第238話:捜索、そして(3/3)

「正直に答えたら、その女は許してやる。ここに来た冒険者をのは、か?」


 リトリィが、アムティが、ヴェフタールが。

 ハッとしたように顔を上げてダルトを見た。

 

 倒れている男――ガズンは、答えない。


「答えないなら、その女をバラしながら聞くだけだ。もう一度だけ問う。ここに来た冒険者をのは、か?」


「……そう、だ」


 やや沈黙したあと、ガズンが肯定してみせた。


「ほかに関わったヤツはいるか?」

「……あと、ふたり……」

「そいつらはどこに行った?」

「わか……らない」

「主にバラしたのは誰だ」


 ガズンはしばらく沈黙し、そして自分だと答えた。

 間髪入れずに女性も、自分だと叫ぶ。


「話が食い違っているが?」

「……オレ、だ」

「アタシ!」

「そいつ、は……ただの、奴隷……。手伝っただけ……なにも、悪く……」

「アタシもヤッた!」


 ダルトはため息をつく。


「……そうか。最後の質問だ。

 ――ってことは、つまり、は、、なにも――それでいいか?」

「……そう、だ……」


 ダルトは、かぶりを振ると、震える声で、言った。


「アム、ヴェフ。インティの奴は、立派ってよ……」


 立派、……?

 『だった』って、なんだ?

 インテレークが、どうしたっていうんだ?


 俺は立ち上がり、ダルトの方を見て、そして、ガラクタ類と共にころがっているそれらに、気が付いた。

 ……気が付いて、しまった。


 ばらばらになった、にんげんのはへんが、そこにちらばっているのを。

 めをえぐられ、はなをそがれ、くちをきりさかれ、したをひきだされている、くびがころがっているのを。

 はなひらくようにむねがえぐられろっこつがとびだしさいふをひろげたかのようなはらからまきちらされたちぶくろやほーすのようなものがとぐろをまきさらにきりひらかれ


 俺は部屋を飛び出し、こらえきれずに嘔吐を繰り返す羽目になった。

 腹の中身など、とうの昔に出し切っているのに、それでも、胃の収縮は止まらない。

 リトリィに背中をさすられながら、吐くに吐けない状況に苦しみ続ける。


「ワルいのオマエら! オマエらがコなかったらヨかった! クるのがワルい!」


 部屋の中から響くヒステリックな叫び声が、耳を打つ。

 奴隷商人どもの搾取による被害者――そう思っていたはずの、女性の声。

 まさかこんな……こんなことになっていただなんて。


 ダルトは聞いた。インテレークをあんなにしたのは『お前か』と。

 それに対して、ガズンは答えた。『そうだ』と。

 あの女性も、間違いなく、インテレークへの拷問に関わっていたのだろう。




 リトリィに支えられながら、俺は部屋に戻った。

 ルディはすでに、こと切れていた。心臓と頸動脈の位置に新たな傷が増えていた。介錯を受けたのだろう。一応は情報をもたらした、その報酬だったのかもしれない。


 女性の方は、気絶させられていた。


 つい最近、ナリクァンさんに言われた「ちいさくなる」の意味が、恐ろしく実感させられた。


 インテレーク。

 もう、まともな人の形は、残っていなかった。

 そんなになるまでに切り刻まれたのは、彼が、最期まで、しゃべらなかったからだと、ガズンは言った。

 そしてそれを実行したのは、ガズンと、今は気絶している女性と、おそらく、俺がやり過ごした、連中だったのではないだろうか。




「ストックホルム症候群――か」

「すとっくほるむ……なん、ですか?」


 俺の言葉を、リトリィが舌足らずな様子で復唱しながら、俺を見上げる。


 ストックホルム症候群。


 犯罪に巻き込まれた犯罪被害者が、犯人に生殺与奪の権を握られた中で生活するうちに、犯人に共感し、心のつながりを持ってしまう、そうした精神状態。

 ストックホルムのどこかの銀行で起きた、銀行強盗と人質にされた人たちとの、奇妙な連帯感から命名されたんだったか。


 この奴隷の女性は、おそらくガズンの言う通り、奴隷商人や護衛たち――ならず者どもの相手をし、世話をするために利用されていた、こちらも被害者であったはずの者なのだろう。


 だが、少しでも乱暴されることを回避し、居心地よく生きようと必死に模索するなかで、犯人たちに積極的に協力するようになったのだろう。


 そうしたを続けることで、単なる性欲のはけ口に使われるだけではなくなった。

 時には可愛がられ、愛と錯覚するような悦びを覚える夜を得られるようにも、なったのではないだろうか。


 それがやがて、「奴隷の世話係」という「地位」につながったのかもしれない。


 生粋の、連中の仲間、というわけではないだろう。

 ガズンをかばってみせる言動も、彼女の、ゆがめられてしまった生存戦略の一つ、というだけのはずだ。

 彼女も被害者なのだ。


 その、はず、なのだ。




『あのコとしてから跳ね橋下ろしてくるんだよ』


 あのとき、インテレークは、彼女の芝居を、どこまで悟っていたのだろう。

 もしあのとき、俺もついて行っていたら、間違いなく俺は足枷となったうえでバラバラにされていただろう。


 俺を足手まといと思って置き去りにしたのか。それとも、冒険者ではない俺を危険な目に遭わせまいとしたのか。

 自分一人なら大丈夫、そう考えていたのだろうか。


 俺を『置きナイフ』、『後方の安全確保』などと呼びながら、危険な場所に単身臨んだインテレーク。自分のことを後方担当などと言っていたくせに、自ら罠に飛び込んだ、あいつ。


 ナイフと言えば――さっき知ったが、『投げナイフ』とは仲間に情報をもたらす役割のことを言うのだそうだ。それだけなら俺の解釈した「斥候」という意味で合っている。


 ただし、命の危険が大きい任務に当たる者を指す言葉なんだとさ。

 ある意味、死に瀕する――言ってしまえば「死ぬ」という情報をもたらすことで、仲間に危険を知らせる捨て石。

 使い捨て、だから『投げナイフ』。


 ……アムティは、つまり俺を見殺しにする気満々で誘ったわけだ。俺の、リトリィへの執着を利用して。冒険者仲間の隠語をあえて使い、もの知らずな俺を利用しようとしたのだ。


 冒険者稼業は常に命の危険にさらされているのだろうし、使えるものは何でも使うというのは、彼らにとっては当然のことだろう。

 俺も、十分に理解をしていなかった落ち度はあるものの、アムティの提案を利用して、冒険者でもないのに、今回の作戦に無理に割り込ませてもらった。この点はお互い様だ。


 しかしインテレークは、なんだかんだ言いつつも、俺を『投げナイフ』として使わなかった。

 探索中だって、常に彼が先頭に立っていた。

 あの時、『投げナイフ』の本当の意味を知らなかった俺をうまいこと言いくるめて、俺を派遣することだってできたはずなのに。


 これが、危険に立ち向かう「冒険者」というもののプライドか。

 そのプライドによって彼は命を落とし、俺は救われた。


 涙はこぼれなかった。

 だが、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちは、彼の命と引き換えに生き延びてしまったという罪悪感は、きっと、終生、俺をさいなむことだろう。

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