第211話:ゆずれないもの
※間取りについて
今回、ムラタの提案した家の改装案について、Twitterに画像を掲載しました。
参考になれば幸いです。
https://twitter.com/youran_kitune/status/1347157515939663876
「では、テラスのほうはさっそく、ジンメルマン氏のほうに話を通します。あちらの都合を確認したら、今後の作業の日程を詰めていきましょう」
俺の言葉が終わるのを見計らい、リトリィが続ける。
「思い出のテラスで、すぐにまた、お茶ができるようになりますよ」
リトリィの言葉に、今回の仕事の依頼主――シヴィーさんもゴーティアスさんも、こちらを向きつつ互いの手を握り、感嘆の声を上げながら立ち上がる。
「ありがとうございます、ムラタさん! 次はおうちの件ですけれど――」
ところが、掛け値なしに喜んだシヴィーさんに対し、喜んでみせつつも、シヴィーさんの言いかけた言葉をゴーティアスさんは否定した、即座に。
俺も、一瞬なんの聞き間違いかと戸惑ってしまったくらいに。
「シヴィーさん。この件はもうおしまい。余計なことはしなくてよいのですよ?」
「お、お
「シヴィーさん、何度も言ったでしょう? 寝室をさわるようなことは、何があっても許しません。あのお部屋をさわるくらいなら、わたしは多少の不便など我慢いたします」
寝室をさわる、というのは、寝室の縮小リフォームをすることだ。
現在の「
先日、家の様子を実際に見て知ったのだが、階段の下にはオーブンなどの重厚な調理器具が設置されていて動かせないうえ、暖炉や煙突の位置の関係もあって、階段の位置を容易に動かせないのである。
苦肉の策が「折り返し階段」にすることだったが、そうすると階段の幅が二倍になる。その分、寝室を狭くリフォームする必要が出てくるが、階段の段差は小さくできる。
それは、今後の生活を楽にする方法の一つなのだが。
「……
「何も問題はありません。テラスの修理だけで十分です。
――寝室をいじるしかないという時点で、もうこの話はおしまいになったの。ムラタさん、これ以上、お話を続ける必要があって?」
取り付く島もない。
ゴーティアスさんは、シヴィーさんの「安全に生活してもらいたい」という願いを、同意しながら聞いていたはずだった。寝室をやや削ることで、階段はやや長くなるかわりに段差を軽減する、という俺の提案も、反対していなかった。
そのはずなのに。
「では、お話のお時間はこれでおしまい。さ、シヴィーさん。お茶のお時間にしましょう。リトリィさん、お時間はよろしいですわね?」
「待ってください!」
マイセルだった。
「待ってください、大奥様。ムラタさんの提案に、乗ってくれたんじゃなかったんですか?」
「マイセルちゃん、だめ……!」
リトリィが制止しようとするが、マイセルはゴーティアスさんをまっすぐ見据えて続けた。
「ムラタさんは、今日のためにこうして図面も引いて、持ってきたんです。私も大工の娘ですけど、こんなに丁寧な図面は初めて見ました。きっと、大変だったと思います」
マイセルからは、全く迷いが感じられない。俺の仕事が認められるようにする、それが正しいことだと信じているようだ。
「いいんだ、マイセル。下がりなさい」
「いいえ! ムラタさんの提案は、寝室を狭くする代わりに、より上り下りしやすい階段に変えようっていう提案です。今後の大奥様の暮らしのためを考えた提案です!
お気に召さないなら、だめって言うだけじゃなくて、どうしたいのか、それを言ってください!」
まずい、それ以上はいけない。
人には人の考え方がある。顧客のニーズは千差万別、提案が受け入れてもらえないなら、交渉によって落としどころを見つけなければならないのだが。
「……マイセル!」
「私たち大工の中には、大工の思った通りの家を建てるのが当たり前って考えてる人もいます、でもムラタさんは違うんです! 住む人が住みやすいって思える家を建てるために──」
「マイセル!!」
びくりと体を震わせ、マイセルがおそるおそる、こちらを見る。
「で、でも、ムラタさん……」
「いいんだ。理由をお話しいただけていないということは、俺が十分な信頼を勝ち得ていないという、ただそれだけのことなんだ。
ゴーティアスさんに落ち度があるわけじゃないんだよ」
自分で言っていてなんだが、これはとても寂しいことだ。だが、仕方がない。信頼を得る努力も時間も、十分でないままに臨んだ俺の失態だ。
それに、今回の提案は叩き台である。少なくとも、ゴーティアスさんは寝室をいじることを、前回同様拒否した。具体的な提案を、一片の迷いもなく。
つまりどうあがいても、寝室をそのままにしておきたいという意志があるわけだ。それが確認できただけでも、一歩前進である。
「でも、それじゃ、ムラタさんの苦労が──」
「そこはゴーティアスさんには関係のないことだ。俺はゴーティアスさんに理解してもらいたくて図面を引いた。ゴーティアスさんに納得してもらえなかったとしたら、それは俺の提案が不十分だった、もしくは到底受け入れられないからだ」
「だ、だからってこんな簡単に拒否されて……」
否定された俺の方がすんなり受け入れているというのに、マイセルの悔しそうなことと言ったら。
……若いな。
「マイセル。それが、お客様を相手に商売をするということだ。それは、俺たち職人も変わらない」
「でも……」
「マレットさんはすごい職人さんだから、だれも文句を言わないだろうし、言わせないほどにしっかりとした仕事ぶりをされているんだろう」
だが、俺はそこまでの人間ではない。顧客の意見をよく聞き、できることとできないことの線引きをし、その上で、できるだけ要望を実現できるように顧客と共に知恵を絞る……それが俺のやり方だ。
効率が悪い、とよく笑われもしたし、叱られもした。でも、俺は俺のやり方を変えようとは思わない。それが、顧客の満足につながると信じているからだ。
「たが、俺は俺のやり方を試したい。この街でも通用するかどうかを。マイセル、だから、まずは見守っていてくれないか?」
「でも……でも!」
「頼む。不甲斐ないと思うだろうが」
俺の言葉に、マイセルはややためらいを見せたが、しかしうなだれ、そして、うなずいた。
「……大奥様、見苦しいところをお見せして、申し訳ございません。彼女はまだ見習いゆえ、融通の利かぬところがありまして。半人前ゆえの不作法、お許しいただきたく存じます」
俺が頭を深々と下げるのとみて、きゅっと、彼女の拳が握られるのが分かる。
こらえろ。ゴーティアスさんは、基本的にはいい人なのだ。ただ、どうも寝室に対しては思い入れが強いらしい――それだけなのだ。
「……やれやれ。確かに、なんとも不作法な方たちですこと」
ゴーティアスさんの声が、後頭部に降ってくる。やはり不興を買ってしまったか、これでは、下手したらテラスの修理依頼、別の大工のほうに飛ぶかもしれない。せっかくマレットさんに一つ目の恩返しができるのだ、なんとかしないと。
「大奥様、あの……」
「この朴念仁さんはともかく、こんな可愛らしいお嬢さんまで使って説得? たまったものではないですわね」
頭を上げかけた俺に、さらに声が降ってくる。
「図面を寄こしなさい。お茶をいただきながら、もう一度、考えてみましょう」
「――それは、つまり……?」
「朴念仁さん? みなまで言わせないで。さ、お茶のお時間ですよ」
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