第129話:団欒(2/4)

「ええと、ムラタ……さん? 娘とは、いつ知り合ったんですか?」


 ネイジェルさんが、俺にスープのお代わりを盛り付けながら聞いてくる。


 いつ。

 ――いつって言われてもなあ。


 顔だけなら地ならしのときから知っているから、十日足らず、ということになる。しかし話をしたのはここ数日だ。

 知り合った――どっちで言えばいいのだろう。


 するとマイセルが、ニコニコしながら答えた。


「ほら、小屋の建て替えの相談があったでしょう? お兄ちゃんが現場に行って、それで私がお迎えに行ったあのときからだから、十二、三日くらいかな」


 ――あれ? 十二、三日日? そのころだと、まだ前の小屋は建っていたぞ? たしかに大工さんたちに、どれくらいで壊せそうかという相談をしたことはあったが、そんな前に会ったっけ? 覚えがない……。


「あら、十二、三日日? 気づかなかったわ。いつの間に?」


 ネイジェルさんは、娘の言葉にころころと笑う。対してマレットさんは方眉が上がった。


「……娘は女ながら、金槌仕事をやりたいと申しております。ムラタさん、本当に、娘に魅力があると思いますか?」


 ネイジェルさんが、改めて、ハマーが言ったような質問をしてくる。だが、言えることなど決まっている。


「ええ、魅力的だと思いますよ? 実際にお話できた時間は、決して長いとは言えないかも知れません。ですが、そのお人柄は十分理解できました」


 マイセルの夢は、マレットさんから否定的に受け取られているという。しかし、大工を目指す=女性としての魅力に欠ける、などということなどないはずだ。それをアピールしてやればいいのだ。


「礼儀正しく控え目で、優しくて思いやりがあり、そして自分のやりたい仕事――未来への願い、希望をはっきりともっている。いい子じゃないですか」


 修辞を並べながら、リトリィを思い浮かべる。礼儀正しくて控え目で、優しくて思いやりがあり、創意工夫の才もある。さらに自己主張すべきところははっきりと述べて、きちんと筋を通そうとするリトリィ。


 対してマイセルは、まだ自分に対する自信が足りないせいか、自己主張というところまでしっかりしている、とはいかないかもしれない。

 今も何やらうつむいてしまっている。こら、マイセル! 俺はちゃんと応援してるだろ?


 まあ、ちゃんと希望を認められ、そして技術を身につけることができれば、自己主張の面でも磨かれていくだろう。今後の成長が楽しみだ。


「人間、誰だって、精一杯努力をする姿は美しいと思いますし、なにかに打ち込む姿は心を打ちます。それは、男も女も同じでしょう。そしてもちろん、それはマイセルさんも、同じはずです」

「……それは、確かにそうなんだが」


 マレットさんが、ガリガリと頭をかきながら、こちらをチラチラ見ては目が合いそうになるたびにうつむくマイセルを見やる。


「しかし、自分の娘のことを言うのも何だが、マイセルは料理はともかく、裁縫が苦手でな。よりも、女として必要な技を磨いてほしいんだが」

「お父さんとして、マレットさんはマイセルさんの将来を心配しているんでしょう? その気持ち、わかります」


 日本でも、例えば料理のできない女性は肩身が狭いようだ。女性というより、妻、母親になるためのスキルとして必須だと思われているからなのは間違いない。


 リトリィは裁縫――刺繍が得意で、彼女の身の回りの品には、すべて彼女の刺繍が入れられている。基本的には唐草と花を組み合わせた意匠だが、親父殿やフラフィー、アイネたちのエプロンなどにも、たとえば金槌であったり、彼らの名前であったりといったものが、なかなかおしゃれにデザイン化されて刺繍されている。


 そういえば、以前、麦刈り鎌のプレゼンターを務めたときの衣装、あれも彼女が自分で、最終的なサイズの調整を行っていたっけ。

 日本のように、服のサイズが規格化されているわけじゃないから、裁縫の技術は必須なのだろう。

 そうやって考えると、父親としては裁縫の技術がいまいち、というのは、嫁に出す側としては確かに気になるに違いない。


 ――しかし、だ。


「ですが、彼女ももう十六、でしたっけ。一人の成人女性なのです。彼女が頼ってきたら、支えてあげればいいと思います。それまでは、見守ってあげればよいのではないでしょうか。

 ――私も今日、こうして皆さんとご縁をいただけました。私も彼女のことを、支えてあげたいと思っています」


 俺の言葉に、ぎろりとマレットさんが目をむいた。


「……言われるまでもない!」


 ふん、と大きな鼻息。


「それよりもだ。娘を支えてやる、とは大きく出たな。あんた、どうやって支えていくつもりだ」


 なるほど、もっともな疑問だ。確かに、マレットさんにしてみれば、この街に以前からいる人間なら、俺の言葉にも重みがあっただろう。


 しかし、彼にしてみれば、俺は、最近仕事で関わることになっただけの若造だ。しかも仕事は建築士。彼らにとっては、おそらく耳慣れない職種なのだろう。実際、この街で仕事をしたことなどないし。


 仕事――収入の裏付けが取れない人間が、「支える」などと言ったところで、違和感が拭えないのだろう。


「あんたがジルンディール工房の関係者だというのは知っている。それも、ただの人間じゃあない。リトリィお嬢さんが、あんたに一目置いていたくらいだ。相応の実力ある人間なんだろう」


 ……あ、そう見られていたんだ。リトリィは俺の嫁、という認識ではないんだな。

 そこらへんは、他人の前だから自重していたリトリィの態度による判断なのか、それとも、瀧井さんのようにが獣人をめとる、というのは異例という慣習からの判断なのか、それは分からないが。


 でもまあ、リトリィによる特別扱いは伝わったらしい。なんだか嬉しい。


「――ただ、俺はジルンディール工房の人間を、四人しか知らねえ。あんた、いつからあの工房に入ったんだ。

 それともう一つ。あの工房の関係者なのに鍛冶師にならずに家の設計をする、というのも分からん。

 ――あんたは一体、何者だ?」


 おっと、そうきたか。

 収入面以外にも、俺という人間そのものに対する疑問か。


 ……難しいな、どこまでしゃべっていいのだろう。

 俺はあくまでも瀧井さんと話をするためにふらっとやって来た、の人間なのだ。

 まず瀧井さんは、日本という異世界出身の人間であるということを、この街の人は知っているのだろうか。


 かつて日本に帰ろうとしたのだから、当然関係者は瀧井さんが異世界人だということを知っている。

 だがそれは、一般人にも浸透しているのだろうか。万が一、実は一般人には秘密で、知られてはまずいことだったりしたら。


 そう考えると、うかつに日本人だと名乗るわけにはいかないだろう。親父殿はもう俺の正体を知ってはいるが、もともと山暮らしの人だ。必要がなければ山を下りることもない。それに、滝井さんの発見者でもある。その辺はよく分かってらっしゃるに違いない。


 だがマレットさん一家は?

 瀧井さんに確認するまでは、同じ異世界人だということは伏せておいた方がいいかもしれない。あの木っ端役人には瀧井さんのコネを使ってみたが、あの反応は「権力者の知り合いにうっかり手を出してしまった」程度の反応だったと思いたい。


「ええと……。私は訳あって、一人で放浪の旅をしていたのですが、ここらでそろそろ腰を落ち着けようと思いまして。

 あの工房にはたまたま立ち寄っただけでして、四カ月ほど前から世話になっています。ですから、私自身が鍛冶師になろうと考えているとか、そういったことはありません。私自身は、あくまでも建築士に過ぎません」


 鍛冶屋に世話になりながら鍛冶をする気がない、という言葉に、同じ職人であるマレットさんがどう反応するか、実はひやひやしていたが、そこに口を出す気はないようだ。


「それと、マイセルさんをどう支えるか――ということについてですが、将来的には、この街か、あるいは近隣の村で事務所でも構えて、仕事ができればと思っていますので。大工の皆さんとは、よい関係を保っていきたいと思っています」


 口から出まかせばかりだったが、こんなもんだろう。まあ、後半はそのつもりではあったし。

 あとは、そのを忘れないようにするだけだな。


「……なるほど、一人旅をしてここまで流れてきた、というわけか。

 じゃあ、仮にだ。仮にこの街にしばらく腰を落ち着けたとして、またふらっと出て行くことはないのか。――その、妻子を置いてだ」


 マレットさんが、やはりその点を突いてきた。……予想通りの質問だ。想定通りの答えを返す。


「そんなことはあり得ません。独り身だからこそ一人で旅ができたのです。家族ができたのであれば、それを置いて旅に出るなど、とても考えられません」

「……そう、か」


 なにやら安堵するような仕草を見せる。

 いや、そもそも放浪の旅なんかしていないし。ごめんマレットさん。ホラ吹いてます。


 ていうか、リトリィと別れて一人、この街に来る道中だけでも寂しくてたまらなかったのだ。彼女を置いて一人旅など、こっちから願い下げだ。一人旅など二度とやるもんか。


 ああ、今の状況に陥ったのは、全て俺のわがままのせいだとは分かっているんだが、しかし、早くリトリィに逢いたい。

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