第127話:構造物(2/2)

「作って見せただろ? いま」

 俺の言葉に、ハマーが再び机を殴る。痛そうにするのが微笑ましい。


「ふざけるな! そんなの、認めないぞ!」

「いや、現にハマーくんより先に答えを作っただろ?」

「そっちが僕を惑わさなかったら、もっと早く答えを作れていたんだよ!」


 怒りのあまりか震える指を、俺の顔に向けて突き付けるハマー。


 たしかに、わざとはさみを使おうとしてみせたり、短冊を作ったり――大人げなく、惑わせたことは事実だ。しかし俺は大げさにため息をついてみせると、真顔を作ってハマーに向き直った。


「俺は、に、がな。?」

「そ、それは――そっちが、はさみを使っていたら、僕だって……」


 うろたえるハマーに、真顔のまま続ける。


「もう一度言う。俺は、誰が何をしていようと、今の答えをさっさと作っていただろう。君は、?」

「だから、あんたが変なものを作っていたからで……」

「違うな」


 俺は即座に切り捨てる。


「君が作れなかったのは、君は、答えをからだ」


「――――!」


 ハマーは、悔しそうに唇を噛み締める。


「まあ、まだ木片を乗せてはいないから、まだ実験は終わったわけじゃないんだがな」


 俺の言葉に、ハマーは即座に木片を手に取ると、それを俺の作った紙の橋に叩きつけた。もちろん、紙の橋は耐えられずにへし折れる。


「お兄ちゃん!」


 マイセルが怒ってみせるが、折れた橋を見て、「ほら見ろ、やっぱりインチキだ!」と叫んだ。


「こんな手抜き男のやる仕事なんて、この紙みたいに役に立たないんだよ!」


 ――なるほど。


「じゃあ、もう一度機会をあげるから、その木片の重さに耐えられる構造物を作ってごらん? そうだな……マレットさん」


 ハマーの様子を、黙ってはいたが厳しい目で見つめていたマレットさんに、声をかける。


「……なんでぇ、兄ちゃん」

「脈、測れます?」

「脈?」

「はい。脈拍を三十、数えてほしいんです。ハマーくん。三十拍の時間で、この木片の重さに耐える構造を作ってください」


「……え?」

「手抜き男の課題だ、そうでない男の意地を見せてみな?」

「ま、待てよ! そんな勝手に……!」

「ハマー、四の五の言わずに、やれ」

「と、父さん……!?」

「さあ、始めるぞ。イチ、ニ、……」


 父親のマレットさんの威圧に屈するようにハマーが作ったのは、俺がさっき作った物の、折り立てる部分を五センチくらいに大きくしたものだった。


「なるほど。縁の幅を広く取ることで、強くしたつもりなんだな?」

「き、急で時間がなかったんだよ!」

「いや、悪くない発想だ。素材が耐えられるかどうかは別にしてな」

「偉そうに!」


 ハマーの言葉を華麗にスルーしながら――むしろ鼻歌を歌いながら、ポンと木片を放る。

 紙の橋は、あっさりと潰れてしまった。


「ひ、卑怯だぞ! 投げたら勢いがあるから、潰れるに決まってるじゃないか!」


 ハマーの抗議に、俺はにっこりとして見せる。


「じゃあ、そ~っと置いてみようか?」


 しかし、ハマーの橋は、やはり重さに耐えることができない。


「一回目に潰されなかったら、きっとうまく行ったんだ!」

「じゃあ、もう一度作ってみなよ、同じように」


 そして出来上がったものに、ハマー自身の手で木片を乗せさせる。


 結果は、

 無情だった。


「じゃあ、お前がやってみろよ! 僕と同じ三十拍で!」


 ハマーが、木片に押しつぶされた橋を握りつぶすと、それを床に叩きつけて言った。

 マレットさんは苦虫をまとめて噛み潰したような顔で、そしてマイセルは可哀想なものでも見るような目で、ハマーを見つめる。


「いやー、三十拍は難しいなー」


 そう言って頭をかいてみせつつ、紙を手に取る。


「なんだよ、自分にもできないことを僕にやらせたのか!」


 ハマーの叫ぶ声をBGMに、俺は紙に折り目をつけていく。


 俺は、ハマーがこしらえたものと、あえてほぼ同じものを作った。

 違うのは、両端だけでなく、端と端を繋ぐように、高さ一センチメートルほどの折り目を加え、角を糊で固定したこと。

 つまり、五センチメートルくらいの高さの向き合った壁と、高さ一センチメートルくらいの向き合った壁を持つ、箱のようなものをこしらえたのだ。


 この箱状の橋に、先にハマーが作った橋に投げたのと同程度の距離、角度で木片を放る。


「――ほら見ろ! やっぱりだめだったじゃないか!」


 ハマーが喜んだとおり、橋はあっさりと潰れた。

 まあ、それは想定内だ。続くハマーの中傷など気にせず歪みを直すと、ポンと木片を置いてみせる。


「――わあ! お父さん見て! 紙の橋が……!」


 マイセルが、目を輝かせて、木片を乗せた、草皮紙製の橋を見つめる。

 マレットさんも、目を見開いていた。


 今度は、耐えた。

 揺すってみても、多少歪むが、耐えている。


「どうだ?」


「た、たったそれだけで……!」

「そうだ。たったそれだけで、素材の弱さを補える。これが、構造の工夫――だ」


 そう言いながら、俺は、一センチメートルほどの等間隔で波状に折りたたんだ紙を、少し広げて角材に渡す。

 ギザギザの、鋭い波状になったそこに、ポイと、木片を放る。

 ギザギザ板の橋は、ビクともしなかった。跳ね返された木材は、テーブルの上を跳ねて、床に転がり落ちる。


「そしてマイセルちゃん」

「は、はい!」

「製材屋で、君が抱いた疑問の答えも、これだ」

「え、えっと……?」

「一寸の厚みの柱で何ができるか、その答えがこれだ。たかが紙一枚の、その頑丈さを今、見ただろう?」

「あ……はい!」

「構造を工夫し、その工夫を活かして、丈夫で長持ちし、使いやすくてしかも安い家を建てるお手伝いをする。

 ――それが、俺の仕事だ」


 マイセルが両手を胸の前で重ね、俺をキラキラした眼差しで見つめてくる。

 ……少しは、信じてくれたことに、応えられたかもしれない。


「マレットさんも、大工仕事の経験の中で、いわゆる『強い構造』というものがどういうものか、ご存じだと思います。どんなところでどんな構造を作れば、どんな強度を得られるか。それを理解して建物を作れば、資材と費用と工期を圧縮できる――その利点、お分かりですよね?」

「……まあ、な」


 マレットさんも、眉を顰めつつも同意してくれた。――よし!


「そしてハマーくん。とても惜しかった」


 ふてくされて答えないハマーが先に作った、幾重にも折り畳まれた紙を手に取る。


「あ……、か、返せ!」

「これはきっと、厚みで支えようとしたものだろう? これを――」


 広げて、俺がつくった波状のものと同じような形になるように、折り目にそって折り直す。


「――あ!」


 俺の作った橋の隣に並べると、俺がつくった橋よりも折り目の粗さに違いはあるが、向きを変えれば、同じような構造にできると気づいたらしい。

 そっと木片を乗せると……ちゃんと、重さに耐えていた。


「もう少しだったんだ。気づけば簡単なんだ。ただ、気づくかどうか、それだけなんだよ、何事も」


 ハマーは、悔しそうな、だがそれでいて嬉しそうな、複雑な顔をして、そっと、俺が折り直した橋を手に取る。


 ――さあ、やっと本題だ。


「今回、私が試そうと考えている工法は、木造を基本とし、耐火・耐水性能は漆喰、もしくはレンガによる外壁で補うというものです。製材屋で同じ寸法に加工されたものを運び込み、現場での加工は長さの調整のみを基本として組み立てていきます」


 マレットさんの目は、先ほどまでの、胡散臭そうなものを見るような目ではない。腕を組みながらも、真剣な様子で聞いてくれている。


接合せつごうの基本は釘とします。などの継ぎ手の加工は、ほとんど求めませんし致しません。接合を、可能な限り釘を用いることで、素早く施工せこうしていくことを目指します」


 接合には金物かなものを多用するツーバイフォー工法だが、その点についてはこの世界の量産体制を考えれば、あまり期待できない。


 だが、多少の接合金物――板ガムのような金属片を、真ん中で九十度ひねった「ひねり金物」程度なら街の鍛冶屋でも作れるだろうし、釘では強度が足りないところについては、のような継ぎ手加工を利用すればいい。そもそも彼らは大工なのだ、その手の加工はお手の物のはず。


「ひと月というのは、全ての工程が順調に進んだ場合を想定しています。よって、雨天などによって作業ができない日があった場合は、その限りではありません。ですが、それでも従来の工法よりも早く完成させることができると自負しています」

「……なるほど。説明を聞いてもひと月で出来るなど想像もつかん。つかんが――」


 マレットさんは、ハマーのほうに向き直る。


「ハマー。お前の負けだ。ムラタさんは、お前の言うような手抜き男じゃねえ。俺達とちっとばかりやり方が違うだけの職人だ、それが分かっただろ」


 マレットさんの言葉に、相変わらず悔しそうに口を曲げるハマー。

 まあ、すぐにわかってもらえるとは思わないし、信者がほしいわけでもない。ただ、これで多少は、あの謎のマウンティングは鳴りを潜めるだろう。


「しかしだ、木造ってのはやっぱり弱いんじゃないか? 噂で聞いたが、あんた、前建っていた小屋のドアを一つ蹴飛ばしたら、小屋自体が吹き飛んじまったっていうじゃねえか」


 ……いや、俺をそんな破壊の権化みたいな言い方するのをやめてくれ。確かに事実だが、もともとへしゃげかけていたボロ小屋だっただからな。


「安心してください。そのための漆喰です。木材はどうしても雨で傷みますが、それを防止するために漆喰を塗ります。構造自体は、木造でも十分な強度を得ることができます」

「しかし――」


 マレットさんがさらに質問を重ねようとしたときだった。


「お夕飯ができましたよ? お客さまも、ご一緒なさってくださいな」

 マレットさんの奥さんが、顔を出したのだった。





【用語解説】

『ほぞ』

 主に木材を直角に接合するための技術。差し込む方には細いでっぱりを設け、差し込まれる方には若干きつめになるように穴をあけることで、差し込んで接合する。確認できるだけでも数千年の歴史を持つ、古典にして基本の接合技術。


『金物(かなもの)』

 蝶番(ちょうつがい)や釘、ドアノブなど、様々な金属部品を指す。屋根や柱などは金物と呼ばない。

 本作中では、梁(はり)と垂木(たるき)の接合を強めて強風などから屋根を守るための「あおり止め金物」として、「ひねり金物」が欲しい、とムラタは望んでいた。ひねり金物とは、板ガムほどの大きさの金属片を、真ん中で九十度ねじることで、直角に交わる梁(はり)と垂木(たるき)を釘でつなぐことができるようにした金具である。


『柱・梁(はり)・垂木(たるき)』

 柱は、屋根からの垂直方向の重さに耐えるためのもの。ただし、ムラタが今回選んだ「木造枠組壁構法(もくぞうわくぐみかべこうほう)」では、壁を作るための部品の一つでしかない。


 梁(はり)は、屋根からの垂直方向の重さを水平方向に分散し、柱に伝えるための、「水平方向に渡された柱」のようなものである。


 垂木(たるき)は、屋根の頂点からひさしの先まで伸びる、瓦(かわら)などの屋根材を支えるためのものである。垂木が壁から飛び出れば飛び出るほど、長く大きなひさしを作ることができ、雨が家に入り込むのを防ぎやすくなる。

 だが、そのぶん、垂木への負担は大きくなるし、大風にあおられやすくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る