第133話:マイセルの想い(1/2)

「あくまで俺の、という意味で聞いてくれよ? ――そうだな……」


 どんな女性が好みか――マイセルに問われるまま、答え続けた。


 ――そうだな……まずは、優しい人、かな。

 そりゃあ、人に優しくできる人っていうのは、それだけで価値があるから。俺にも優しくしてくれるだろうし、辛い時、苦しい時、一緒に支えてくれそうだしな。


 ――それから? それから……正直な人、悪意ある嘘をつかない人かな。

 人間、誰でも誤魔化したいことってあるだろうし、隠しておきたいことだってあるだろう。でも、好きになった人にはきちんと、自分の弱みも隠さないで正直に伝えて、弱みを、辛さを、一緒に乗り越えようとする人がいいな。


 俺はこう……鈍感なところがあるから、気づいてあげられないことが多いと思うし、それで相手を困らせることもあるかもしれない。

 けれど、だからこそ、教えてもらえたら一緒に頑張りたいって思うんだ。


 ――あとは、家事が得意な人、だな。

 俺自身、一応身の回りのことはできるつもりだけど、やっぱり美味しい食事を作ってもらえたら、家に帰るのも楽しみになるからな。

 完璧である必要はないんだ。家族のために頑張っている、そんなことが感じられるだけで、嬉しい。


 ――ほかには……ええと、自立している人、かな。

 もちろん、困っているなら助けてあげたいけど、なんでもかんでも頼られるっていうのは、俺もしんどくなるからな。

 お互いに、ちゃんと自立したうえで、困ったときは助け合える。そんな関係を築くことができる人がいいな。


 ――それ以外に? ……う~ん、そうだな……自立に似ているんだが、敬意を持てる人、かな。

 夢というか、願いというか……。とにかく、将来につながる願いを持っていて、それに向かって努力できる人、というのはカッコいいし、尊敬できる。

 あと、苦手を克服しようと頑張る人も、いまよりもよくなりたいと願う姿が素敵だと思う。


 俺自身も結構専門バカなところがあって視野も狭い人間だって自覚している。

 だから、それだけに、自分のやりたいこと、よりよくなりたいという願いに向かって努力している人を、俺は尊敬するし、そういう人と一緒になれたらいいなあって思っている。




 そこまでしゃべって、マイセルがどうにも腑に落ちない顔をしているので、何が聞きたかったのかを改めて聞いてみた。

 するとマイセルは首まで真っ赤になって、うつむき、ぼそぼそと小さな声で答えた。


「……その、髪型とか。服とか。話し方とか。趣味とか。好きな食べ物とか。……顔つきとか、目の色とか、お、おしゃれのしかたとか。そういうのは……?」


 ……そっち? そんなことが聞きたかったのか?


「あと、あと……む、む……胸のおおき――ええと! 体つきとか!」


 ――ああ、真剣に答えすぎた俺がバカだったのかもしれない。

 どんな女の子が好み、とは、つまり、その内面以前に、男性にになるためのアドバイスが欲しかったのだろう。

 いかにも、年頃の女の子が気にするようなこと、それについて答えればよかったのだろう。


 ――それこそ、俺が答えるような問題じゃないと思う。もう、直球勝負で相手に聞くしかないんじゃなかろうか。

 俺が語れるのは、あくまでも俺の好みでしかないし、あるいは誰にでも当てはまる常識的な――例えば「いつも清潔にしている」程度の、どうでもいい情報でしかない、というのは、大いにありうるからだ。


「……そういうのは、好きなヤツに直接聞いた方がいいと思うが」


 俺の話を聞いて変に偏った好みに合わせるより、そいつの好みに染まったほうが、ずっと効率がいいし、仲を深めることにも直結するだろう。

 そう言うと、マイセルはますます赤くなって、萎れるようにうつむいてしまった。


 しまった、失望させたか? いや、絶望させたのか?

 ――いやいや、これくらいで絶望されても困る。マレットさんが「マイセルが大工になってもいい」と考え直してくれたのは、彼女に好きな人がいて、その好きな人も彼女の夢を応援してくれているようだ、と受け止めたからに違いないからだ。


 もしかしたら、恥ずかしくて聞けないのかもしれない。だが、そこは乗り越えないと、そもそも恋愛ができない。俺自身、つい最近まで童貞だったのもあって、恋愛そのものに臆病だったから、その一線を乗り越えるのがいかに難しく感じられるか、それは痛いほど分かるし同情もするが。


 この世界に来るまで、俺に恋を実らせることなんて無理だと思い込んでいた。

 でも、こんな俺にも、大切な人ができた。マイセルにも、この幸せを感じてもらいたい。


「“聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥”とも言うしな。勇気を出して聞いてみると、案外教えてくれたりするものかもしれないぞ?」


 身を以って実感したことを伝える。

 すると、マイセルはものすごい勢いで俺の方を見上げた。


「じゃ……じゃあ、ムラタさんは、私のこと、魅力的だって、思ってくれてるんですか!?」


 物凄く真剣な目で問いかけてくるマイセルに、いささか気圧けおされる。


「そりゃ――うん、まあ、魅力的だとは思うよ? 昨日もマレットさんに言ったけど……」

「あの、私、家事っていうか……、裁縫、苦手なんですけど……。ムラタさん、家事が得意な人がいいってさっき、言ってましたけど、それでもいいですか!?」


 ああ、そういえばマレットさんもそんなことを言っていたか。マイセルも自覚していたんだな。


 だが、自覚がないメシマズとかじゃなくて、ちゃんと本人が苦手だと自覚しているのはいい。自覚しているというからには、練習し、向上する余地があるということだからだ。


「……弱みは改善すれば問題ないんじゃないかな? さっきも言ったが、弱みをちゃんと正直に言える姿には好感が持てるし、それをなんとかしようと努力する人は素敵だと思うよ? 繕い物の技術はいずれ必要だろうし。子供を育てるときとか」

「こっ――こど、も……!?」


 びくりと、背筋が跳ねるようなすさまじい反応をする。

 ……え、そこに反応するの?

 いや待て、君はまずちゃんと自分の思いを相手に――


 と思う隙も有らばこそ。

 今の劇的な反応が、手綱を鞭にしたらしい。毛長牛けながうしが急に走り出す!

 急に加速したはずみで、俺はあえなく、背もたれのほとんどない座席から後ろの荷台に転げ落ちた。


 人間、真剣にヤバいと脳が判断すると、その瞬間の世界がスローモーションに感じると聞いた事がある。

 まさにだったのかもしれない。


 背中に衝撃を受けた瞬間――世界が反転し――マット運動(懐かしい!)でいうところの後転状態にあると俺は理解し――そのまま荷台から転げ落ちそうになっていることをも理解し――必死に足を延ばして体がそれ以上後ろに転げないようにしたところで、膝を荷台にて強打するが――痛いと思う暇もなく――必死に這いつくばって、落ちないように耐える。


「――ムラタさん!?」


 遅れて届いた悲鳴に、「大丈夫! 牛を止めろ!」と怒鳴り返し、這ってマイセルの元に近づこうとする。


「……は、はい!」


 周りからちょっとした悲鳴が聞こえてくる。これは――まずい!


「大丈夫、大丈夫。牛も落ち着けば止まる。まずはブレーキ! ブレーキあるよな!?」

「さっきから……やってるんです……! 止まって、ねえお願い止まって!」


 ――だめだ、マイセルが焦っちゃだめだ。


「マイセル、まず君が落ち着こう。ゆっくり、大きく息を吸って」

「でも、でも……!」


 表情を見なくても、半泣きの声からパニックになっているのが分かる。こういう時こそ、落ち着くのが一番だ。


「大丈夫。道は広い、問題ない。大丈夫、大丈夫」


 荷台に立ち、マイセルを後ろから左腕で抱き抱えるようにして、右手をマイセルの右手に添えて一緒に手綱を握る。


「大丈夫、大丈夫。大きく息を吸って――吐いて。さあ、並足なみあし。大丈夫、大丈夫。並足。大丈夫だから」


 もし俺がそのまま荷台に座っていたら、一緒にパニックになっていたかもしれない。

 転げ落ちたからこそいま、かえって落ち着いて行動できているというのがなんとも皮肉だ。


 マイセルの早かった呼吸が、徐々にゆっくりになってくる。よし、落ち着いてきたようだ。

 同時に、いまさら左の手のひらがに気づき、そ知らぬふりして腕を上にずらし、手のひらを彼女の肩に乗せる。

 少しきつくなったが、密着度が上がって安定して立っていられるようになった。


「大丈夫。ちゃんとまっすぐ走っている」


 前にも誰もいないのは幸いだ。避けるために無理に曲がろうとすると、横転の危険がある。


「大丈夫、ブレーキで重くなれば牛も疲れるし、疲れたら止まる。大丈夫」

「でも……でも! このままじゃ製材屋さんに――!」

「大丈夫。牛も馬鹿じゃない、壁を目の前にすれば止まる」


 こちらに気づいた製材屋の門番が、慌てて鉄の門を閉めた。


 かなりの勢いで、製材屋の鉄の門が近づいてくる。

 俺はできる限りの力を込めて、ブレーキレバーを引き続ける。

 ブレーキシューと車輪が嫌な音をたて、鉄臭い、嫌な臭いが鼻を突く。


 もし牛の勢いが衰えなければ――たとえ牛が止まろうとしても、台車は慣性の法則に従って止まることなどできず、牛は鉄の門と台車に挟まれて下手すれば圧死。

 俺たちは荷台から放り出されて門に叩きつけられ、運が悪ければやっぱりこの世からおさらば、なんてこともありうる。


 とまれ。


 とまれ――


 ……止まってくれ!!

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