第236話:捜索、そして(1/3)

「アレをもらった人はごく少数でした。今回も、ムラタ君がたまたまそばにいたからできたことです。それより、インティはどうしたんです?」


 ヴェフタールの言葉に、俺は、しばらく行動を共にしていたはずの相棒の存在を思い出した。

 そうだ、インテレーク! アイツ、獣人の女の子と、いつまでシケ込んでるんだ!


「わ、分からない! 途中で犬属人ドーグリングの女の子と会ったんだ。インテレークはその子に案内されてどこかに行って、それでそれっきりで――」

「犬属人なら、つまり捕まっていた女の子――かもしれませんが、どうやって会ったんです?」

「い、いや、この通路を通ってきたところを鉢合わせて――」

「この通路の突き当りの、ほら、そこの階段を右に上ったところが、跳ね橋の鎖の巻取り機のあった部屋です。その部屋は、その階段しか出入り口がありません。その女の子は、インティを、どこに連れて行ったんです?」


 俺は、黙って、床の抜けた部屋の奥の扉を指差した。


「ああ、あそこですか。残念です、僕たちも、たまたまこちらの通路の方が近かったものですから、先にこちらに来てしまったんですよ。あちらはまだ、調査していませんでした。ですが……」


 インティは、眉間にしわを寄せたまま、唸る。


「……その女の子は、どうして、ひとりで歩いていたんでしょう? 鎖なども、付けられていなかったんですよね?」


 ――言われてみれば、その通りだ。

 あの女の子は、どうして、こんなところで、ひとりで歩いていたんだろう。


「……奴隷たちのなかでも、特におとなしくて世話係をさせられていた、ということも考えられますが……」

「ムラタさん、その女の子って、どんな様子だったんですか?」


 リトリィに問われて、あのときのことを思い返す。

 ……あの少女の頬には青黒い痣があったし、体からは海産物の干物のようなニオイが、強く漂ってきていた。

 ――要は、痕跡があったのだ。男たちの世話係として、いいようにされていたのだろう。


 俺の言葉に、リトリィは目を見開いた。


「あ、あの、その子って、その……左のほっぺたにあざがついていて、耳の先がこう……すこしたれた感じで、髪は肩口で……?」


 確か、そんな感じだったか。

 うなずいて見せた俺に、リトリィはすこし、複雑そうな顔をした。


「その子は、わたしのお食事の世話をしてくれた子です。わたし、あんなふうにつながれていましたから、手がつかえなくて……」


 リトリィの言葉に、ヴェフタールもうなずいた。


「となると、その女の子は、捕まったひとたちの世話係で間違いなさそうですね。インティのことを自分たちの救い主だと考えて、かくまってしまったとか、そういうことでしょうか。

 すると彼は、今はどこで、なにをしているのやら。ちゃんと戦闘部隊と合流して、戦っているといいのですが」


 彼の戦闘能力は、もう目の当たりにした。音もなく行動し、人間の急所をためらうことなく襲う、あの動き。

 思い出してしまって胸が悪くなるが、彼はきっと、恐るべき暗殺者のように、胸糞悪い奴隷商人やその護衛たちに天誅を下しまくっていることだろう。


 では、俺たちはどうしたらよいのだろう。


「仕方がありません。この穴から地下に飛び降りて、そこから出口を探しましょう」


 ヴェフタールはそう言うと、「アム、いい加減に起きないと、穴に放り込みますよ?」と、背中に背負ったアムティに呼び掛けた。


「……えへへェ、分かっちゃったァ?」


 アムティが、舌をペロリと出した。

 

「ヴェフの背中ってェ、あったかいからァ」

「分かりましたすぐに僕も降りるので一足先に穴倉へどうぞ」


 ヴェフタールが実に無造作に、背負っていたアムティを本当に地下室に投げ込む。


「……ちょっとォ、怪我したらどうすンのよォ!」


 ひらりと身をひるがえして、まるで猫かなにかのように見事に着地してみせながら言うアムティも、相当にすごいけどな!

 そのアムティのすぐ隣に、ヴェフタールもひらりと飛び降りる。


「僕のアムが、この程度でケガをするはずがないでしょう?」


 見せつけてくれるぜ、こいつら!

 俺も負けじと飛び降りると、着地した瞬間にものすごい痺れが足裏を襲い、背中から転んで後頭部を打つ。

 以前ガルフに襲われて怪我したところをもろに打って、そのあまりの苦痛にもんどりうつ。


「はぁ……どこまでも世話の焼ける人ですね」


 俺のあとに、実にしなやかに飛び降りてきたリトリィに抱きかかえられてうめく俺を、ヴェフタールが、心底どうでもいいゴミでも眺めるような目つきで見下ろしてきた。


「それだけ転げ回れる元気があるなら死なないでしょう。多少痛いくらい我慢してください。置いていきますよ?」


 くそう、おまえ本当に血も涙もない奴だな!

 リトリィが半泣きになってるんだぞ、傷口が開いたらしくてまた包帯が真っ赤になってるらしいんだよ!


「アム、置いて行っていいそうですよ?」

「じゃあさァ、そっちの獣人のお嬢さんだけ、殴ってでも連れてきてェ?」


 分かった、分かったよ! 行くよ、行けばいいんだろう!

 腹の中で毒づきながら立ち上がると、気遣ってくれるリトリィの手を取って、俺も走り始めた。ずくんずくんと脈打つ痛みに耐えながら。




「……やれやれ。これはひどいですね……」


 ハンカチで鼻を押さえながら、ヴェフタールが部屋の惨状を眺めていた。

 部屋で死んでいる男たちは、どいつもこいつも股間を晒した醜い姿で倒れていた。

 中には剣を持っている男もいたが、それでも下半身が欲望の粘液にまみれている者ばかりだった。


 そして、そこにいる数人の獣人の女性たちは、誰もが裸体を隠そうともせず、どこを見るでもない虚ろな目で、めいめい、座り込んでいた。


 その誰もが、耳だけに獣人の特色を残している女性ばかりで、耳以外は人間と変わらない者たちばかりだった。

 おそらく、リトリィとは違って獣人の特色が薄いばかりに、その手の嗜好の連中にはあまり高値で売れないと考えられたのだろう。


 だからこそ、このような使い捨てのような、粗雑な扱いを受けてしまったのかもしれない。


 女性冒険者もいないわけじゃないが、なにせ数が少ないうえに、現状では、まだまだ気が抜けない。どこに敵が潜んでいるか分からない以上、彼女たちのケアに回る余裕などないらしい。


 そして気になるのは、インテレークを見た者が誰もいないということだ。

 誰もが自分のことで必死なのはわかる。だが、インテレークを見たものがいないというのはどういうことだろう。

 あいつ、本当にどこへ行ったんだ? いけ好かないところもあったが、短期間とはいえバディとして行動したのだ。やはり気になってしまう。


 だから、リトリィに地下牢の女性たちのケアを任せて、アムティたちともう一度、今度はあの奥の部屋に行ってみないかと提案しようとしたが、リトリィが頑として離れようとしなかった。

 ここなら冒険者たちが何人もいるし、万が一のことにもなりにくいと思ったが、リトリィが反対したのである。


「わたしが、ムラタさんのおそばを離れたがるって、どうしてそう思えるんですか?」


 いや、そうは言わないけど、ここの方が安全だから――そう言うと、彼女はひどく傷ついた顔をした。


「だんなさまは危険なところに追いやって、自分だけ安全なところで待つ――そんな女の子だと思われているんですか、わたしは」

「誰もそんなこと言ってないだろ、俺は――」

「これでも鍛冶屋の娘ですよ? 鉄火場で暮らしてきた女ですよ? 一人だけ安全なところにいろと言われて、納得すると思いますか?」


 それに、わたし、少しばかり力持ちなんですよ? そう言って、力こぶを作ってみせる。


 ……うん、リトリィが俺よりずっと強いのは知ってるよ。


 でも、本音を言うと、動くとすぐにマントの下からさらけ出されるその豊かな胸を、俺以外の奴に見られるのが嫌なんだよ。

 全身もふもふだといっても、胸だけはほぼ産毛なんだから。

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