第223話:出撃

「……ナリクァン夫人、本人を連れてきやがったのかよ」


 冒険者ギルドのギルド長受付のおっさんが、額に手を当ててうめく。


 何言ってんだ、以前保護帽ヘルメットを買ったとき、請求先をナリクァンさんに指定したの、俺だぞ?

 そう指摘すると、ギルド長は俺の襟首を捕まえてこそこそと怒鳴った。


「馬鹿野郎、ナリクァン夫人だぞ!? それも、前の時はマレットのところの現場だったから納得しただけだ。使いの者を連れてくるならともかく、お前みたいなヒョロい若造が直接夫人を引っ張ってくるなんて、誰が想像できるってんだ!」


 同じようなつぶやきは、そこかしこからも聞こえてきた。俺のことを何者だ、というひそひそ声が。


 うん、まあ、言われてみて納得したが、確かにそうなるよな。考えてみればHハウスとかS水ハウスとかS友林業とかM井ホームとか、そういった一流のハウスメーカーの社長会長を、三十にもならない若造が舌先三寸で引っ張ってきたようなものだ。なんだあいつ、となって当然だろう。


 そんなことより、驚かされたのは、マイセルの行動だった。

 マイセルは、なんと食堂に集まった冒険者たちに、例の、朝焼いたパンを配って回っていたのだ。

 これから、おそらく夜を徹する作戦行動に入る冒険者たちのために。


 俺はこのギルドの奥の部屋から出てきてから、彼女に待つように言っただけで、すぐにナリクァンさんの屋敷に駆け出していた。

 マイセルには、具体的なことは何ひとつ言わずに。


 そうだ。俺は、自分のことだけでアタマが一杯になっていたのだ。それなのに、マイセルは、彼女にできることを考え、そして実行に移していた。


 俺と目が合ったマイセルは、にっこりと微笑んで、そしてまたすぐにパンを配る作業に戻る。マイセルからパンを受け取った男たちは、実に嬉しそうに齧ったり、リュックにしまい込んだりしている。


 ――俺は、本当に、周りの人たちに支えられてばかりだ。


 ナリクァンさんは、そんな俺をちらと見て、すこしだけ笑みを浮かべ、そして、ざわつきの収まらない食堂に体を向けた。


「さて、ここにお集まりの皆さま」


 よく通る声が響く。お年を召されてはいるが、張りのある声に、瞬時にざわめきが止まる。さすがは街の実力者たるナリクァンさんだ。


「害獣退治、治安維持、希少な薬草の採集など、皆さま、様々なお仕事でお疲れだとは思います。ありがとうございます」


 彼女が右手を上げると、冒険者たちも一斉に右手を挙げた。それまでバラバラな集団だと思っていたのが、一転、突然統率の取れた軍隊になったように見える。


「ところで今宵、こちらに集まっていただけている皆さま、目的は同じだと思ってよろしいでしょうか? ――これから、に向かうのだと」


 一斉に、冒険者たちの顔に緊張が走る。


「先程、冒険者ギルドの使いの者から連絡をいただきましたが、その後、動きはありましたか?」

「……いえ、まだ動きは無いようです」


 ナリクァンさんの問いに、まだ少年というべき年頃の男が答える。

 さっき、俺をぶち倒してナイフを突きつけてきた、あの少年だ。


 さっきは気づかなかったが、片耳に、でかい輪をいくつも重ねたような銀色のピアスを付けている。輪の真ん中には、魔法陣のような不思議な模様をした、小さな丸い円盤が吊り下がっている。


 オシャレだが、これから戦闘に行くのに、ピアスをつけて出るのか?

 まあ、お守りみたいにも見えるし、ゲンかつぎなのかもしれないが。


「オーストヴァルツの森の砦跡とりであとに、が集められてきているようですが、まだ動き出す気配はないようです。」


 が集められてきている?

 つまり、捕まった女性たちの一部は、今はまだ別々の場所にいる、ということか?


「そう……ありがとう。ギルド長、はいつ頃になりそうだと思いますか?」

「連中が、をするようなことがあれば、もう少し余裕もありましょうが……」


 ギルド長が、ちらりとこちらを見る。

 

 ああ、解説なんかいらない。胸糞悪い話だ。リトリィは、無事でいるだろうか。無事でいてほしい。いてくれ……。


「ですが、連中も馬鹿ではありますまい。おそらく、揃い次第、を馬車にでも移して、小休止のあとにすぐ出発、というところでしょうなあ」

「そう、ですか。腹立たしいほど勤勉ですこと。

 ……どんな女性がどこに捕らわれているか、それは分かりますか?」


 ナリクァンさんの問いに、先程の少年が再び答える。


「分かりません。あまり近づきすぎて感づかれてしまっては、おしまいですので」

「ままならないものですね……。ですが、ご苦労さま。オーストヴァルツの砦跡以外の場所で、捕らわれている女性の場所は、把握できているのですか?」

「最後の報告では、四半刻ほど前に、オーストヴァルツの森のはずれにある開拓村の、さらに外れにある拠点から出た馬車を追跡する、というものでした」


 ナリクァンさんの眉間に、しわが寄る。


「その、拠点とは?」

「ごく普通の開拓農家の家のようです。近隣の人間の話ですと、何年も前に廃棄された家に最近住み着いた男たちがいる、という話なので、十中八九、組織の人間が一時的に利用しているだけのものかと」

「追跡する、ということは、その小屋にはもう、誰もいないのでしょうか?」

「分かりません。地下室でもあろうものなら……念のために人員を割きますか?」

「そうね、そうしてちょうだい。ほかに目星をつけた場所はありますか?」


 今やってきたばかりだというのに、てきぱきと指示を出していくナリクァンさん。

 ……なんだ、この、商人というより「あねさん」といった感じは。ギルド長なんて、腕組みをして見ているだけだし。おい、あんたが冒険者たちのまとめ役なんじゃないのかよ。


「……こういう時のナリクァン夫人には口出ししない方がいい。あのひとの勘は、いろいろとすごいんだ」 




「ほんとに『投げナイフ』になるつもりなのかい? ……アタシが言ったからってんなら、あれは冗談だからさァ、やめといたほうがいいよォ?」

「自分の婚約者が救出されるまで待ってるなんて、できない」

「いや、なに言ってんのよォ。素人がウロチョロしたって、邪魔になるだけって分かンない?」


 半目でにらまれるが、ここで引いてたまるか。リトリィを助けたいんだ、俺は。

 俺のうかつさが、彼女を奪われることにつながったんだ。できるなら俺が、彼女を助けたい。


 ――そして、彼女に謝るんだ。

 彼女を、信じきれなかったことを。

 彼女の愛を、疑ってしまったことを。


「だけど『投げナイフ』とやらには、なれそうなんだろう?」

「……あんたさァ、『投げナイフ』の意味、分かってんのォ?」

「言葉から察するに、斥候要員なんだろう?」

「……間違っちゃいないけどさァ。スカウト能力が試されンのよォ? アンタにできンの?」

「……努力する」


 俺の顔を、赤髪の女戦士はまじまじと見て、そして、笑った。


「ホントにしょうがないヤツだねェ。死ぬよ?」

「……死なないように努力する」

「だからァ、死ぬって」

「……死なない」


 突然、赤髪女が無造作に繰り出してきた拳を、かろうじてよける。


「な、なにを――」

「だからさァ、死ぬってば」

「……それでも、俺は、彼女を助けなきゃならないんだ」


 今度は、無造作な蹴りをかわそうとして、無様にしりもちをついた。

 でも、行かなきゃならない。

 俺のせいだから。俺のせいで、リトリィは今、辛い思いをしているかもしれないのだから。


 赤髪女は、苦笑いを浮かべながらため息をついた。ほかの冒険者たちが支度を整える中で、まだ準備が終わっていないのは、彼女だけだろう。付き合わせて申し訳ないが、俺だって必死なんだ。


「……じゃあ、死にに行こっかァ。ただし痛い目見ても死んじゃっても、文句言うんじゃないよォ? 騎鳥シェーンには、乗れるよねェ?」

「乗れません!」


 赤髪女の目が点になり、そして、俺は今度こそ、いい感じのパンチを食らうことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る