第326話:コンペティションへの誘い(2/2)

「さて、どうしようか」


 ぷりぷり怒っているマイセルと、申し訳なさそうにしているリトリィに、俺は改めてリトリィが淹れてくれたお茶を楽しみながら聞いてみた。


「今回の話は、この世界まちに来て、というか、俺の建築士人生で初めてのコンペ……ええと、公募ということになる。――が、正直、気が乗らない。どうする?」

「いらないです! お姉さまにあんな失礼なことを言う人の雇い主でしょ!?」


 マイセルは、さっきから自分が焼いたクッキーを、まるで親の仇か何かのようにすごい勢いで口に放り込んでいる。


「頭を下げてきたって、ぜーったいに引き受けるもんですか!」

「……わたしは、お受けした方がいいと思います」


 リトリィの言葉に、マイセルが目を丸くし、次いでむせて咳き込んだ。


「……! ……!! お、姉さま、……! そんな、どうして?」

「だって、ムラタさんのおしごとの、次につながるような大事なお話ではなかったですか? わたしのことは気にしないでください。わたしはこのおしごとを、お受けしたほうがいいと思います」


 ……うん、まあ、リトリィならそう言うと思っていた。

 彼女は、俺のためだと考えるなら自分のことは二の次にして、時には俺を叱り飛ばしてでも俺にとって良いことをさせようとするひとだ。


 このコンペティションが成功しようと失敗しようと、俺に経験を積ませた方が、必ず将来の為になると踏んでいるのだろう。そして俺も実はそう思っていた。


 俺は、持っている資格の特性上、木造でもコンクリートでも石積みでも、一応設計するだけの知識は持っている。

 だが、現代日本で石積みの家なんて経験したことがない。


 とはいっても、この世界で生きていくなら、いずれは石積み、レンガ積みの家を設計しなければならなくなる時が来るはずだ。


 今のうちならマレットさんの支援が得られるし、「この街の流行を知る」などの名目で、ギルドの支援を得ることも可能だろう。つまりこのコンペに参加することは、自分の不足している経験を積む、一つのチャンスと言えるのだ。

 腹は立つんだけど。


「そうか。……二人の考えは分かったよ。ありがとう」


 俺を巡っての、一種のライバルでもあるはずのリトリィを軽んじられたことに、怒りを感じてくれているマイセル。

 一時の感情に左右されることなく、自分たち――俺にとって利益となることを追求する姿勢を推奨するリトリィ。


 二人の方向性は違うけれど、俺たちが俺たちらしく生きていくための想いを発揮してくれていることに、俺は改めて感謝の念が湧き起こってくる。

 なんともったいなく、得難い女性たちが、俺の妻になってくれたんだろう!




 二人の話を聞いたあと、俺は、マレットさんの家を訪ねた。彼の話を聞くためだ。

 で、今、リトリィとマイセルは、共にキッチンで夕食を作っている。ネイジェルさんも一緒だ。勝手知ったるマレット家、実に楽しげなのが伝わってくるのが嬉しい。手土産として奮発して肉をたっぷり買っていったから、夕飯が楽しみだ。


「城内街の鐘塔しょうとう? もちろん知ってるさ、壊れて音が出ない、あの鐘のある塔だろう?」


 マレットさんは、当然のように知っていた。まあ、代々この街で大工をしてきた家系の、現棟梁だ。知らないはずがない。


「修理の話も出るには出たんだが、話がまとまりかけたころに、どことは言わねえが貴族のボンボンがしゃしゃり出てきてな。貴族の高貴なる義務であるとか抜かしやがって、大工ギルドで準備した図面やらなんやらを全部持っていきやがったんだ」


 その後はレルバートさんが言っていた通りだ。何を考えたのか、大工ではなく、屋敷の使用人を使って修理をしようとして失敗。塔は破損し、修理もままならなくなった。


 でもって、修繕しようとして塔を破壊したその貴族は、それをに王都に戻ったんだとか。訳が分からない。いわゆるデキレース、というやつだったのだろう。


「結局、お貴族様の思い付きに振り回された挙句、直せたものを直せず、むしろぶっ壊し、集めた寄付金はどこかに消え、結局そのままだ。今じゃ、剥がれ落ちた破片どころか時々石材が降って来るってんで、塔に近づくのもままならねえ」

「……だったら、もう解体するってのは?」

「ああ、その話も、何度も出た。だが、そのたびにその話はなかったことになったな。下手に触ってどうにかなっちまったら、こっちの命が足りねえ」


 第一、解体しちまったらまた建てるのが大変だろう? それに建てるのはいいとして、誰がカネを出すんだと、マレットさんは笑う。


「どうせ、ここ数年、鐘は鳴っていないんだろ? 修理しない限り二度と鳴らないだろうし、だったら、もうなくなったって誰も不便に思わないんじゃないのか?」

「……まあな。不便ではあるが、もうみんな、慣れちまった――確かにそうなんだが、無いよりはあった方がいい。だからこそ、毎年修理や改築の要望が出されてんだよ」


 ――ただ、例の貴族のボンボンがやらかして以来、要望は出ても、誰も通そうとしなくなっちまったがな。

 マレットさんが、ため息交じりに続ける。


「結局、あの事件は、そういう意味でも重大だった。せっかく集めた寄付金が根こそぎ消えた上に、修理どころかぶっ壊して逃げたんだからな。そのうえで、街のみんなからもう一度寄付金集めからやり直し、なんて、そうそうできることじゃねえ」

「……ナリクァンさんに、お願いするとか?」


 何の気なしにそう言うと、マレットさんは目を剥いた。


「あんた、というか、リトリィさんが個人的に知り合いだからあの人は動いてくれたみてえだけどな! 本来なら、あの人に頼るなんて恐ろしくてできたもんじゃねえんだぞ!?」


 言われて思い出す。

 ナリクァンさんにリトリィへの背信を疑われ、ひどい目に合わされかけたことを。


「あの人は気っ風きっぷもいいし、ものの道理もよ~くわきまえている。厳しいが、情にも厚い。だが、あの人の力は強すぎる。安易に頼ってばかりいると、あんた、そのうち痛い目を見るぞ?」


 痛い目ならもう、ナリクァンさんから直接お仕置きを食らったよ――そう笑うと、マレットさんは目を点にして、そしてかぶりを振った。


「直接ならまだいい。あの人はちゃんとわきまえている人だからな。どうせ死にそうな目に遭わされたんだろう。だが、それならかわいいもんだ」

「いやいやいやいや! ホントに脅しどころじゃなく痛い目に――」

「骨の五本や六本、痛い目のうちに入らねえからな?」


 ちょっとまって骨折五、六本で痛い目に入らないってどういうことだよ!


「そんなことより、ナリクァンさんの覚えめでたいあんたは、嫉妬の対象だってことを理解しておけよ? ある日突然やってきて、なぜか妙にひいきされているお前のことを、快く思っていないヤツはおそらくたくさんいるはずだ。特に商会の中に」

「いや、そんなことって簡単に言わないでくれ、他人事だと思って――」

「馬鹿野郎、ひとの話を聞け。商会の中で、長年奉公して、やっとナリクァンさんに近づけたようなヤツらにしてみたら、お前の存在はかなりイラ立つはずだ。何の努力もなしに、とな」


 ……そんなことを言われても困る。第一、俺じゃなくてリトリィが可愛がられてるだけで……!

 そう言いかけたが、マレットさんに拳骨を振り下ろされた。


「だから馬鹿野郎って言ってんだよ。あんた本当に自分のことには無頓着だな。どんな形にせよ、ナリクァンさんの支援を何度も引き出してるあんたは、間違いなく嫉妬を買うに値することをやらかしてるってことなんだぞ」

「いや、でもそれは……」

「いいから聞け。これから先、ナリクァンさんとつながりの深いあんたに取り入ろうと近づいてくるヤツもいれば、ナリクァンさんの側から排除しようとするヤツも出てくるはずだ」


 マレットさんの厳しい視線に、思わず背筋が伸びる。

 今まで俺みたいな有象無象、とばかりに意識したことがなかったけれど、そうか。俺はどんな形にせよ、ナリクァンさんを動かした男と見られてるのか……!


「ただでさえ原初のプリム・犬属人ドーグリングのリトリィさんを嫁にして目立っているあんただ。可能な限り、目立つようなそぶりは避けた方がいい。おかしなことに巻き込まれたくなかったらな」

「……じゃあ、今回の公募の話は……」


 やめておく方がいいだろうか――そう言おうとしたら、がっしりと両肩を掴まれた。


「それとこれとは別だ。公募は、あんたの力を見せつけるのに都合がいい。採用されるかどうかはともかく、一次選考でも残ってくれれば、娘を嫁がせた俺の面子メンツも立つ。俺も公募に参加するつもりだが、手助けくらいはしてやるから、あんたも公募に参加しろ」


 ――な、婿殿。


 鼻先が触れそうな勢いでそう言われては、首を縦に振る以外の選択肢など選べるものか!


「はいはい、お父さん。お腹が空いて気が立ってるのはわかったから。並べるの、手伝ってよ」


 いつの間に来ていたのか、マイセルが料理を盛りつけた大皿を手に、背後に立っていた。

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