第237話:捜索、そして(2/3)

 アムティとヴェフタールは、多少渋りつつもインテレークを探すこと自体には賛成してくれた。

 あいつには危機を助けてもらったし、わずかな時間だったとはいえ、バディとして行動したというのもある。その行方が、気になって仕方がないのだ。


 もしかしたら、例の獣人の女の子としっぽりしすぎているのかもしれないが、まあ、それはそれでお互いの無事が確認できるということだ。


 あと、今回はゲームとかでよく「モーニングスター」とかいわれてる、トゲ付き鉄球が先についている棍棒をもつ「剛腕の」クラフォル、ベルトにずらりと投擲用のナイフを差した「銀閃の」ダルトも、捜索に加わってくれた。


 二人とも、冒険者として十年以上活動してきた、ベテランなのだそうだ。さらに二人とも、インテレークとその兄貴の二人組と組んだことが何度もあるらしい。


「君、冒険者でもないのに志願したって? それはアイツを刺激しただろう。憎まれ口もいろいろ叩かれたんじゃないかな?」


 ダルトが笑って言った。彼は、ナイフの扱い方についてインテレークに色々教えたこともあるという。


「ナイフに関しては、弟子のようなものでね。まあ、一見扱いにくい奴ではあるよ。誰にでも突っかかる口調だし、彼が本当に心を許しているのは、兄貴分のポープくらいじゃないかな」


 ポープ……インテレークの兄の、ポパゥトとかいうやつだったか。


「兄貴――ですか?」

「そうだよ? ああ、ひょっとして知らなかったかい? インティとポープは孤児なんだ。同じ孤児院で育って、共に冒険者で成り上がってやるといって、数年前に冒険者になったんだよ」


 ――数年前! たった数年で、あの身のこなしを得たというのか!? 恐ろしい才能だな!


「そうだな。努力したと思う。まあ、正式な冒険者として登録するしばらく前に、引退した冒険者のもとで修業はしたようだが。

 兄貴分のポープも優秀だが、インティの方は特に身のこなしが軽くてね。なんなら暗殺者としても働けるほどだと思うぞ」


 からからと笑うダルトだが、いやそれ笑えないよ。音もなく敵の喉に刃を突き立てたその姿を間近に見ているからな。十分暗殺者だよ。


「特にあのふたりは、遠耳とおみみの魔装具を駆使した斥候として、非常に重宝されていてね。今回の作戦でも、彼らがもたらした情報は大きなものだったろう?

 遠耳の魔装具は、背負う危険も大きくてだれも使いたがらないから、彼らの度胸には頭が下がる。今後も活躍してほしい二人組だ」


 ダルトの笑顔に、俺は、言葉を失った。


 ……そうだ、ポパゥトが死んだことを、ここにいるひとたちは、まだ誰も知らないのだ。

 だって、まだ、俺たちはそれを、伝えていないから。


 胸にざわざわと、言い知れぬ思いが広がる。

 彼らは、この街の冒険者ギルドのホープだったのだ。

 それが今夜、その一角を落とされた。


 インテレーク、ひょっとして怪我でもして、動けないでいるとか、そんなことはないだろうか。あの獣人の女性をかばいながら戦うのは、彼の戦闘スタイルでは難しいだろうし……。

 無事でいてくれよ……!




 例のだだっぴろい、床の抜けた部屋に来る。

 地下から拾ってきた板材を穴に渡して、皆で奥の部屋に向かう。

 鍵は開いていた。反対側と似たような構造の通路をぬけていく。

 敵が隠れているかもしれないため、音を立てないように、静かに進む。


 そして。


「……あの、ムラタさん」


 リトリィが、大変言いにくそうに、声をかけてきた。


「……この先のお部屋は、入らない方がいいと思います……」


 ……うん、気づいてた。翻訳首輪、ものすごく優秀だ。壁越しに、部屋の中の声を拾っているようだ。

 部屋の中で、絡み合ってる男女がいる。

 なんか、泣きながら。


 体の部位を指して綺麗だと連呼しているとか、俺はどうせ殺されるからこれが最後だとか、お前は大丈夫だからとか、もし赤子ができていたなら何とか頑張って育ててやってくれとか。

 ただ、女はずっと泣いている様子で、やめてとか、いやだとかしか言っていない。


 ……なんだこれ。

 男が独りよがりなことを言って女を犯しているようにしか思えない。

 さっさと男の方をぶっ飛ばして、助けないと。


「……そ、それもあるんですけど、……ひどいにおいが、するから……」


 リトリィが一瞬恥じらう様子を見せ、だが、つぎにひどく辛そうな顔をする。


「ムラタさんは、きっと、見ない方がいいと思うんです……」


 リトリィの言葉に、俺はうなずいた。

 女性が辱められている場面をまじまじと見て楽しむ趣味はないが、しかし放ってもおけない。

 俺は、中で女性が乱暴されているようだとだけ伝え、あとは暴力装置の皆さんにお任せすることにする。


 クラフォルが、自慢のモーニングスターで扉をぶっ飛ばして中に突入すると、隙間から素早く入り込んだダルトが、間髪入れずに投げナイフを命中させたようだ。

 女の悲鳴が中から聞こえてくる。

 続いて突入したアムティとヴェフタールに、俺も続いた。


 床に敷かれた毛布の上で絡み合っていたのは、やせぎすの男と、そして、

 インテレークを連れて行った、あの、犬属人ドーグリングの女性だった。


 女性はひどく取り乱した様子だった。

 まあ、無理もないだろう。今の今まで乱暴されていて、そして自分の上に乗っていた男が、今度は血をまき散らして虫の息になっているのだから。


 男の方は、目と首、そして胸に深々とナイフが刺さっており、とても助かりそうにないように見えた。さすがベテランの冒険者、こちらの被害は皆無。迅速な行動ができる二人が加わって、本当に助かった。


「もう大丈夫だ、嬢ちゃん」


 クラフォルが、女性の上で痙攣している男の髪を掴んで引きはがす。

 続いてダルトが、自身のマントを外すと、女性の体にかぶせた。


 そのまま引き起こそうとするが、女性は立とうとしなかった。体は起こしたものの、座り込んだまま、動けないようだ。

 自分を乱暴していた男とはいえ、それが殺されるのを目の当たりにしたのだ。恐怖で腰が抜けてしまっても、おかしくないだろう。


 それにしても、なんという部屋だろう。

 暗くてよく分からないが、乱雑にものが積み上がり、強烈な、血の匂いを含む生臭いにおいが鼻を突く。


 ――こんな部屋で乱暴されていたなんて。

 女性を安心させるために、リトリィと共に側に寄り、手を差し伸べる。


「辛かったでしょう、もう大丈夫ですよ。安心してくださいね」


 俺の言葉に、女性は虚ろな目を向ける。

 隣のリトリィに視線を移し、そして再び俺を見る。


「……あ……」


 何かを言おうとしたのか、唇が動き、そして。


 すっ。


 いつの間に握られていたのか、

 彼女の手に握られたダルトの投げナイフが、

 俺の体を、横薙ぎにしていた。


「大工! 無事か!!」


 ダルトが女性の腕を蹴り飛ばし、ヴェフタールが女性の肩を踏みつけ床に叩きつける。


「まったく、ほんとうに世話の焼ける男ですね、君は。僕の精神的疲労に対する慰謝料を要求したいところですよ」


 ヴェフタールはそのまま暴れる女性の髪を踏みつけ、ナイフを喉に突きつけるが、女性の抵抗は止まらない。


「なァに? その女も連中の仲間なのォ?」


 面倒くさそうにアムティが女性の足を蹴り飛ばし、動きが鈍ったところでその足の上にどっかと腰を下ろす。

 女性はそれでも、涙を振りまくようにしながら、抵抗をやめない。


 リトリィこそ半狂乱になって俺の無事を確認しようとするが、まって、革の胸当て付けてたから。大丈夫だから。ナイフの切っ先がちょっと、左の二の腕を切っただけだから。

 ホントに大丈夫だから。胸当てを外して服を脱がそうとしないでお願い。


「……そいつ……関係ない……。放して、やって……」


 蚊の鳴くような声が、俺の耳に入った。

 おそらく、翻訳首輪がなければ、聞き落としていた声。


 今は瀕死の、女性を犯していた男だった。


「ガズン! ガズン!」


 冒険者たちの拘束から必死で逃れようとする女性が、髪を振り乱し、半狂乱になって叫ぶ。


「冒険者……さんよ……。その女……無関係。ただの、奴隷……放して……やって」

「ルディ、ワルくない! ガズンをよくも! シねオマエら!」


 ……どういうことだ?

 俺の左腕の傷をつけた女性が叫んでいる『ガズン』とは、今そこで虫の息になっている男のことだろう。

 男は女性の解放を訴え、女性は男をかばうように暴れる。


「で、なんなのォ? この女、一味なの、それとも違うのォ?」


 アムティもヴェフタールも困惑気味だ。

 そのときだった。


「……おい。ガズンとやら」


 なぜか、クラフォルと共に部屋の隅に行っていたダルトが、立ち上がって口を開いた。うつむき加減に、何かをこらえるようにして。


「正直に答えたら、その女は許してやる。ここに来た冒険者をのは、か?」

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