、時に励まし、時に叱咤し、そして、いつも愛してくれている。
すすり泣くような声と共に身をのけぞらせるマイセルに愛を注ぎ込んだ俺は、
だがしかし、
「……つぎは、わたし、ですね?」
嬉しそうにしっぽをぱたぱたとさせるリトリィに、内心でため息をつきたい思いを捻じ曲げ、無理矢理な笑顔を作るよりほかに、俺の夜は無かった。
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