第297話:てめえも、すげえよ

「あまり、そういうことを往来で口走るものではありませんよ?」


 ペリシャさんにそうたしなめられて、ハッとする。

 いつの間にか、リトリィとマイセルが、頬を染めて俺の方を見ていた。

 マイセルはキラッキラな目で。

 リトリィは恥ずかしげに顔を伏せ、上目遣いで。


「わ、わたしも、お姉さまと一緒に、あ、赤ちゃんを産むんですよね!?」

「む、ムラタさん、そう言っていただけるのは、とっても、うれしいんですけど……」


 ――今後は場所をわきまえて発言いたしたく思います。




「花嫁衣裳、そんなに素敵だったのか?」


 月明かりの中、しっとりと汗で濡れる彼女の髪を手できながら、聞いてみる。さっきまでの激しさを物語る潤んだ瞳が、なんとも蠱惑的だ。


「ふふ……お見せしたかったというか、……その、式の日の、お楽しみです」


 まだ少し荒い息遣いのままに、耳元で、ささやくように答えるリトリィ。耳の中に少し指を入れてかいさぐってみると、耳をぱたぱたとさせてくすぐったそうにしてみせる。

 

 当日に驚かせたいということだろうか。その気持ちは分かるよ。

 サプライズって奴だよな。


「マイセルちゃんの衣装も、もう出来上がってるってうかがっていますから。明日か明後日にでも、いっしょに見に行きましょうって話になっています」


 ……それは、ゴーティアスさんも一緒に連れて行った方がいいと思う。多分。


「はい。衣装を注文していただけた方ですから。大奥様にも奥様にも、もちろんマイセルちゃんの両お母さまにもお越しいただいて、みんなでマイセルちゃんの試着を見ようって」


 ……なんだか大掛かりな話になるな。

 だけど明日か明後日か……。


「ご予定がおありなんですか?」


 リトリィの言葉に、残念ながらうなずかざるを得ない。今日の作業で、おそらくマレットさんが引き継ぎに必要な伝達事項はまとめておいてくれているはずだが、それでも明日明後日は、顔を出さねばならないだろう。内装屋に仕事を引き継ぐために。


 特に、二階の寝室から一階に移設した壁がもつ意味を、顔を突き合わせて確実に伝えておかなければ。


「そう、ですか……」


 うつむくリトリィの耳がうなだれる。

 だが、それも一瞬のことだった。


「でも、わたしの衣装も、当日のお楽しみですし。ムラタさん、マイセルちゃんとわたし、二人分のびっくりですからね?」


 リトリィはそう笑うと、彼女の髪を梳いていた俺の手を取る。


「ただ、その……。もうすこしだけ、お情けをいただいても、いいですか……?」




 階段の造作は、大工の最後の仕事として続行する一方、内装の漆喰や手すりの細工などは、左官屋と内装大工に仕事が渡される。こちらはそれぞれゴーティアスさんと昔から懇意にしている業者らしく、彼女は一言、にっこり挨拶するだけだった。


 業者の親方も「任せとけ!」の一言で終わってしまい、ゴーティアスさんはマイセルと共に、ドレスの仕上がりを確認に行ってしまった。


 そんなわけで、後は階段を作る大工が、マレットさんとその助手だけに。俺はといえば、ただの顔つなぎ。この現場で、俺にできることはもう、ない。


 ――のだが、昇降機については誰もが興味津々だったようで、かわるがわる説明を要求された。いや、一度に聞いてくれよ。


 壁の移設についても、「よくもまあ、漆喰付きの壁を」と、感心されるやら呆れられるやら。まあ、今回の仕事の最も重要な部分だったからな。これがために、俺は頭を悩ませたんだから。


 ……それにしても、だ。


「なんでお前、まだいるんだ?」

「うるせえ。てめえのせいだ」


 リファルが、手すりに使う装飾を、ノミで削り出している。


「てめえがオレにケンカを吹っ掛けてきやがったから、仕事が一つ、ふいになったんだよ!」

「お前がリトリィを悪く言うから悪いんだろう」

「なんだと、この犬狂いが!」

「犬じゃない、狼だ」

「ざっけんな。あんな金色の狼がいてたまるか」

「親方、こいつをクビにしてください」

「わーったわーった、コンチクショウめ! 謝りゃいいんだろ!」


 ふてくされつつも、リファルはノミ一本で繊細な彫刻を彫り込んでいく。態度はでかいし口も悪い奴だが、仕事は確かにできるらしい。


「……気持ち悪い奴だな、褒められたっててめえへの評価は変わらねえし、カネ以上の仕事もしねえからな?」


 俺の言葉に、リファルは顔をしかめる。


「ったく、これぐらい、一人前の大工ならできて当然だ。てめえができなさすぎるんだよ。何が設計専門だ、頭でっかち野郎」


 また言うのか、こいつは。


「……確かに俺は、お前より大工の技能は劣るだろうさ」

「オレに並ぶと思うのが間違いだってんだ、頭でっかち野郎。大工は手でモノを作ってこそ大工なんだよ。図面だけ引くだけのヤツが大工ヅラなんかするんじゃねえ、ニセ大工」

「……だから俺は大工じゃないと」


 思わず反論しかけて、言葉を飲み込む。売り言葉に買い言葉を繰り返しても、何の意味もない。


「……手で作るだけが建築の仕事じゃない。人を幸せにする住処を造りあげる大工という仕事は確かに魅力的だし、素晴らしい仕事だけどな。設計には設計の魅力があるんだ」

「家なんて居間、台所、寝室があればあとはおまけだ、型通りに済ませてしまえばいいんだ」


 リファルの野郎、前にも同じようなことを言っていたっけ。

 だが、たった今、奴がやっていることが、彼の論を破綻させている。


「だったら、その手すりの細工はなんだ? 型通りに全てを済ませてしまえばいいなら、そんな細工は不要のはずだろう?」


 俺の言葉に、リファルの手が一瞬止まる。

 だが、何事もなかったかのように彼は再び、木を削り始めた。


「……だからって、てめえが図面を引いただけで家が建つわけじゃねえ。大工が汗を流して初めて家はできるんだ、頭でっかち野郎め」

「当然だ。俺は大工を否定していないだろう。俺が言いたいのは、設計の魅力だ。客の思い描く理想を実現させる、これって面白いことじゃないのか?」


 リファルは答えなかった。

 木の塊を一度持ち上げ、角度を変えて造形を確かめ、そしてまた床の上に置くと、ノミと金槌を手にする。


「……客はみんな、家づくりの素人だ。どうせ聞くだけ無意味な、くだらない案しかないに決まってる」

「だけど、そうしたいと思うには、理由があるからだろう?

 それを聞いて、お客さんが思い描く理想と、俺たち家づくりの職人が経験から知っている使いやすさを組み合わせて、どちらも納得できる「現実」に落とし込む――これが設計の面白さだ」


 彼の手が休むことはない。

 だが、俺は構うことなく続けた。


「それから、設計はその家だけにとどまるものじゃない。周りの環境も考えに入れれば、その魅力はさらに広がると思わないか。設計の魅力は、ひとつの家だけでなく、そのものを自分の手で創り出すってところにあるんだよ」

「……まともに釘を打てるようになってからほざけ、頭でっかち野郎」

「頭でっかちで悪かったな!」


 本当に口の悪い奴だ。

 だが、俺とやり合っていながら、目は目の前の木の塊から一瞬たりともそれていない。指にもブレがない。硬い木に対して、まるでバターを削るがごとく滑らかに、繊細な模様を刻み込んでいく。


 気に食わない奴だが、やはりでかい口を叩くだけに、相応の実力をもつ男だった。その点に関しては、認めざるを得ない。彼は大工としてだけでなく、建具たてぐとしての才能にも恵まれているのだろう。


「……薄気味悪いヤツだな、さっきから。とってつけたみてえに褒めるんじゃねえよ。てめえのことはオレも気に食わねえから、オレに関わってくるな」


 きまり悪そうに吐き捨てるリファル。ひどい言われようだ。


「……俺も、お前のことは気に入らない。だが、それと仕事は別だ。そいつは任せた、よろしく頼む」


 俺は、そう言って頭を下げると、二階の造作ぞうさくについて確認するために移動しようとした。


「……おい」


 リファルに呼び止められて、振り返る。

 彼は相変わらず、こちらを見ることもせずに木を削りながら、言った。


「あの昇降機、その仕組み……考えたの、てめえなんだよな?」

「……そうだけど、なんだ?」


 また、難癖か?

 一瞬、そんなことが頭をよぎる。

 リファルは、しばらく黙って木を削り続けていた。

 長い沈黙にしびれを切らし、続く言葉を待たずに移動しようとしたとき、彼はぼそりと、小声で言った。


「……てめえも、すげえよ」





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