第126話:構造物(1/2)

 マイセルは、家に入る前に頼んでおいたものを用意してくれていた。

 はさみ、草皮紙、糊。そして、台となる同じ厚みの角材が二つと、握りこぶし程度の大きさの木片。


 それらを受け取ると、テーブルに角材を二つ並べる。草皮紙の両端が数センチメートルほど、被る程度の幅に。


「ハマーくん。この台に、この紙を渡してみてくれないか?」

「なんで僕がそんなこと、しなくちゃならないんですか」

「実験だよ。やって見せてくれ」


 それでも渋っていたが、「え? 紙を渡すこともできないの?」と聞くと、キッと俺を睨みつけた。


 角材と角材の間に渡すようにして、草皮紙を置く。紙は大きくたわんで、中央部がテーブルについてしまった。


「やりましたよ。これがどうかしたんですか」

「じゃあ、ハマーくん。この紙が、こんなふうに曲がらないように、水平もしくはそれに近い状態になるようにしてくれ。紙は、切ろうが何しようが構わない。でもって、その上に、この木片を置いてくれ」


 そう言って、タバコの箱程度の大きさの木片を見せる。


「ただし、たとえば串で支えるとか、下に何かを置くとか、紙を何枚も使うとかといった追加は認めない。あ、糊の使用は認めるが、角材と紙とを接着するのは認めない。――さあ、やってくれ。」

「……は?」


 何を要求されたのか、いまいち飲み込めなかったようだ。もう一度同じことを、ゆっくり繰り返す。


「大工なんだから、簡単だろう? これは前座だ、さっさと済ませて本題に入らせてくれ。ああ、マレットさんはハマーくん以上に早くできるでしょうから、話しかけないでくださいね?」


 そう言って、俺は、糊とはさみをハマーの方に置いてやる。


「さ、未来の棟梁さん。マレットさんから学んできた、その丁寧な仕事ぶりを、手抜きの俺に見せてくれ。同じ建築に携わる者として」

「う、うるさい! やるよ、やればいいんだろ!」

「そんなこと言ってぐずぐずしてる間に、俺が先に答えを作っちゃうよー?」


 俺は、そう言ってハサミを手に取り、草皮紙を切り始める。


「あ、卑怯だぞ! か、貸せっ!」


 そう言って、俺からハサミをひったくる。


「あー、これじゃ手でちぎらないといけないなー、どうしようかなー」


 そう言いながら、何度も同じところに丁寧に折り目をつけると、慎重に紙を割き始めてみせる。

 ハマーは草皮紙とはさみを手に、なにやら考え始める。ちらちらと俺の手元を見ているのが面白い。


 俺は、やたら細長い短冊を一本一本丁寧に作る。ハマーはそれを見て、混乱しているようだ。

 どうも、『俺が先に答えを作る』と言ったことを真に受けているらしい。俺が等幅の短冊を糊で繋いで一本の紐のようにし始めたのを見て、ますます混迷の度合いを深めたようである。


 マレットさんはマレットさんで、俺の作業も気になるようだが、息子さんの手があまり動いていないことのほうが気になるようだ。

 さっさと作れと、顎をしゃくってみせたり睨んでみせたりと忙しい。


 俺は、短冊のすべてを糊で繋いで一本の紐を作り上げることに成功する。

 最後、微妙に幅が足りなくなりそうだったから、最後の何本かをごくわずかに細く作ったら、なんとか見た目はほとんど幅が変わらない、一本の長い紐状のナニかを作ることができた。一回だけひねって両端を糊で繋ぎ、「メビウスの輪」をこしらえる。


「それは、何に使うんですか?」


 マイセルが聞いてきたので、輪となった紙の帯の真ん中に折り目をつけ、慎重に帯の真ん中を割いていく。意外に大きな輪になったので、全部割くのに一苦労だ。

 やがて、帯の裂け目が一周し、帯が両断され、二本になる。


「よーく見てなよ……? ――ハイ!」


 二つになったはずの輪は、繋がった一つの大きな輪となった。

 マイセルが感嘆の声を上げる。


 ――ああ、満足だ。

 もちろんこの紐を作ることに、意味はない。


 ハマーは、俺が手品っぽく遊んでみせている間、ちらちらと俺の方を見ていたが、俺が遊び終わってそれをテーブルに置くと、さっと手に取った。どうも、いったい課題とどう関係があったのか、なんとかして知ろうとしているらしい。


 ……なんにも意味はないのだが。


 ハマーが首をひねりながら見ているその間に、俺はもう一枚の紙を手にすると、それを丁寧に、二等辺三角形になるように折る。さらにそれが直角二等辺三角形になるように、余計な部分を、リトリィのナイフで切る。

 ハマーがそれを見てさらに驚くのを尻目に、俺は丁寧に折りたたみ続け――


「……えっと、鳥……ですか?」

「大正解! この形をちゃんと『鳥』と見抜いてくれたマイセルちゃんに、この試作一号『鶴』を進呈」

「あ、ありがとうございます!!」


 一枚の紙から、立体物が出来上がる――マイセルにとっては、それだけで驚愕の出来事だったらしい。作り方をせがまれたので、二人で鶴を折るためにひとしきり盛り上がる。


 ただ、折り紙というのは、実はかなり高度な文化である。正方形の紙を作って渡しても、角と角を合わせて折ること自体に、もうつまずいてしまう。

 まず、きちんと合わせることができない。そして、合わせても、折り目を付けていく段階でずれてしまい、キレイな三角形でなくなってしまうのだ。


 大学時代、アメリカから来た留学生に教えたときも思ったが、どうしてこう、日本人以外のひとというのは、こうも不器用なのか。


 ゆっくりと、俺が一手一手を示し、マイセルがそれを真似る。

 けれど、端合わせ、角合わせ自体がなかなかうまくできない。どうしてもずれる。

 それでもなんとか不細工ながら鶴が出来上がると、マイセルは実に嬉しそうに、キッチンにいるらしい母親に見せに行った。


 マレットさんも興味を持ったようで、俺の鶴を手に取り、めつすがめつ眺めると、戻ってきたマイセルと一緒に、自分も折ると言い始める。もう、ハマーなど放ったらかしで折り鶴大会だ。


「お、お前ら、いい加減にしろよ!」


 三つ目――出来上がった、ガニ股の足つき鶴にマイセルが「気持ち悪いですー」と大笑いしていたとき、ハマーがテーブルを殴りつけて叫んだ。


 顔を真っ赤にしたハマーの怒声で我に返ったが、ハマーの前には、なにやら不揃いな短冊が何本か、三角に折りたたんだ何か、そして幾重にも折りたたんで、厚みで支えようとしたらしい何かが出来ていただけだった。


「だいたい、なにが『先に答えを作る』だっ! あ、あんただってできていないくせに! いい加減なことを言いやがって!」


 憎々しげに吐き捨てるハマーに、俺は失望してみせる。なんだ、こんなこともできないのか、と。


「じゃあ、あんたがやってみろよ! 遊んでいないでさ!」

「お兄ちゃん……」


 マイセルが、気の毒そうな顔をする。


「あのね、ムラタさんて、多分お兄ちゃんが思ってるよりすごい人だよ? 紙一枚からほら、こんなものを作っちゃうんだよ?」


 そう言ってガニ股鶴を見せ――こらえきれなかったのか、吹き出す。


「そんな紙遊びが、なんだってんだ! こっちは真剣に考えていたっていうのに、そっちはふざけて……!」

「お兄ちゃん……。問題出したの、ムラタさんだよ? 答えだって、分かってるに決まってるじゃない」

「う、うるさい! おいあんた、問題出したの、あんたなんだから答えを作ってみろよ! こんなペラペラの紙で、どうやってこの木の重さを支えるっていうんだ!」


 ――それが聞きたかった。


「じゃあ、答え合わせだ」


 俺は一枚の紙を手に取ると、まず両端を一センチメートルばかり折って、垂直になるように立てる。

 それを角材と角材の上に乗せる。


「できたぞ?」


 そう。

 両端を折って垂直に立てる。

 U字溝か、ホチキスの針の塊をイメージしてもらったらわかりやすいだろうか。あれを、やたら幅広くしたもの。


 たったそれだけだ。

 たったそれだけで、ぐにゃりと折れ曲がっていた紙が、橋のように、角材から角材まで水平を保ってみせている。


 ハマーは大きく目を見開き、そして悔しそうに、「い、インチキだ!」と叫んだ。


「ぼ……僕には、はさみを使ってみせたくせに、こんな、こんなやり方で……!」

「俺は、ただ勝手に短冊を作って紐にしただけだぞ? いつから俺が?」

「だ、だって、『俺が先に答えを作る』って――!」


 にやりと笑って、俺は、今しがた作った橋を指さして見せる。


「作って見せただろ? いま」

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