第224話:兵は拙速を尊ぶ

「だからァ、変なトコさわるんじゃないって! いい加減突き落とすよォ!?」

「すみません、すみません、ほんっとーにすみません!!」


 赤髪女の騎鳥シェーンに、一緒に乗せてもらっているのだが、この、上下の揺れがなかなかのもので、必死に赤髪女の腹にしがみついては、肘鉄を食らうというのが続いている。


 それにしても、以前背後から襲われた俺が言うのも何だが、この騎鳥というやつ、足音が小さいのだ。


 馬だと、蹄鉄ていてつを付けるせいか、パカパカ音を立てるイメージがあるが、こいつはほとんど足音を立てない。

 ものすごくしなやかに走る感じがする。

 するんだが――


「アンタがヒョロいから乗せてやってるっていうのに! 揺れだって馬よりずっとマシなんだからさァ!」

「もーしわけありまっせん!」

「アンタのせいでうちの子セセリがへばったりなんかしたら、容赦なく振り落としてくからねェ!」

「そうならないようにお願いいたします!」

「だからァ! 変なトコ触るんじゃないって言ってンのォッ!」

「ほんっとーにすみません!!」


 しばらくそのまま互いに沈黙し、走り続ける。


「……さっきのコ、マイセル、とか言ったっけ? ホントによかったのォ?」

「よかった、とは?」

「泣いてたよォ? あのコ」

「泣いていた?」


 ギルドを出る前、マイセルとの別れ際を思い出す。


『お姉さまを、よろしくお願いしますね』


 そう言って、ふっと飛びついてきた彼女。

 そっと離れ、笑顔で上げた左手に、俺は右手を重ねてきた。

 ……泣いては、いなかったはずだ。


「バカだねェ、そんな程度の気持ちも理解できないのォ? そんなだから、女を取られちまったんじゃないのォ?」


 ……くっそ! 反論したいけれど、したところで説得力がない!

 悔しいが、俺が女心って奴を理解できない鈍感野郎ってのは、俺自身、痛いほど理解しているからな……!


「あのコ、アンタを行かせたくないってのが見え見えだったでしょォ? それをアンタ、笑顔で『行ってくる』って、振り返りもしないでさァ。アタシがあのコの立場だったら、石ぶん投げてやってるところだったよォ?」

「……じゃあ、どうすればよかったんですかね?」

「今生の別れだったかもしれないんだよォ? せめて抱きしめてやるとかさァ、何かしてやれること、あったんじゃないのォ?」


 ……今生の別れって、そんな縁起でもないことを。

 思わずそう言おうとして、そして、思い出した。


『……じゃあ、死にに行こっかァ』


 赤髪女の言葉を思い出す。

 実に軽い言葉だったが、しかし、これから俺は、そういう現場に、そうなることを承知したうえで向かっているのだ。

 もちろん、俺自身は死ぬ気なんてこれっぽっちもないけれど、死ぬ恐れは十分にある場所へ。


『今生の別れだったかもしれないんだよォ?』


 今夜知り合ったこの冒険者たちだって同じだ。この赤髪女も、俺も。


「なあ……」

「なンだい?」

「……名前、聞いてなかったな。俺は、ムラタ」

「なンだい急にさァ。……アタシは、アムティ」

「アムティ……そうか。アムティ……よろしく頼む」

「……だから何だってんだい急に」


 いぶかし気なアムティだが、彼女とも、下手すれば今夜限りでお別れになるかもしれないのだ。お互いに、こんな人間もいた、ということを、覚えておいてもらう相手が一人でも多い方が、いい気がしたのだ。




 街道を避け、欺瞞のために分散し、夜の森の中をひた走り、集合場所に着く頃には、月もだいぶ高くなりつつあった。


 尻と太ももが、腰が痛い。幸い、赤髪女アムティはだいぶ速度を出していたようで、まだメンバーが集まりきっておらず、わずかながら休憩する時間が得られたのだが。


 先に着いていた、例の片耳ピアスの少年によると、先行する偵察からの報告では、目立った動きはまだ、ないらしい。が、先程、馬車が一台到着したそうだ。


 通信機もなしにどうやって情報を受け取っているのかと思ったら、さすが冒険者だった。

 でかいリングを幾重にも重ねたようなピアスをしていた奴の、そのピアスが、魔法の力で遠く離れた場所との交信を可能にする道具だったらしい。


 付けている奴は例の少年一人だから、よほどの貴重品なのか、あるいは適性がないと使えないかなのだろう。


「ムラタァ。勝手に先走るんじゃないよォ? こういうときは、手前勝手な行動がみんなに迷惑をかけるンだからさァ」

「分かってる」


 単独行動、突出することの危うさは、よく遊んでいたリアルタイムストラテジーのゲームでもよく理解している。どんな時にもチームプレイ。先行するなら支援をつけて。


 そうこうしているうちに、二騎がさらに駆けつけてきた。

 これで六騎七人が全員、無事に集合したことになる。

 

「先陣のエレヴン」

「勇猛なエイベル」

「矢払いのヴェフタール」

「赤髪のアムティ」

「必中のウーフィア」

「遠耳のインテレーク」

 そして、

「二級建築士のムラタ」


 冒険者たちが一斉に俺の方を向く。

 ……うん、自分で言ってて違和感半端ないしな。

 なんで建築士が混ざってんの、こんなところに。


「なんなの、その『二級建築士』ってさァ?」


 うん、やっぱりそう思うよな。俺もそう思う。まあ許せ。


「俺の身分だよ。変か?」

「変というかだな、なんだその、半人前感漂う称号は」


 髭面のエイベルが、半目で横槍を入れてくる。……っておい、半人前感ってなんだよ!


「言いたくはないが、二級、つまり二流ということだろう? わざわざ半人前であることを誇示する神経が理解できなくてな」

「そういう誤解、異世界こっちに来ても受けるとは思わなかったよ!!」


 エイベルの言葉をつないだウーフィアの言葉に切れてみせるが、実は日本でも同じ扱いだったからもう、ホントにがっかりだ!


 違うんだ!

 木造建築士は、二階建てまでの木造住宅の設計。

 二級建築士は、三階建てまでの木造や鉄筋コンクリートなどの一般的な家屋の設計。

 そして一級建築士は、家から高層ビル、スポーツスタジアムなど、一切の制限なしに設計できる、設計の最高峰。

 でも、それぞれちゃんとしたプロフェッショナルなんだって!


 などと心の中で叫んでも仕方がない。彼らはおそらく、俺を大工の亜種くらいにしか考えてないだろうからな。


 ……二級、あえてつける必要なんて無かったけどさ、やっぱり俺は「二級建築士」という資格に、一応、プライド持ってたからな。そりゃ、末は一級を目指したいとは思っていたけどさ。

 周りのみんながカッコよく名乗ってるから、俺だって名乗りたくなったんだよ!


 俺の言葉に、皆が笑う。俺も、きまりの悪い思いをしながらもつられて笑いそうになったところで、急に耳飾りの少年――「遠耳の」インテレークが「静かに!」と皆の笑いを制止した。


「……連中、動き出したみたいだ」


 耳飾りを押さえ、うなずきながら状況を説明し始める。


「馬車に、女たちを連行しているらしい。二頭立ての馬車に乗るように追い立てているってよ」


 ヒュゥ、と口笛が鳴る。


「二頭立ての馬車! 連中、カネがあり余ってんだなあ! 分捕れるお宝も、なかなかに期待できそうだぜ!」


 「勇猛な」エイベルが、軽口を叩く。


「どうせ組織の持ち物だ、使う方はいろんな意味で苦労が多いだけで、連中がカネをもっていることなどあるまい。それで? 先遣隊で確保できそうなのか?」


 「先陣の」エレヴンの問いを、インテレークが復唱する。そして、やや間があってから、インテレークがうなずき始めた。

 今の間を考えると、意思疎通のためには十数秒程度のタイムラグがあるようだ。この森だからなのか、距離のためなのかは分からない。


 これはものすごく便利な道具だ。電話とまではいかないが、そもそも電話がないこの世界で、距離の離れた場所にいる人間と、線もアンテナも無しで通信ができるなんて!

 事務所に置けたら、相当に便利なんじゃなかろうか。

 密かに興奮していた俺だったが、インテレークが舌打ちした。


「……だめだ、予想以上に護衛が多いらしいぜ。先遣隊だけでは、戦うだけならともかく逃がさないようにするには難しそうだから、何人か、応援が欲しいってよ」

「応援だな? 分かった、行くぞ!」


 インテレークの言葉に、エレヴンが、乗って来た騎鳥シェーンに向かって走り出す。エレヴンの言葉に、エイベルとウーフィアがすぐに反応した。この三人、どうやら普段からパーティを組んでいるようだ。阿吽あうんの呼吸というか、エレヴンの言葉に即応した姿に、普段からそのように動いているのが想像できた。


「ちょ、ちょっとォ! エレヴン! そんな勝手に――!」

「用兵は拙速せっそくを旨とす! 熟考の末に完全体制の敵と戦うより、多少こちらが整わずとも敵に準備の隙を与えぬことの方が肝要よ! お前たちは予定通り動けばよかろう! 俺は先遣隊と合流して、動き出した連中を叩く!」


 エレヴンに続いて、エイベル、ウーフィアが、それぞれ騎鳥にまたがり、夜の森の中を駆け抜けてゆく。夜陰に紛れて、三人の姿は、あっという間に見えなくなってしまった。


「……まったく! あの三人ときたらァ! 密かに前進して砦を包囲して叩くって作戦はどうなンのよォ!」


 アムティが落ち葉を蹴っ飛ばす。「矢払いの」ヴェフタールが、髪をかき上げ眼鏡の位置を整えつつ、慣れた様子で言った。


「文句を言っていても始まらないよ、子猫ちゃん? 僕たちは僕たちのやるべきことをやるだけだ。脳みそまで筋肉のあいつらが大騒ぎをやらかす以上、もう隠密作戦もへったくれもない。僕たちも騎鳥で行こう」 

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