第128話:団欒(1/4)

 俺は、マレットさん一家とともに夕食をいただくことになった。ありがたい。


 質素ではあるがらしいふっくらとしたパン、具沢山のスープ、マッシュポテトのようなもの、根菜類の煮付け、干し魚の焼いたものなど、それなりに品数が多い。

 経済的に、ある程度、余裕があるようだ。職人という仕事に、一定の敬意が払われている証拠だろう。


 さて、今夜は棟梁一家と親睦を深めて、また仕事に頑張ってもらわないと――そう思った矢先だった。


「娘が男の人を家に連れてくるなんて、初めてのことですから」


 にこにことテーブルに料理を並べるマイセルの母親。ネイジェルさんというらしい。

 ……いや、お母さん。その言い方は大変な誤解を招きかねません。その――


「あらあら、何か私、誤解されるようなことを申しましたかしら」


 ネイジェルさんは、実に嬉しそうに笑う。


 ネイジェルさんは、淡い栗色の髪を結い上げている、優しげな眼もとが印象的な女性だ。大工のおかみさん、というイメージは、あまり感じられない。

 ハマーとマイセルの兄弟は、比較的母親似であることが分かる。


「だって、ムラタさん――でしたよね? お迎えに上がるんだって、ふだんはしないおめかしまでして、でも怖いからってお兄ちゃんをせかして」

「ね、ネイお母さん!」


 マイセルが、頬を赤くして手を大きく振る。

 そんなマイセルの必死の動きなどどこ吹く風、ネイジェルさんは頬に手を当てて、小首をかしげるような仕草で嬉しそうに続けた。


ばっかりで、男っ気のなかったマイセルが、男の人を自分から呼びに行くって言い出すなんて。ええ、本当に驚きました」

「むむむムラタさんは! お仕事で来てくださってるだけだから! わ、私はお父さんのお手伝いをしただけだから!」

「オレぁ、ハマーに頼んでおいたはずだが」

「お父さんは黙ってて!」


 父親には有無を言わさぬこの一言。

 やはり年ごろの娘というのは、父親には厳しいらしい。


「――だって、女の子のお友達は連れて来ても、男の人を連れてくることなんてありませんでしたから。

 大工仕事に興味を持つ娘をお嫁さんにもらってくれる方は来るのかしらって、私たち、心配していたんですよ? ねえ、あなた?」

「だから、違うんだってば! そんなのじゃなくて!!」


 マイセルは『お嫁さん』のくだりで咳き込んだあと立ち上がって抗議し、マレットさんはそれには答えず、やけに大きな咳払いをする。


 ……ああ、予想通りだ。大工仕事に反対していたのは、マイセルのお相手問題を気にしていたからなのだろう。十六で浮いた話の一つも感じられなかった娘を、夫婦で心配していたのだ。


「いえ、ご心配は無用のようですよ?」

 マイセルにだって好きな人の一人や二人くらいいるだろう。それに――


「好きなことに一生懸命に物事に向かう姿に、男も女も関係ありません。ひととしての魅力にあふれる姿だと思います」


 料理はそれなりということらしいから、胃袋をつかめば男なんてチョロイだろう。リトリィに餌付けされた俺が言うのだ、間違いない。


「……あとはハマーくんが魅力的なお嫁さんを連れてくれば万々歳でしょうけどね?」


 まあ、今はともかく、いずれは大工の棟梁になるだろう男だ。将来性を見込んで、嫁に名乗り出る女性は出てくるに決まっている。


 俺の言葉にぽかんとしていたマイセルに、笑顔を返してやる。途端に、彼女は耳まで真っ赤になった。うつむき、小さくなってパンをちぎり始める。

 反応がいちいち可愛らしい。そんな姿を見せてやれば、大概の男はコロッといってしまいそうに思うのだが。


「あらあら……」


 ネイジェルさんが、マイセルと、そして俺を何度も見比べ、そして俺に向かって微笑む。うん、察してくれたらしい。援護射撃してよかった、マイセルにだっていずれいい人が現れる。周囲があれこれ言うことじゃない、今はまだ。


 逆に面白くなさそうなのがハマーである。とりあえず持ち直していた表情が、また険しくなっている。

 なぜそこで俺を睨む? 妹の恋路くらい応援してやれよ。それに、どうせ跡取り息子としてさっさと身を固めることも、求められているんだろう?


 ふたたびマレットさんが大きな咳払いをする。


「あ~……と、ムラタさんよ」


 パンをちぎりながら、マレットさんが微妙に目を合わさずに聞いてきた。


「……マイセルのこと、どう思ってるんだ?」

「お、お父さん……!?」


 マイセルが弾かれたように席から腰を浮かして父親のほうを見る。


「マイセル、ですか?」


 聞かれた意図が分からず問い返すと、マイセルが今度はものすごい勢いでこちらに振り返る。

 ネイジェルさんもマレットさんに向かって驚いたような表情をし、次いでニコニコとこちらを見る。


 どう思っているかとは、どういう答えを求めてきているのだろうか。


 この場合は、大工としての素養だろうか、それとも人格的なことだろうか。文脈が分からない、常識的に考えてここは――

 いや、聞いてみるのが一番だ。


「すみません、どう思う、とは――?」

「そのまんまだ、マイセルのこと、どう思ってるんだ」


 ……そのまんまと言われても。


 う~ん……、あれか。俺の、技術者としての眼力を買って、娘に大工的素養が見られるかどうか、ということを聞きたいのだろうか。


 ……そんなことを聞かれても、俺は彼女が大工仕事をしているところなんか見たことがない。

 正直、答えようのない質問だ。だが、それはマレットさんも分かっているはずだ。なにせ、前の基礎作りのときも地ならしのときにも、彼女は作業などしていないのだから。


 ――つまりあれだな、さっきの続きを聞きたいのだろう。

 彼女がちゃんと異性から見て、家族の贔屓目なしにどう見えているかを、聞きたいに違いない。


「そうですね……。礼儀正しいですし、挨拶もきちんとできます。可愛らしい笑顔で応対するさまも魅力的ですし、相手のことを考えて会話ができる、心優しい女性だと思います」


 マイセルの様子を確認しながら、念を押すように、ゆっくりと話す。なぜだかどんどんその背が丸まっていくのが気になるが、ここまで来たら言い切ってしまうしかないだろう。


「――なにより、自分の夢を持ち、その夢に向かって頑張ろうとしている姿に好感が持てます。

 ご家庭の躾がきちんと行き届いている、すてきな娘さんだと思いますね」


 これだけ持ち上げておけば、間違いなく嫁の貰い手があると受け取ってもらえるはずだ!


 実際、いい子だと思う。あとは、マイセルが想い人を連れて来て、家族でじっくり話し合えばよい。

 今の俺みたいに食事にでも誘って、家族ぐるみで捕まえて、退路を断ってやれ! それが彼女の幸せにつながるはずだ。


 がんばれマレットさん、マイセルが好きな人と仕事の両方を手に入れるために!

 あんたの後継者を手に入れるチャンスでもある。ここから先は、親の意地の見せ所だぞ!


 マレットさんは俺の話を聞いている間、頭をかきながらパンを口に詰め込み続けていた。今は口いっぱいになったパンを、もそもそと黙って噛んでいる。


 ネイジェルさんは両手を合わせるようにして口元に当てて俺の話を聞いていたが、うつむいて首筋まで真っ赤になってしまったマイセルを見て、嬉しそうにしている。


「……ええと。ですから、彼女はとても魅力的で、応援したくなる女性です。彼女が頑張ろうとしていることがあるなら、私も応援し、支えてあげたいですね」


 なんなら、せっかくこうやってマレットさん一家と縁ができたのだ。俺がまたこの街、もしくは近くの村で仕事をするときがあれば、マレットさん一家に仕事をお願いすればいいだろう。

 ハマーは当然として、彼女も一緒に仕事ができれば、彼女も共に経験を積み、大工としての技術を身に付けることができるはずだ。


 しかし、そこへ不貞腐れるように、ハマーがつぶやいた。


「……そんな調子のいいこと言ったって、どうせ金槌仕事をするような女に惚れる男なんかいないさ」


 ――おいハマー。ぶっとばすぞ?

 そう思った瞬間、マレットさんのゲンコツがハマーの脳天に落ちる。


「ムラタさんに対する嫌味か? お前はもう少し大人になれ」


 マレットさんの言葉に同意してうなずく。

 なんといっても、リトリィが金槌仕事をしているのだ。金槌をふるっているから彼女のことを魅力的だと――そんな日など、


「だ、だって! 父さんだってそう言ってたじゃないか! 金槌仕事をするような女に嫁の貰い手なんてないって!」

「金槌仕事をするような女には、嫁の貰い手がつかないかもしれんと言っただけだ!」

「おんなじじゃないか!」


 口答えするハマーに、親父的鉄拳がもう一発。


「『ない』と『ないかもしれん』は天と地ほども違うわ! 第一もうマイセルの相手は決まったも同然だろう!

 むしろムラタさんが言ったように、お前のほうがとっとと相手を見つけてこい!」


 ……ちょっと可哀想、と思わなくもない。

 きっと、今日、マイセルが帰って来るまでは、マイセルに対する評価は「嫁の貰い手がつかないかもしれない、潜在的な不良在庫」で、ハマーは「嫁のあては今のところないが、未来に希望を託す貯金」といったところだったのだろう。


 この夕食会で、立場が逆転してしまった二人を見る。

 ハマーの方は、目が合うと、お前のせいだとでも言いたげにそっぽを向いた。


 マイセルの方は、ちらちらとこちらを見ては目を伏せる。なんとなく嬉しそうな顔をしているように見えるのは、間違いなく、大工への進路を支持したことに対する感謝か何かだ。


 人に喜ばれることができた、というのは、気分がいいものだ。

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