第132話:建て方、はじめ!
爽快に晴れ渡った空のもとで、金槌の音が軽快に響き渡る。まるで舞台ができるように床が組み上がってゆくさまに、通行人が時折、興味深げに足を止めていく。
マレットさんは、応援を含めてなんと八人もの大工を連れてきた。マレットさんとハマーを加えれば総勢十名。なんとも頼もしい。
さらには、ペリシャさんやナリクァンさんたちも、お茶や軽食を持って駆けつけてくれていた。今日はマイセルもそこに混じって、大工のみんなに配って回っている。
たまに、俺のところにもやってきて、温かいお茶をくれるのがありがたい。
表情が硬いのは、昨夜、機嫌を損ねてしまったためだろう。仕方ない。
朝、
あと、毛長牛の存在。耳慣れない言葉に何かと思ったら、やたら毛の長い牛みたいな生き物が荷を引いていて驚いた。
「馬はいないのか?」
「馬は早く走るためのぜいたく品だ。重い荷物を運ばせるなら、コイツが一番だ」
マレットさんが、材木を下ろしながら答えてくれた。
なるほど。
まあ、日本でも昭和の初めごろまで、牛は食い物というよりもトラクターみたいな扱いだったはずだから、そんなものか。
おおよそ注文しておいた通りの規格で製材されていたことに満足すると、さっそく基礎の上に、皆で土台の木材を配置してゆく。基礎の上に置くだけでは不安なので、基礎には一定間隔でレンガを一つ抜いている。この一つ抜いてある部分に、土台の材にレンガと同じサイズの木片を釘打ちして突起を作り、噛み合わせることでずれを防ぐこととした。
本当はアンカーボルトとホールダウン
せめて、台風でもずれない工夫としての、苦肉の策である。
まあ、昔の家など、礎石の上に柱をのっけただけでできていたのだから、台風で家がずれる、なんてことは考えにくいのだが、念のためというやつだ。日本並みに台風が来るようなことのない土地柄だと思いたい。
しかし、やはりひたすら釘を打つのは本当に大変だった。圧縮空気の力でピストルを撃つようにパスッ、パスッと一発で処理していける「エア釘打ち機」がいかに偉大な発明だったか、よく分かる。
本来なら、
広い板の代わりに細い柱のような板を床に張らねばならないということは、つまりその分、釘を打つ場所も相応に増えることになる。結局十人の大工さんを総動員して、俺も監督しつつ一緒に釘を打ち続けたが、かなり時間がかかってしまった。
「はい、ムラタさん」
昼になるころには、こちらの手が休むタイミングが、だいぶ分かってきたらしい。マイセルからそっと差し出されるカップを、ありがたくいただく。
昨日のことを聞いてみたいが、藪蛇になってまた機嫌を損ねられても困るので、何も言えない。機嫌は悪くなさそうなので、昨夜のことには触れないでおく。
冬とはいえ、天候は穏やかな晴れ模様。ずっと釘を打っていると汗が吹き出してくる。温かい飲み物もいいが、今は水で十分だ。そのあたりも俺の様子を見て察したか、カップの中身は水だった。
座り込んで、コップの中身を飲み干す。冬だけれど、風がほとんどなく、寒さは感じない。むしろ、喉を通り抜けていく水の冷たさが心地よく感じられる。
一息つくと、手ぬぐいが額に当てられた。驚いて振り向くと、マイセルが額の汗を拭き取ろうとしていたらしい。マイセルもこちらの反応に少々驚いたようで、両手を小さく上げていた。
「あ……ごめんなさい、嫌でした?」
嫌なものか。
礼を言うと、彼女ははにかんで、そして膝をつき直すと再び俺の額を拭い始める。
今日は、以前着ていたズボン姿ではなく、落ち着いた、ベージュが基本のエプロンドレスだった。裾からわずかに覗くペチコートのフリルが可愛らしい。
ベージュという色のセレクトがまた、実用的というか。ノコギリくずやヤスリくずが付いても目立たない。
そんなことを思いながら彼女を見ると目が合う。首を傾げて微笑む彼女に、何だかドキドキしてしまう自分を発見し、そしてはたと気付く。
――十も年下の少女に汗を拭かせているというのは、人としてどうなのか。
なんだか急に、倫理的に問題のある行動のような気がしてきて、あとは自分でできるからと、手拭いを受け取る。
マイセルは少し残念そうな顔をしたが、すぐ笑顔になって「頑張ってくださいね!」と、快く手拭いを渡してくれた。
――なんという邪気のない笑顔!
会釈をしてから一度ナリクァンさんのところに戻ると、カップを手にして他の大工のところに行く。
本当にいい子だ。
大工の話はともかくとして、彼女は間違いなくいいお嫁さんになるだろう。彼女も恋をする年頃だ、彼女と共に幸せになれる、そんな男と出会ってほしい。それとも、もういるのだろうか。
もう、何回指を叩いただろう。釘も、何本も折れ曲がった。
大工さんたちはさすがプロフェッショナル、数回で打ち付けるというのに、俺は一本の釘を、その倍以上の回数で叩いている。釘も曲がるし、指を打つのも致し方なし、というわけだ。
もう、金槌で打ち付けた回数を数えるのも馬鹿らしくなった指先を押さえながら、床を見渡す。
基礎の上に渡した、床板の下支えをする
やはり十人プラスα(俺)という数の力は大きい。明日からは激減するだろうが、まずは床ができなければ壁を立てることができない。
……で、俺はその中で、指示だけしていればいいというわけにもいかず、こうして釘を打っては、指も叩いていた。ハマーがせせら笑うわけだ。
ただ、主要な部材を組み終わったあとは機械的にひたすら部品を合わせて釘を打ち続けるだけだから、実は俺がここにいる必要すらない。「複雑な技術を習得しなくてもできる」ように合理化された工法、それがこの工法の基本だからだ。
そんなわけで、いても大して役に立たない人材たる俺は、明日以降の部材を取りに行くために、俺は現場を離れてマイセルと一緒に製材屋に向かっていた。
「ムラタさん、牛に台車を引かせる必要があるんだが、あんたはできるのか?」
はい、もちろんできません。そう答えると、マレットさんはやっぱり、といった様子でニヤリとし、マイセルをつけてくれた。
いやあ、ありがたい。おかげで牛に台車を引かせるのは、マイセルがやってくれている。俺はマイセルの隣で座っているだけだ。
――俺、必要か?
台車を
馬車と違ってスマートさのかけらもないが、要は軽トラを運転していると思えばいいわけだ。
「あの、……ムラタさん」
手綱を握るマイセルが、少し、探るような目でこちらを見上げてきた。
「む、ムラタさんて……どんな人が、お好み……ですか?」
……どんなひとが、好み?
……なぜ、それを、いま、俺に聞く?
思わず眉をひそめてしまった俺に、マイセルが慌てて両手を振った。
「あ……、ご、ごめんなさい! 答えにくかったらいいんです! あの、えっと……男の人って、どんな女の人が好み、なのか、なっ……て……」
真っ赤になってうつむいてしまう。
――そうか。
大工を目指す彼女だが、やはり男性に好かれたいという点では普通の女の子なんだな。
「……俺の答えを聞いても、何の参考にもならないと思うぞ?」
そういうのは、本人に聞くのが一番なのではないだろうか。
ところが、マイセルはぶんぶんと首を振った。
「む、ムラタさんの、お考えが、知りたいので!」
やたらと食い入るようにこちらを見つめてくるので、前を見るように促しながら、答えることにした。
「あくまで俺の、という意味で聞いてくれよ? ――そうだな……」
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