第141話:外壁
――というわけで、貴重な
ミスが、もたつきがない見習いなどいない。誰かを嗤ったり責めたりするようなヒヨッコには、熟練の
それに、厳しいことは厳しいし、怒声も怖いのだが、決して罵声ではないし、手も上げないことを、見習いたちはすぐに理解したのだろう。互いに不十分さを助言し合いながら、材を並べ、釘を打ってゆく。そうすると、この棟梁は、静かに指示を出すだけで、あとは腕を組んでじっと見つめているだけなのだ。
「……おい、そこ。マイセル、よく見ろ。そこは窓だ。
繰り返しではないミスならば、こんな程度で、声を荒げたりしないのだ。
「……あの、
「そんなことも分からず大工をやろうってのか!」
……さすがに、大工として必須の知識がないと怒られる。
だが。
「まぐさは、窓をはめ込むための、上の枠に使う横板だ! 今回の工法ではいつもと違って、一寸×五寸の板を二枚、重ねて使うから二枚持ってこい! あと、まぐさを両端で支えるための材をまぐさ受けというんだ、ちゃんと最初にムラタさんが、いつもと違う点として説明していたぞ!
よりにもよってお前、ムラタさんの話を聞いていなかったのか!」
……ああ、これは、マイセルには刺さりそうな言葉だ。
「ついでに、窓台ってのは、下の枠に使う横板だ! 今言った材は、もう長さを合わせて切ってある! そこにそれぞれまとめて積んであるからさっさと取ってこい!」
叱ることは叱るけれど、ちゃんと教えてくれるし、やはり罵声は飛ばない。マレットさん、ひょっとして学校の先生にでもなったらいいんじゃないだろうか。
こうして、壁の元となる骨組みが出来上がる。
この上に、この前製材屋に急遽頼んだ
本当は壁一枚分の長さの材が欲しかったのだが、元となる木材の長さの関係で、短い材と長い材を組み合わせて外壁を作っていくことになる。そこはまあ、仕方がない。長い材と短い材を、互い違いになるように下から順に打ち付けていく。
昨日の釘打ちはトットッ……カンカンカンの五回ほどで、誰もが釘を打ち込んでいた。一本の釘に対して十回以上殴りつけていたのは、俺くらいのものだった。
ところがこいつら、一本の釘を十回くらい打っている。俺と大して変わらない。やはり釘を打つだけでも、熟練かそうでないかの違いというのは出るものらしい。
意外にマイセルが上手い。ハマーのほうが現場経験が長いはずなのに、ハマーと同じか、それより少ない回数で打ち込んでしまう。
力があるというより、「てこの原理」を感覚として掴んでいるようだ。やっぱりマレットさんの娘だ、才能はあるらしい。
一番へたくそなのはエイホル、まだこの業界に入って半年という、十二歳の少年だ。ツェーダじいさんたちのところで働いているそうだが、まだ下働きで、まともに釘を打たせてもらったこともないらしい。
……そんな、見習い以前のヤツを組み込むなよ、とも思ってしまうが、それを言うなら、昨日数十本の釘をへしゃげさせた俺は何なんだ、ということになってしまう。
だめだ、ツッコみたいがツッコんだらブーメランとなって帰ってくるのは間違いない。
だれでも駆け出しの時代はある。いずれ「初めての現場は、尊敬するムラタさんが初めて建てた小屋です!」なんて喧伝してくれたら、広告費が浮くというものだ。
ああ、広告費。未来への投資。コイツが、釘のすぐ隣に丸いへこみをいくつ開けようとも……
「ムラタさん、釘がなくなりました。どこにありますか?」
――エイホルお前! いくら未来への投資っつったって、程度ってものがあるんだぞ! 他の奴らの倍、釘を消費して、できた仕事が半分以下って、失敗しすぎだ!!
外壁を作っていくうちにぶち当たる問題なのが、窓に当たる開口部分だ。
この押しノコギリというのが、どうも性分に合わない。
やはりノコギリは引いて使うのがいい。どうしても押して使うノコギリは、力がいる。引きノコギリは、それほど力を入れなくても綺麗に切れるのがいいのだ。
アメリカンな大雑把人間にはいいかもしれないが、日本人的きっちり
「……なに、手をにぎにぎしてボーっとしてんですか。さっさと作業、続けてくださいよ」
ハマーの冷ややかな声にハッとなる。やばいやばい、リトリィを思い浮かべてエア揉みやってる場合じゃない。
こうして、多少の計算違いはあったが、無事、一枚目の壁が出来上がった。床に広がるこの一枚を、皆で協力して、ゆっくりと起こす。
それまで床にへばりつくようにして釘を打っていたのが、一気に壁として立ち上がるのだ。
これぞこの工法の面白み。ああ、この感触! 立ち上がらせた壁の出来栄えに、見習いたちも歓声を上げる。
マレットさんも、そのあたりの感慨は分かるらしく、しばらくの間、ワイワイと騒ぐ見習いたちの様子を見守っていた。自分たちが作ったものが、こうして形となって表れる喜びは、マレットさん自身もよく分かるからだろう。
しかし、それでは作業が進まない。パンパンと手を叩きながら、マレットさんが次の指示を飛ばす。
「いつまでも騒いでいるんじゃない、とっとと固定させるぞ」
マレットさんの言葉に、見習いたちは一様に背筋を伸ばしたあと、それぞれの持ち場につく。
本来なら、土台の木と壁はボルトで接合するのだが、こればっかりは無いものだから仕方がない。
では、どうするか。
「よーし、ゆっくり振り下ろせ! ――おい、気をつけろ! 木槌を壁にぶつけるな! せっかく作った外壁の板が緩むだろう!」
マレットさんが土台と下枠の材に開けた「ほぞ穴」に、
こういうとき、熟練の大工さんのもつ技術の凄みを感じる。土台と下枠、それぞれに開けた穴は
マイセルも、そしてハマーも、父親の仕事が実に誇らしいようだ。二人で抱き合って喜んでいる。
「よーし、次だ! 次の壁を作るぞ!」
マレットさんの言葉に、見習いたちは生き生きとして散る。もはや、彼らにもやるべきことは理解できた。あとは、先の作業を繰り返していくだけだ。
「ムラタさん!」
マイセルが、水筒を差し出してくる。
「壁が一度に出来上がるなんて――こんな建て方、初めて見ました! どうやって思いついたんですか?」
俺が思いついたわけじゃない。あくまでも先人が積み重ね、研究してきた方法を、俺が実践しているだけである。
そう言うと、マイセルは目を丸くし、しかし、微笑んだ。
「俺が考えた――って、言わないんですね」
当たり前だ、俺の功績じゃない。
「でも、誰も知らない建て方ですよ? ムラタさんが自分で考えたって言っても、だれも気付かないですよ?」
マイセルはそう言って、隣に座って笑った。そんなことで偉そうにするつもりはない。俺はアメリカ発、日本アレンジの技術を、劣化させて伝えているだけに過ぎないのだから。
「――でも、そうやって自分の手柄にしないところが、すごいなあって思います」
「別に俺がすごいわけじゃない、先人がすごいんだからな。当たり前だろう?」
「だからすごいんですよ?」
マイセルが、嬉しそうに俺を見て笑う。
「ほら、男の人って、俺が俺が、っていうでしょ? ムラタさんは、違うんだなあって」
……つまり、自信のないヘタレだということだ。
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