第281話:親族へのご挨拶…?(2/2)
「ムラタ、おめぇもまずはこの地で一仕事、終えたんだろう? 以前と目つきが違う。以前とは違う、自信のある目だ。オトコになったってことだな。つまり、嫁の一人や二人、自分の腕で食わせていく覚悟を決めたということだろう?
だったらもう、オレの出番など、ねえ。おめぇらで、好きにやれ」
「しかし――」
言いかけた俺を押しのけるように、アイネが叫んだ。
「親父! オレは納得なんかできねえ! リトリィを
可哀想に、マイセルがひどく居心地悪そうにしていることに、
「お兄さま。それは、マイセルちゃんからだんなさまを奪うという意味ですか?」
「何言ってんだ、おめぇはムラタの嫁になるんだろうが!」
「マイセルちゃんも、ムラタさんのお嫁さんになるんですよ?」
「違う! ムラタの嫁になるのはおめぇなんだ!」
「違いませんよ? わたしも、ムラタさんのお嫁さんになるんです」
「おめぇ
どちらも変に譲らない。
ただ、なんとも感慨深いやりとりだ。俺をヒョロガリと呼んで、リトリィの伴侶と認めようとしてこなかったアイネが、リトリィこそが俺の嫁になるんだと訴えている。
もちろん、リトリィのためにそう言ってるってのは分かってるんだが、不思議な気分だ。
「お兄さまは、マイセルちゃんに不幸になれとおっしゃるんですか!」
「そうは言わねえが、リトリィ! おめぇの旦那になる男だぞ! 他の女に分け与えちまっていいのかよ!」
「いいと思っているから――それをちゃんと隠さずに知ってもらいたかったから、こうしてわざわざ一緒に来てもらったんじゃないですか!」
胸を張るリトリィに、マイセルがしがみつくように寄り添う。
「あ、あの、……お姉さま、いいですから……。私、お姉さまに認められているだけで、十分ですから……」
「いいはずがないでしょう? どうせ反対するのはアイネ兄さまだけです。だったらもう、わたしの兄はもともとひとりだったことにすればいいんです。ええ、そうですとも! ごきげんよう、アイネさま!」
「お、おいリトリィ、オレはおめぇが、妹が幸せになれるようにってだな……!」
「どちらさまでしょうか、わたしには兄がひとりしかおりませんが!」
アイネがすがるように訴えるのに対して、リトリィはぴしゃりと言ってのける。
その、実に対照的な二人の様子に、フラフィーが机を殴りつつ笑い転げている。
「……もともと気の強いところはあったが、えらくまあ、モノをはっきり言うようになりやがって」
親方も、あきれ顔だ。ただ、フラフィー同様、面白がっている節はある。
フラフィーが、怒っているのか泣いているのか、訳の分からないくしゃくしゃの顔で叫んだ。
「おいムラタ! おめぇ一体何をしやがった! 純情で可愛らしかった妹が、なにをどうしたらこんなに反抗的になっちまいやがるんだ!」
「ムラタさんのせいにしないでください! 街に下りて、わたしにもいろいろあったんです! だんなさまとしあわせになるためだったら、なにがあっても絶対にへこたれない強さが大事なんだって、分かったんです!」
「つまりムラタ、おめぇがヘタレすぎるからリトリィが強くならざるを得なくなったってことじゃねえか! やっぱりおめぇのせいかぁぁあああ!!」
おい! やっぱり俺のせいかよ!
……と突っ込みたいところだが、ものすごく心当たりがあるので突っ込みづらいところが辛い。
だがリトリィは、真っ当すぎるアイネの主張を、臆することなく切り捨てる。
「ほら! そうやってすぐに人のせいにする! そういうところがお兄さまの悪いところです!」
「いや、ムラタがヘタレなのは事実だろ! ムラタのせいでおめぇは苦労したんだろうが!」
「だからどうだというんですか? ムラタさんは、わたしのすべてを愛してくださる、この世で一番のだんなさまです!
さっきも言いましたけれど、そんなすてきなかたを侮辱するようなひとは、わたしの兄でもなんでもありませんから!」
……リトリィの言葉がいちいち胸を打つ。アイネの言葉に、俺自身はぐうの音も出なかったというのに。
「だからって、そんな頼りねぇ奴のくせに、まだリトリィを嫁にもしねぇうちから二人目の女に手を出すなんて、誠実さのかけらもねぇ最低野郎じゃねえか!」
それもまた、ぐさりと胸に突き刺さる。たしかにそうなのだろう。
リトリィを正式に妻に迎える前から、ある意味押し負けた結果とはいえ、マイセルを妻に迎えることになってしまった。リトリィにもマイセルにも、誠実とは言い難い。
「だから俺はおめぇみたいなヒョロガリと一緒になることに反対したんだ! 職人としての誇りも、男としての誠意もないような奴なんざ――」
……けれど、二人はそれでも俺を選んでくれたのだ。それなのに俺のほうが手も足も出ないなんて、そんなみっともない真似ができるか!
「
ゆっくり、一語一語、かみしめるように言ってみせる。
俺のことはいくら言われても構わない――そう思っていたけれど、俺を貶めるということは、そのまま、俺のことを認め、好いてくれる二人を貶め、辱めることにつながるのだ。
「俺自身はたしかに
いえ、妹など知ったことかとおっしゃられるなら、それも良いでしょう。幸い、リトリィも縁を切りたがっているようですので」
「ちょっと待ておめぇ、なんてことぬかしやがる!」
「それだけ怒っているということですよ、俺たちはね?」
ついにフラフィーが椅子から転げ落ちた。腹いてぇ、と、息も絶え絶えに床を殴っている。
「あ、兄貴! 笑ってる場合じゃ……!」
「おめぇの負けだ、アイネ。人の恋路を邪魔することなんかできねぇってことだ、諦めろ」
フラフィーもアイネも、ものすごい勢いで飯をかきこんでいる。
彼ら曰く、久しぶりのまともな飯らしい。
さっきまであれほど俺のことを人でなし扱いしたうえに、マイセルのことを認めない発言を連発していたアイネだったが、今はもう、何も言う気はないようだ。
リトリィと並んで厨房に立ち、リトリィを立てながらくるくると忙しく立ち回るマイセルを目にして、認めざるを得なくなったということだろう。
「アイネにいさま、おかわりはいかがですか?」
絶妙なタイミングで声をかけてくるマイセルに、そちらを見ずに無言で皿を突き出すアイネ。さっきまでの自身の発言のせいで、まともに目を見られないということなのかもしれない。
「いや、ホントにうめぇ! なんかこう、久々に飯らしい飯を食ってる気がするぜ」
フラフィーの言葉に、リトリィがため息をつきながら聞く。
「じゃあ、わたしがいない間、どんなものを食べてらっしゃったんですか?」
「そりゃおめぇ、野菜のごった煮とかごった煮とかごった煮とか…… ?」
「 干し肉 とか魚の干物とか、まだいくらかあったでしょう?」
「そんなもん、真っ先に食っちまったよ」
即答するフラフィーに、リトリィが絶句する。
ただ、男所帯ってこんなもんだよなと、俺は実感を伴った苦笑いをするしかない。母を亡くして数カ月は、洗濯もまともに回らない、飯はコンビニ弁当オンリー。たまに食う弁当屋の弁当が美味い――そんな時期が、俺の家にもあった。
「 ……もう。わたしがいないと、まともなお食事を食べていくことすらできないのですか?」
「そうだな。俺も早く嫁が欲しいぜ。なあ、アイネ!」
「俺は別に、嫁なんか……」
フラフィーに嫁の話を振られて、しどろもどろになるアイネに、親父殿がパンをむしりながら言った。
「おめぇも嫁を持ったら、ムラタの気持ちが少しはわかるだろうよ」
「親父まで……!」
「まあとにかくだ。これ以上、ムラタに突っかかるのはやめろ」
「 オレは妹のことが 大事なんだ、 オレが言わなきゃ誰が言うって言うんだ」
親父殿は、むしったパンに芋を挟みながら、静かに、だが有無を言わさぬ様子で続けた。
「前にも言ったが、ムラタは俺達とは方向性が違うだけの、いっぱしの職人だ。俺はリトリィをくれてやることに反対はしない。おめえも、いつまでもグダグダ言ってるんじゃねぇ」
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