第136話:「ムラタ」(2/2)
「それでだな、ムラタさん」
キーファが串焼き肉を横から滑らせるようにすべて口に収めると、口をもごもごさせながら続ける。おい、ものを口に入れながらしゃべるなと、家で躾けられなかったのか?
忘れがちだが、翻訳首輪のおかげで、もごもごしていてもその意図は伝わってくる。
便利だが――情緒がない。
「ムラタさん、ああいった工法はどこで学んだんだ?
「高さがあれば、それで構造上の強度は保てますから。なあ、ハマー?」
突然話を振られて驚いたのか、
「あ……、な、なんだよ突然っ!」
「構造上の強度は、真四角でなくても、
なんのことを言われたのか分からないといった様子だ。
「ほら、昨日、お前も実験で取り入れてただろう?」
「……う、うるさい!」
あ、怒ってしまった。負けた、という事実だけが頭で再生されたか? ――まあいい。
しかし、
俺が知っているこの世界は、山の工房と、そしてこの街の一部のみ。話を続ければ続けるほど、矛盾が出てきてしまう。ちょっと話をそらそう。
「……それにしても、この街には、腕のいい製材屋と、高品質の水力ノコギリがあるようですね。ああいう材をいとも簡単にそろえてもらえるのがとてもありがたいです。現場で加工する手間が省けていい」
「製材屋? ……ああ、そうだな! あれで俺たち大工はだいぶ助かってるところがあるぜ。ツェーダのじいさんは大工が腑抜ける、とか言ってあんまりいい顔しねえんだけどな」
キーファが、ニヤニヤしながらツェーダさんを見る。ツェーダさんは面白くなさそうに目をそらすが、何も言わない分、製材屋の貢献度を理解してはいるのだろう。
ただ、己の手で何もかも作ってきた若い時代を誇るがゆえに、素直には認めがたいのかもしれない。
「あの製材屋の水力ノコギリですよね! すごいでしょう、
横から自慢気に顔を突っ込んできたのは、ハマーと同じくらい若い男――カスタニー、とかいったか。
「ええ、分かります。あれだけの精度でそろえてもらえると、本当に助かる。あと、釘ですね。あれほど、同質の釘を大量にそろえられるなんて、なかなか無いのではないでしょうか。
今回の私の提案は、この街に、この二つの要素があったからこそ実現したようなものです」
「釘ですか。あの釘鍛冶も特別ですよ。
ジンメルマン――ジンメルマン? だれだそれ? 今日の十人の中に、そんなやついたか?
「……ええと、申し訳ない。カスタニーさん、ジンメルマンさんとは、どなたでしたっけ」
「えっ?」
「えっ?」
ジンメルマン氏とはすなわち、マレットさんのことだった。マレットさん、という呼び方をいつもしていたから、ド忘れしていたのだ。
「
カスタニーの狼狽っぷりと来たらなかった。あ、そうか、
「
「……あー、この街に来たのは、本当にごく最近でね。『
カスタニーが唐突に立ち上がる。口をあんぐり開けて。
「……どうした?」
「ちょっ……それ、あり得ない質問でしょう……!?」
反応がつかめない。ものすごく驚いている、というのは分かったが。周りを見回すと、
――皆、同じような反応だった。
ツェーダさんだけが動じていないだけだ。あとはみんな、あんぐりと口を開けている。
「……あんた、どこの田舎者だ?」
キーファが、あごに手を当てて無精ひげをこするように、信じられないといった様子で首を振りながら聞いてきた。
「……ええと、そう、ですね……。うん、ずっと遠くの国から一人旅してきて、最近この街に来たんで、知らないんですよ」
俺の言葉に、キーファは眉を
うん、まあ、我ながら説得力のない言葉だとは思う。ごめん、おとなしく誤魔化されてほしい。
「いや、だからって、姓がない国なんてないでしょう?」
カスタニーが座り直しながら聞いてくる。
姓がない国がない――つまりそれだけ普遍的なもの、ということか?
「もしかしたら、ウチの国では別の呼び方をしていたかもしれないですね。
俺の言葉に、周りの皆が顔を見合わせる。
……まずった。よほど常識はずれな質問だったらしい。
「……職に由来する、
ツェーダじいさんが、チーズのかけらを口に放り込みながら口をはさんだ。
「職に由来する、ですか?」
「まあ、看板みたいなもんだ。ただし、街や国から認められた、な」
「……ええと、ディール、みたいなものですか?」
「そいつは接尾名だ。
……そうなのか。やっぱり
「では、カバネの方は――」
「姓は世襲だ。現当主と、その正式な後継者だけが名乗ることを許される、その一族、一家を表すものだ」
「じゃあ、その……カバネを名乗ることはホイホイとは――」
「できん。たとえ姓を受け継ぐことができたとしても、その後、実力が認められなければ、最悪、取り上げということもありうる」
……ええと、つまり、「姓」とは、仕事内容がそのまま
そういえば、外国語の苗字も、そんなのがあったな。パン屋の「ベイカー」さん、職人とか鍛冶屋の「スミス」さん、執事の「スチュアート」さん、だっけ? アメリカの何代目かのカーター大統領の「カーター」は、たしか馬車職人だったか。
そんなノリの苗字ということか。
あれかな、日本で言えば江戸時代の「紀伊国屋」みたいなものか。
ただ、それを名乗ることは、国の許しが必要であると。
でもって、この国では、その姓に見合うだけの実力をも求められると。
……あれ? 俺はいま「ムラタ」を名乗ってるけど、ひょっとしてみんな、俺のこと、
……そう言えば俺、リトリィにも、
「じゃあ、もし、姓を勝手に名乗ったら――」
「なんだ、自分も名乗ってみたいのか? 勝手に名乗ったら、身分詐称で重罪だぞ?」
え、なにそれこわい。
「最悪、詐称した一族連座で、私財没収の上に車裂きだ」
なに、それもっとこわい。
「当たり前だろう? 国が認めるはずのものを詐称するんだ。王様に対してケンカを売るようなものだ、ただで済むはずないだろう」
……どうしようか。今さら「俺はセイサクです」と名乗るのも、怖いぞ。
どうやら苗字というのは、国から身分を保証された印みたいな扱いのようだからだ。
もし、俺の苗字はムラタで、名前がセイサクです、なんて言おうものなら、「そんな苗字を与えたことはない!」とか言って、最悪、一族連座で私財没収の上、車裂き……?
……車裂き!? なんか漫画で読んだことがあるぞ!? 車輪で両手両足押しつぶされた上に車輪に縛り付けられて放置、とかいうマジキチ処刑法だったよな!?
マジか!? あれが実在する刑罰としてこの街にあるのか!?
ていうか、連座ってことは、もしかしたらリトリィも一緒に!?
……ダメじゃん! いまさら名前、名乗れないぞ!! 俺一生、
「……ムラタさん、なんか汗がすごいですよ? どうしました?」
カスタニーが、俺の顔を覗き込むようにしていることに気づく。
「あ、ああ、いや……マレットさんって、実はすごいひとだったんだな~と……あは、あははは……」
乾いた笑いでなんとか誤魔化すことにする。
「そうですよ! ジンメルマンさんは僕たち若手にとっても憧れの棟梁ですから!」
……昨夜の夕食会の様子じゃ、ちょっと厳しいところがあるだけの、普通のパパさんなんだけどなあ。
今日も、別にすごい人、という印象は――
まあ、工法が工法だけに、実力を発揮する機会がなかった――と言ってしまえばそれまでなんだが。
……しかし、参ったな。俺、
……まあ、仕方ないか。リトリィもきっとそう思ってるんだろうし、それで通すしないんだろう。本名の「誠作」は封印だな。
俺は「ムラタ」。
氏も姓もない、ただの「ムラタ」。
それで生きていくのだ、この世界で。
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