第142話:気になる人(1/6)
結局いろいろもたついて、外壁の壁を四枚、なんとか立ち上げただけで、今日の作業はおしまいとなった。
明日は内壁を作らなければならない。しかし、サイズ的にはそれほど大きいわけはないから、今回外壁でコツをつかんだ彼らなら、大した問題はないだろう。
製材屋曰く、内壁に使う材については明後日にはある程度まとまって揃えてくれるようだから、明日はとりあえず午前中にでも運べる資材を運び込んだら終わり、ということになった。午後からは休みということになるだろう。
マイセルなど、さすがに初めての経験だったためか、最後のあたりでは金槌を振るうのも辛そうだった。おそらく明日は筋肉痛に違いない。明日の休みは、彼女にとっては地味にありがたい休みとなるに違いない。
夜の宴は、大騒ぎだった。まだ若い見習いたちは現場経験も乏しく、こういう店で飲んだり食ったりした経験はあまり無かったようで、料理が運ばれてくると大歓声が上がった。
さっそく自分たちが組み上げた壁について、互いに自慢し合って大騒ぎである。何回で釘が打てたかだの、曲げてしまった釘は自分のほうが少ないだの多いだの、実に微笑ましい。
特にマイセルは紅一点ということもあってか、若い見習いたちの中で、多くの者から興味を持たれているようだった。ろくに料理を食べる余裕もなく、ひっきりなしに話しかけられている。
「マイセルさん、大人気じゃないですか」
マレットさんに酒を注ぐと、マレットさんは顔をしかめながらジョッキを空けた。
「人気っつったって、半端者ばかりじゃねえか」
「その半端者を集めて今日、仕事をしたのは、マレットさんですよ」
「……俺は、マイセルにチャンスをくれてやる、ただそれだけのためにだな……」
「その結果が
マイセルがキョロキョロし、俺達の方――おそらくマレットさんを見て、何か言おうとして、しかし隣に座ってきた少年に話しかけられ、結局その相手を始める。
「……ああやってちやほやされて、のぼせ上がるようじゃ底が知れている」
「別にのぼせ上がってなどいないんじゃないですか? むしろどう答えたらいいか分からずに、しどろもどろという感じですが。可愛いですね」
なんだろう。今度の少年はやたら礼儀正しく背筋を伸ばして座り、頬を人差し指でかきながら、ぎこちない笑顔で話しかけている。マイセルのほうも、つられてか背筋を伸ばし、両手を腿の上において緊張気味だ。
周りの騒ぎがなければ、なんだか放課後の体育館裏の告白タイムっぽく感じられて、微笑ましい。
「……アレを放っておいていいのか?」
「いやあ、年相応に可愛らしい様子が見られて面白いですよ。やっぱり女の子は笑顔が一番ですね」
「……いや、アンタがいいって言うんなら、俺から言うべきことじゃないんだが……」
マレットさんが頭をかく。
「だがなあ……年頃の娘が、ああやってヒヨッコどもに囲まれているとな、その……」
まあ、心配かもしれないな。なにせ男親だ。親しい異性ができて喜ばしい、というより、悪い虫じゃなかろうか、などと考えてしまうのだろう。
だが、そんなことを心配するよりも、親しい大工仲間が、今日の作業を通してできたとしたら、彼女の今後にとって、そちらのほうが有益に感じられる。
――心に決めた男性。
そう言えば昨日、現場にはマイセルが好きな男が来ていたらしいのだが、今日はマレットさん一家以外、全員違うメンバーだった。俺は昨日のメンバーの中にいたというその男は今日も参加するだろう、というか、マレットさんが参加させるだろうと思っていただけに、肩透かしを食らった気分だった。
マレットさん自身が「一緒に作業をした」と言っていたのだから、昨日は確実に居たはずなのに。
――あれか? そいつを入れると、マイセルが舞い上がってしまって仕事にならないかもしれない、とか考えたのだろうか。
だとしたら残念だ。マイセルが参加し続ける限り、その男の参加はないのかもしれない。いったいどんな男なのか、見てみたかったのだが。
「マレットさん、今日の人選なんですけど」
俺は、マイセルが想いを寄せる男は誰ですかとはさすがに聞きづらくて、次のように聞いた。
「マイセルさんの修行に合わせて今回の人選と配置だと思うんですけど、昨日の職人さんたちが一人もいないというのは、また思い切ったことをしましたね」
「昨日のやり方を見てりゃ、要はひたすら釘が打てりゃいいんだってのは誰だって分かる。だったら、こういう素人に毛が生えたような連中でも十分できる仕事だ。ま、ヒヨッコどもにはちょうどいい練習の場になったってわけだな」
分かりやすくていいが大工としては物足りないな、とマレットさんは笑って、
確かにそうかもしれない。自分の実力を、継ぎ手加工の技などといった場で発揮することができない工法だからだ。ただひたすらに、延々と機械的に釘を打ちまくるだけで、ほとんどの作業は出来てしまえる。
「そういえば、マイセルさんって、釘を打つのがなかなか上手なんですね。ハマー君より上手に見えます」
「そうか? だれでも一芸はあるってこったな」
一見、素っ気ない反応のように感じられるが、バリバリと頭をかいている様子から、まんざらでもなさそうだ。
「いやいや、今日初めて現場に入ったとは思えないですよ。マレットさんが教えたんですか?」
「俺は知らん。だが、どっかで知らんうちに練習していたのかもしれねえな」
「練習ですか……マレットさんに認められたくて、頑張ったんですかね?」
「さあな……」
麦酒を再びあおると、マレットさんは給仕の男に追加注文をしてから、ため息をついた。
「あの年ごろの娘ってのはよく分からん。ハマーなんかは、意地っ張りなようでいて、存外素直な奴なんだが」
「でも、マイセルさんも、マレットさんのような大工を目指しているんですよね?」
「……そう思っていたんだが。だからこっちはもらってくれる男探しに苦労しそうだと、頭を抱えていたっていうのに」
ふたたび、頭をかく。
「いつの間にか、男を見繕ってきやがって……」
そう言って俺の方を見る。分かるだろ、俺の苦労を――そう言っているようにも見える。
そういうものなのかもしれない。ドラマなどでも、独り立ちを迎える年頃の娘とうまくいかない父親というのは、定番のネタだしな。
しかし、マレットさんはついこの間まで、彼女の縁談が来ないかもしれない、などという悩みを持っていたはずだ。ネイジェルさんも同じことを言っていた。それを考えたら、贅沢な悩みと言えるかもしれない。
「はは……悪いことではないんじゃないですか?」
「まったくその通りだ。その通りなんだが……今日もチラチラそっちばっかり見やがって。何度集中しろ、って怒鳴ったか」
……え? あれ?
昨日と、人員は総とっかえだったよな?
「ええと……マイセルさんが見ていたというのは……」
「昨日もそうだっただろ。まったく、好きな男がやっとできたからって、親の気も知らねえで」
――そういえば、昨日、作業には加わっていなかったが、材を切ったり運んだり、端材を片付けたり燃やしたり……そういう雑用をやっていた奴らが数人いたっけ。……ということは今、ここに、その男がいるってことか。
しまった、そこまでは考えていなかった。
昨日は俺も一緒に釘を打っていたし、宴にも見習いたちは来ていなかったから、てっきり、昨日来ていたあの職人たちの中の誰かが、マイセルの想い人だと思い込んでいたんだが。
……だが、昨日も来ていた数人の見習いを思い出せ、俺。その中の一人だ、きっと。
――とすると、あいつか?
大騒ぎをしている見習いたちから少し距離を置くようにして、だが連中を微笑ましく見守るかのようにしている一人の青年に目をつける。
ダークグレーの瞳と髪の、やや長身の男。見習いの中では比較的背も高く落ち着いているし、穏やかな雰囲気をまとっていて、この見習いの中では年長者のように見える。
あいつか。あいつが、マイセルの想い人か?
「――マレットさん、あいつなんですが」
「バーザルトか。ウチのシュタインのところの
「昨日も来てましたか?」
「ああ、来てたぞ。床材の長さを調節するために墨付けしたやつを、片っ端から切ってたな」
おお、昨日も来ていたとなれば、条件に合致する。
「あんな優男ふうな成りしててよ、仕事中は結構鬼気迫る顔で、なかなか堂に入ったものだぜ」
「――マイセルさんとは?」
「あ? そんなもん、昔っからの知り合いだ。なんせウチの組員の倅なんだからよ」
ますます
「なんだ、気になるのか?」
「え? ――ええ、まあ」
「そうか、気になるか」
マレットさんはにやりと笑い、そして上機嫌になった。
「アンタ、どっか醒めてる感じがするから、どこまで本気なのかと思っていたが……それを聞いて安心した。アンタも男だったってわけだな」
バシバシと俺の背中を叩く。痛い。
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