第212話:挙式はやっぱり

 俺は紅茶の良しあしなど分からないが、リトリィがうっとりしているのを見ると、シヴィーさんたちが使っている茶葉は、良い品らしい。


 ただ、リトリィがお茶の品質を理解できるということは、あの鍛冶屋で飲んでいたお茶も、それなりの高品質であったということになる。知らなければ違いなど分からないからだ、まさに今の俺のように。


 あの山の連中にお茶の良しあしが分かるのかと思ったら、意外にも親方はお茶にうるさい人であったようだ。

 茶殻を黒錆による防錆ぼうせい加工に使うためだけにお茶を飲んでるのかと思っていたから、意外だった。


「それにしても、あなた、ただの朴念仁さんかと思ったら、女の子を二人同時に手玉に取る朴念仁さんだったとはね」


 ゴーティアスさんが、澄まして毒を吐く。俺だって女の子二人に言い寄られる人生がやってくるなんて想定外だ、苦笑いするしかない。


「お、お義母さま、それは……」

「シヴィー。あなたの夫は、自分の領分以外に種をまくような真似など、していましたか?」


 薄ら笑いを浮かべるゴーティアスさん。シヴィーさんは微妙な顔で俺の方をうかがう。ちょっと勘弁してほしい、なんか俺、外道認定されていないか?


「わたくしとしましては、貞淑さは美徳だと思っておりますのよ。ええ、生涯、ただ一人の方に仕える。それが、夫婦としての正しい在り方と思わなくて?」


 つまり俺は貞操観念が足りないと、そう言いたいわけですな。

 だから俺は、リトリィに自分の愛の全てを捧げるつもりだったんだよ!

 いまさらマイセルを見捨てるつもりなんてないけど、彼女のことは俺自身、想定外なんだって!


 ……って、リトリィがうんうんとうなずいてるよ!

 ちょっと待って、なんかものすごく地味に胸が痛いんだけど、それ!

 マイセルはマイセルで、不安そうに俺を見上げてくるし!

 ていうか、この館、女の園に男が一人状態じゃないか!

 誰か俺をかばってくれよ!


「さて、冗談も楽しめたところで、お話を進めましょうか」


 冗談なのかよ! きつすぎるよ!!




 結局、お茶会では俺がひたすらいじり倒されただけだった。


 ゴーティアスさんにかみついたマイセルだったが、俺のために立ち向かったその敢闘精神が、かえって興味を惹かれたみたいだ。

 ……ゴーティアスさんの隣に座らされ、菓子を与えられて、あっというまに懐柔されてしまったように見えたのは、俺が卑屈すぎるのだろうか。


 で、俺とマイセルとの出会いから、「マイセルにとって」感銘を受けた──要するにマイセルが俺に惚れた理由を、俺の目の前で、どんどん吐き出させられてゆくマイセル。でもって、それを延々と聞かされ続ける俺。


 何が辛いって、マイセルが嬉々として「かっこいいムラタさん」を一生懸命アピールすることだ。


 きっとマイセルは、俺という人間を、ゴーティアスさんに売り込んでいるつもりなんだろう。

 だが、どう聞いてもただの惚気。

 そしてそれを直接聞かされ続ける俺。


 しかも、リトリィの目の前で!


 リトリィが穏やかに微笑みつつ、しかしその口がときどきひくついているのが見えるのが、もう、なんというか。


 まさに公開処刑状態。


 おまけに、公開処刑が終わったと思ったら、「それで、式はいつ挙げるのかしら?」ときたもんだ。


 もうやめて!

 俺のライフはとっくにマイナスよ!!


 俺の内心の悲鳴などもちろん全くかけらも届いていないマイセルが、「シェクラの花が咲くころだそうです。あとふた月ほどでしょうか」と暴露してしまうものだから、奥様方がさらに話を積み上げてゆくことに。


「マイセルちゃんも、一緒に式を挙げるんでしょう?」

「えっと、私はまだで……」


 それまでにこにこしていたマイセルが急に寂しそうに言うものだから、おばちゃんたちのお節介マインドをいたく刺激したらしい。


「まあ! どうして? おふたりで一緒に式を挙げればよろしいのに」

「……大工の修業が、まだ済んでいませんから」

「まったく、融通の利かないこと。職人というのはこれだから。わたくしが掛け合ってあげましょうか?」


 ゴーティアスさんが呆れつつ言えば、シヴィーさんも援護射撃を繰り出す。


「お義母かあさまのおっしゃるとおりですよ? せっかくシェクラの花のもとで誓い合う機会に恵まれるのですから、多少無理をしてでも式を挙げたらどうかしら」

「あとふた月もあれば、花嫁修業の時間も十分。なんなら、わたくしが稽古をつけて差し上げましょうか? 古式ゆかしい貴族のしきたり、とまではいかなくとも、式での立ち居振る舞いくらいは、仕込んでさしあげますよ?」


 マイセル、目を白黒させながら、それでも急に結婚に対して強力な支援勢力を得た喜びでも感じたのか、首まで真っ赤になってうつむいている。


 待って、そんなことしたら強力なリトリィ推しのナリクァンさんが何と言うか。

 それを不用意に口にした俺に待っていたのは、さらなる地獄だった。


「ナリクァンさん? ……ああ! リトちゃんね。懐かしいわあ。なあに? リトリィさんの結婚、リトちゃんが取り仕切るの? ずいぶんと偉くなったものね、それならぜひ、ご一緒させてもらいたいわあ」


 リトちゃん!?

 いや、そりゃたしかに、ナリクァンさんの名前はリトリスコルトさんで、愛称に至ってはリトリィ――リトリィと同じだけどさ。

 

 だが、嬉しそう――というより、どこか挑発的な笑みを浮かべるゴーティアスさんに、背筋が凍る。「仲良しこよし」とは違う何かを感じてしまう、その笑みに。


 イヤだ、絶対にイヤだ! リトリィと、マイセルの背後でにらみ合う、ナリクァンさんとゴーティアスさんの、竜虎の闘争が始まるのが目に浮かぶ。

 結婚式が、熟女の見栄を張る代理戦争の場になるなんて考えたくもない!!


「ま、まあ、いつ式を挙げるか、それは親たるマレットさんの意向もありますから」

「まあ、何を仰るの。娘の幸せが掛かっているのですよ? 永遠の愛を誓うなら、シェクラの下が一番に決まっています」

「い、いや、しかし……」

「リトリィさんがシェクラの花の季節に式を挙げるのも、それが理由でしょう?」


 いや! そこでリトリィに聞くのは反則ですよ!

 ほら、リトリィ、微妙な笑顔で、でもちゃんとうなずいちゃったじゃないか!


「ほら、やっぱり。ですから、マイセルちゃんもぜひ、一緒に式を挙げてあげるべきですわ。差をつけると、のちのち為になりませんわよ? そう、あなたのご家庭の、今後のためにもね?」


 ぐっ……いや、そりゃ、分かりますよ?

 格差をつけられたほうが、どのように感じるか。そんなこと、考えなくったって分かる。

 だが、あと二カ月で、嫁がふたりの生活?

 せめて、もう少し猶予をくれたっていいと思わないか? その、なんだ。リトリィとの、二人っきりの生活をだな……。


「では、決まりですわね? ムラタさん、マイセルちゃんも恥ずかしくないように、しっかりおめかししてあげるのですよ?」

「で、ですからですね、挙式の時期は――」

「だまらっしゃい。女の幸せ、今後の家庭の幸せを考えるなら、リトリィさんと一緒に式を挙げるのが一番です。もうひとりぶんの料理を追加するのと、衣装を用意するだけではありませんか。難しいことなどないでしょうに」


 大ありだよ!!

 リトリィに至っては、顔をそらしてこっそりため息ついてるし! バレバレだって! ほんとに誤魔化すのが下手だな、そんなところがまた可愛いんだけどなオイ!


「本当は、わたくしならこんな手だけは早い朴念仁などを終生の相手になどしたくはないのですが、殿方というのは大抵、こういうもののようですし。リトリィさんも苦労するでしょうけれど、上手に手綱を握ってさしあげるのですよ?」


 リトリィ、そこで苦笑いを浮かべながら首を縦に振るなって!

 そんなに俺、頼りないか!?




「……結局、話は全然進みませんでしたね」


 リトリィの隣を歩くマイセルが、ひどくしおれている。

 結局、夕方までお茶の時間は続き、俺は散々にいじられていただけで、話を詰めるには至らなかったのだ。


「……ごめんなさい。私、なんだかムラタさんのお仕事の邪魔をしてしまったみたいで――」

「別にマイセルのせいとかじゃなかったさ。まあ、もう少し進展させられるとよかったかもしれないが、ゴーティアスさんが今の寝室にものすごくこだわっているのが、あらためて分かったからね」


 前回もこんな感じでけんもほろろ、といった具合だったのだから、いまさらだ。

 しかし、今日の図面を叩き台にしてもう少し話を進められたらと思ったのだが、とにかくあの寝室の壁。あの壁は、絶対に触ってはならない不可侵の場所らしい。


 一体なぜなのか。結局教えてはもらえなかったが、とにかく、あの壁をいじくらずに何とかしなければならないということは分かった。ただ、階段の位置を動かすことは、構造上難しい。今回提示した以外の階段の延長の仕方を考えるか、いっそ人力エレベーターでも設置するか。さて、どうしてくれよう。

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